第3話 月に照らされて
招かれた男どもは実に浮かれた様子だった。無理もない。方々より選りすぐりの美女が集まっているのだ。酒を片手に美女を眺められるだけでも役得である。
のん気で陽気な男どもとは逆に、女どもは実に殺気立っていた。無理もない。ここに集う独身女たちは未来のプルトニア王妃候補。しかも、その座はたった一つのみ。その気になれば殺してでも奪い取りたいと願うものばかり。
『殺して奪い取れるなら、どれだけ楽だろうか……』
オルトロスことエルマは、そんなことを考えていた。
甘ったるい香水の香りに交じってひしひしと肌で感じる嫉妬や憎悪にも似た女の情念。貴族の護衛や騎士たちとの戦闘で幾つもの場数を踏んできた百戦錬磨のオルトロスだが、こういった女同士の修羅場には慣れていない。
その凄まじい熱気に気後れしてしまい思わず足を一歩後ろへと下げた時、不注意で一人の男にぶつかってしまった。
「失礼、よそ見をしていたもので。お怪我はありませんか」
実に不思議な男だった。
ぶつかったのは明らかにこちらであるにも拘わらず、その男は自分の不注意であると主張し真っ先に謝ってきたのだ。
純金を練りこんだような美しい髪。
澄んだ青空を映したような綺麗な瞳。
整った顔立ちや身なりから察するに、どこぞの貴族の子息であることは容易に伺えた。男はそのまま話を続けた。
「こういった騒がしい雰囲気はどうにも好きになれなくて抜け出そうと思っていたところなんです。そうだ、せっかくですから一緒に夜風でも浴びに行きませんか?」
メインのダンスまでまだ時間はあるだろう。多少息苦しいと思っていたエルマは別段断る理由もなかったので、男に続いてテラスへと向かった。
「すっかり秋めいて風が気持ちいいですね。それに今夜は月が綺麗だ」
城のテラスから臨む景色は一面に広大な森林が広がっており、遠くには山々が聳えている。それらを煌々と照らしている大きな満月。夜も深まっているにも拘わらず、互いの顔がよく見えるくらい周囲は明るかった。
「こんな満月になるとよく耳にする噂があるんですが、ご存じですか?」
エルマは一瞬、この男は自分のことを勘ぐっているのではないかと考えた。
今ここで口を封じるのは容易いが、後々の事を考えるとリスクが高すぎる。杞憂であることを願いつつ、とぼけるように返答した。
「それは、心躍るようなロマンチックなお話ですの?」
「少なくとも、僕にとっては心躍るロマンチックなお話であることに間違いはありません。月夜に現れるという、この国を騒がせている謎の大盗賊。オルトロスという人物に一目で良いから会ってみたいのです」
男は月に向かって語り掛けているかのようにエルマに背を見せている。
やるなら今しかない。
そう決意したエルマがスカートの裾に忍ばせておいた二本のナイフに手をかけた時、男はこちらを振り向いた。その顔は、月明かりに照らされて更に美しく見えた。
「周りの者たちは誰もがオルトロスという人物のこと悪く言いますが、僕にはそうは思えないのです」
男はまるで、神話の英雄を語るかのような口ぶりでオルトロスのことを話した。
民の為に戦う義賊、騎士団とも渡り合う凄まじい腕前。弱きを助け、悪を挫くその様をまるで少年のようにキラキラとした目でエルマに話して聞かせたのだ。
何とも滑稽な光景だろうか。
盗賊風情を英雄視して語る優男と、それを聞かされる盗賊本人。
あまりにも美化され、誇張された自身の過去の行ないをこうも熱く語られる日が来るとは夢にも思わなかったエルマ。あまりにも予想外の出来事に、思わずナイフを抜くことさえ忘れ、その場で固まってしまっていた。
「すみません、こんな話をレディにしてしまうなんて。冷えてきましたし、そろそろ中へ戻りましょうか」
一頻り楽しそうに喋った男はそう言うと、満足そうに大広間へと戻って行った。
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