Pawn
空御津 邃
fin
目が覚める――されど視界は闇で飽和している。身体が重い。寝る前のことを思い出せない。思考が鈍くなっているようだ。
『何していた? 今は何時だ?』
徐に身体を動かと、がらがらと音を立てて何かが崩れる。そして、視界に光が射し込み周囲を漠然と照らし出した。
どうやら私は、瓦礫に埋もれているらしい。
一瞬――パニックに陥るところで、どうにか気を保つ。
『幸い瓦礫は少なく、自力で地上に出られそうだ。焦る必要は無い。身体は痛まないし、怪我を負っている感覚も無い。』
靄のかかった脳裏で、状況を整理しながら自らを慰める。
少しして、気が落ち着いてから私は再び身体を動かし、地上を目指した。
瓦礫は大した抵抗をすることなく、がらがらと崩れ落ち、存外すんなりと陽光を浴びることが出来た。
然し、地上は私の知っている姿で存在していなかった。
一面の焦土――それもここ最近じゃない。もう何年、何十年と時間が過ぎているような印象を受ける。
目の前にあるものが、かつてどのような役割を担っていたのかすら、最早見分けることは出来ない。
そして、何より恐ろしかった。
私がどうして何も覚えていないのか――
ここまでのことが起きていながらも、私は何一つ覚えておらず、思い出すこともまた無かった。
頭はまだ冴えていないが、それでも私が混乱するに値する事象だった。
あまりの情報量に私の頭は追いつかず、瓦礫の下で休むこととした。
このところ、唯一の救いがあるとすれば――私が人間では無いことだった。
私が何者なのかについては、地上に出てから気付いた。
その時は抱いた感情に特筆すべき点はなく。ただ『道理で』と納得していた。
『道理で瓦礫を易々と退かせる筈だ。感覚が無いのも納得がいく――然し、疑問だ。私が今懐いた感情は、何方側の感情なのだ?』
暫くすると、私は足を進めていた。とにかく、今の状況を把握する必要があると考えたのだ。
そうやって常に行動していなければ、途端に気が触れてしまいそうだった。
探索は徒労に終わった。知れば知るほど、世界がどのように終わったのかが顕になっていった。
世界の終わりは以前から予見されていた通り、
それは朽ち果てた新聞や酸性雨で溶けた銅像から知ることが出来た。
また、新聞には私の義体についても綴られていた。
『セカンドライフ 〜終末後の世界に備えよう〜 貴方の人格・記憶を機械体に移し、完全無欠の存在にします!』
新聞の表面にありありと示された見出し――この頃には、既に戦争が激化していたのだろう。
記事を読む限り、それなりに利用者も多かったようだ。
いくら値は張っても命には代え難い――という思想は、知らぬ間に随分ポピュラーなものになっていたようだ。
『だから、どうしたというのだ――』
思わず口に出すところだった。
疑問が解消されて尚、私の不満は解消されなかったのだ。それどころか、苛立ちさえ覚え始めた。
『私は人間だった――何故、私は未だに何も思い出せないのか。いや、元々何も無かったのではないか?』
苛立ちはやがて焦りになり、私は自分を見失った。
それから私は物に当たり、涙も流さずに泣き喚き、その度に正気に戻った。
恐らく、義体化に伴う精神矯正プログラムの影響だ。これでは自殺すらままならない。
気が付けば私は、
私は結局、歩くことしか出来なかった。
全ての生命が息絶えたこの
希望は
私は最早人ではないが、思えば人生というものは、始めからこういうものだ。
雁字搦めの生を受け、幾度も絶望し、軈てそれにすら慣れて、気がつけばただ進むことしか出来なくなっている。
――永遠に。
Pawn 空御津 邃 @Kougousei3591
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