第2話 お城の舞踏会へ

 何故国一番の盗賊が酒場で働いているのか。その理由はいくつかあるが、最も大きな要因はこの店の客層にある。


 夜になるとこうして仕事を終えた騎士たちが訪れるのだが、これがとても都合が良い。任務の疲れを癒すように仲間と共に酒を酌み交わし、そこに若い女の一人でもいれば如何な屈強な騎士と言えどもボロが出る。特に大衆向けの安価な酒場というのは、駆け出し中の新米騎士たちの財布にも優しい。騎士として未熟な彼らからであれば、酒の力であれこれ聞き出すのは非常に容易いのだ。


 国内の警備の状況、隣国の要人が来賓として招かれる日にち、そして自身の捜査状況等々。盗賊稼業を生業にする上で有益な情報がタダで手に入るのだ。今日もエルマは仕事の片手間に騎士たちの会話を盗み聞きしていると、何やら興味深い話題で盛り上がっていた。


「今の話、詳しく教えてくれませんか!?」


 普段はあまり自分から話に割り込まないエルマだが、今夜は別だった。盗賊としてのカンが語りかける。『これはとてつもない儲け話だ』と。


 いきなり話しかけられて多少驚いた様子の騎士たちだったが、すぐにだらしない笑みを浮かべてエルマの質問に答えた。


「なんだなんだぁ、気になっちゃう? エルマちゃんもやっぱり女の子だねぇ」


 余計な一言を交えながら騎士は続けた。


「十日後の夜、城で舞踏会が開かれるんだよ。国内外から多くの来賓を招いてね。これはあくまでウワサなんだけど、王はそこでハインリヒ王子の結婚相手を探す算段をしているんだってよ。そんで俺たちは城の西門の警護に配属されることになったってわけさ」


『盗賊稼業の締め括りとして申し分ない大仕事になる』


 そう予感したエルマはその日を境に酒場の仕事を辞め、十日間かけて入念に盗みの準備を行なった。

 

 そして、待ちに待ったその日はやってきた。

 奇しくもその日は満月。大盗賊オルトロスが現れるには誂え向きの良い夜だった。


 城に続く大通りを、多くの馬車が列をなして進んでいる。プルトニア国内の貴族や資産家、更には隣国の王族までもが招かれている。ここまで大きな催しものは滅多にない。市民もすっかりお祭り騒ぎ。街中がパレードさながらの賑わいを見せていた。


 そんな中、今最も警戒すべきは大盗賊オルトロスの侵入。これだけ多くの要人が集まっているのだ。何かあれば国の威厳にかかわる。


 だからこそ普段にも増して警備のレベルは引き上げられており、王国騎士団は夜通し目を光らせて警護にあたっている。アリ一匹通さないほどの厳戒態勢が敷かれていた。


 肝心のオルトロスはといえば、既に会場内へと潜り込んでいた。


 何処から忍びこんだのか。その答えは至ってシンプル。


 堂々と正門から入っただけである。


 腰ほどまである絹糸のように美しい髪と人目を惹く深紅のドレス。

 その自信と気品が漂う見惚れんばかりの立ち振る舞いからは、誰も彼女が安酒場で働いていたエルマとも、盗賊オルトロスとも分かる者はいない。それほどまでに立派な淑女ぶりであった。


 普段は仕事の邪魔になるからと髪を短くしていたが、この日のために街中の良質な髪を持つ若い娘たちから少しずつ髪を盗んで付け毛を作り、街一番のデザイナーの仕事ぶりを盗み見し、その技術を盗み自身の手でドレスを仕立てた。


 他にも、公の場での所作や礼儀作法、それらすべてを自らの目で盗み、体得した。

〝他者の動きを一目見ただけで体現出来る才能〟こそ、オルトロスことエルマが大盗賊と呼ばれるようになった所以でもある。


 他の客同様に大広間へと通されたオルトロスは、眼前に広がる光景に思わず息を呑んだ。


 煌びやかなシャンデリア。楽隊が奏でる優雅な音楽。高価なボトルのワインや見たこともない豪華なごちそうが並べられている。

 

 それはまさしく幼い頃に絵本で見たおとぎ話の世界そのもの。薄暗く汚い貧民街のそれとは天と地ほどの差があった。


 周りの人間の身なりも非常に良い。高価な宝石が埋め込まれた指輪や大粒の真珠のネックレス。オルトロスの目には、彼らはまるで猛獣の檻の中で気取っている家畜にしか見えていない。今ナイフを取り出せば十五分でこの場を制圧し、お宝を奪って逃げることは造作もないこと。だが、今夜はそんなケチな仕事はしない。


 何故なら、奪うべき最上級のお宝は別にあるのだから。

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