第2話


「まっちゃん元気?なにげ、久し振りっちゃ、久し振りか。駅一緒なのに会わないよな」

「だな。なにげね」

「お前大学いってないっしょ」

「うるせーよ。もう留年決定だよ。いいよあんな大学。辞めてやるよ」

「お前もったいねーよ。せめて卒業しとけよー」

「いいんだよ。大学でたからって就職あるわけじゃねえから」

「そうだけどさ」

 まっちゃんは、N大の付属高校に行っていた。運動が出来て、おもしろい。中学、高校と人気者だった。ダサくて、ダサくて、かっこつけな俺は、まっちゃんといて楽しかった。まっちゃんは心が広かった。俺はまっちゃんといて、一種のステイタスを感じていた時期もあったくらいだ。勉強しなくても、浪人しなくてもN大への推薦は腐るほどあったらしい。けれど、満足しなかった。もっと、難関校を目指した。せめて、マーチには行きたいと言っていた。ゲーセン浪人して、今はN大の夜間だ。本人は死ぬほど恥ずかしかったらしい。

 大学へは、初めのほうは行っていたが、だんだん行かなくなった。ネットワークビジネスという、化粧品の、完全なねずみ講、マルチまがい商法に手を出し、持ち前の人脈を駆使してかなり稼いでいるとのことだった。イガちゃんは、見事にハマッて、月々の支払いはかなりマイナスだ。地元でもやってるヤツは多いらしかった。イガちゃんは今日は来ていない。俺も、タカヒロも、ナベも誘われたが、三人で相談して断った。それ以来なんとなくまっちゃんとは気まずい。ナベも、完全に距離を置いている。今日は、新しいカモを探しに来ているんじゃないか、と俺らは思っている。だけど、タカヒロだけは、そうだとわかっていても相変わらず仲良くしてるらしかった。二人はなぜかウマが合った。

「タカヒロは大学どうよ?」

「楽しいよ」

「サークルとか部活は?」

「いやそーゆうのはやってないんだけど、地元の野球チームとサッカーチームには入らせて貰ってるよ」

「そーいや、彼女は?」

「さっぱり、だよ。あんとき以来いないよ」

「そうか」

 人のいい、気の弱そうなタカヒロは、さらに口数が減っているように思えた。外見も、以前より全然真面目そうになっていた。黒く、短く、耳上まで刈り上げられた髪型は、どこのバイトの面接を受けても一発合格間違いなし。前とかわらない高身長に、端正な顔つきは、その気になりさえすれば間違いなくモテる男だ。ただ、二年前からそうだったように、自分から人との関わりは、極力抑えているようだ。特に、今日も、女とは一切話しはしてないんだろう。とにかくタカヒロは真っ赤だ。耳の先から火が出そうだ。ただでさえ極端に白いから余計に。目は充血し、むくんでいる。そういえば卒業飲みのときはジュースしか飲まなかったな。今日は、飲むんだな。

「ナベは?ああナベ新入生だもんなあ。いいよな、今一番楽しいじゃんか」

「ほんとおかげさまで。大学生になれました。マジ楽しいよ。みんなからは、入学初日で二浪ってばれちゃってさ、お父さんって。すでにオヤジキャラだよ」

「オヤジって。まだ老け込む年じゃないだろー。けどそりゃツライや。それじゃあモテないじゃんか」

「それがさ」

「それが?」

「出来ちゃいまして」

「ウィ~、おいおい、スミにおけないねナベさんも。タメ?」

「いや、二個下なんだ。同じ学部のコ」

 ナベは幸せそうだ。樫のような硬い皮膚をほのかに赤らめている。髪は、伸びたな。肩まで伸びた髪は荒れ放題だ。染めたんだろう。根元は黒いのに毛先は赤茶けている。落ち武者みてえだ。まだ完全に風格は浪人生だ。そりゃバレるよ。苦労したんだろうな。二浪したの仲いいうちじゃナベだけだったしな。卒業飲みも来なかったもんな。

「で、かわいいの?」

 リョウが聞いた。

「一般的には、普通かもしんない。けど」

「けど?」

「超かわいい」

 ウィ~。

 乾杯。

 カンパイ。

 ナベシネ。

 ニコシタ。

 ハンザイ。

 カンパイ。

 ナベはホントに、幸せそうだ。彼女もまあ、見る目あるな。ナベは誓って浮気なんかしないだろう。彼女のために働きバチのように働くだろう。浪人中も、バイトだけで十万は稼いでいた。授業終わってバイト、バイトして勉強。家庭が苦しいらしかったけど。授業終わってから即、バイトだ。今もかなりバイトしているらしかった。前、小林が、ナベは将来間違いなく美人の奥さん貰うよ。そうゆうタイプだ。と言っていたが、その通りかもしれない。どんなに嫌な女であっても、ナベは献身的に尽くすのではないか。ナベの彼女がワガママでないことを祈るばかりだ。カンパイ。

 リョウと目が合った。リョウは、なんとなく苦手だ。見た目は一番、今風だ。俗に言うストリート、スト系。スケボーやら、ブレイクダンスをやっている。

「リョウ、元気?だいぶ飲んでんじゃん?」

「まだ、そんなにだよ。みんな飲まなすぎんだよ。シンもっと飲めよ」

「まあ、今日はゆっくりでいいじゃんか。前みたいにコールもねえよ」

「そうだけどさ、俺ばっか飲んでんじゃん。金もったいねえし」

 リョウは、ビールは4、5杯は入っただろう。熱燗を啜っている。

「大学はどうなん?」

「ん、可もなく、不可もなく。学校自体はけっこう楽しいよ。たださ、理系の大学は女のコほとんどいないじゃん?つまんねーよ。紹介してよ」

「あそこに、ユミとヨウコいんじゃん」

「バカ、いいよあの二人は」

「お前彼女いなかったっけ?」

「いつの?ああ、二年前か。もうとっくに別れてるよ」

「それからは?」

「ん、微妙。あ、けど明日スノボ行くんだ」

「なんだよ。いるんじゃねえか」

「けど、微妙。こないだお台場いったけど、サセてくんなかったし」

「明日は泊まり?」

「そうだよ」

「二人だけなんだろ?じゃあ問題ねえじゃんか」

「まあね。今日は早く帰らせてもらうから」

 キャップを斜めに被った額から、ふつふつと水泡が浮き出ている。脱げばいいじゃん。少したれ目な、鼻の高い、歯並びの悪い口許が猪口をススっている。それはそれできっとセクシーなのだと思う。

 まるとサトミちゃんは二人の世界だ。あそこは放っておけばいい。もともと小林しか知り合いがいない。俺は浪人卒業飲みで初めて話した。話題がほとんどない。向こうもそう思ってるだろう。

 ユミを見た。ヨウコを見た。ユミは俺を見た後、目を逸らした。リョウに話しかけた。リョウがユミのほうに行った。ヨウコは俺に笑って手を振った。俺も笑って手を振り替えした。ヨウコが苦笑した。

 小林を見た。小林はアユムと喋っていた。まっちゃんとナベとタカヒロは三人で話ししている。俺はなんとなく、寂しい。小林とアユムの間に割って入った。

「小林、久し振りだな。けど一年ぶりくらいか?お前には話すこと、いっぱいあるよ」

「シン、俺もだよ。言ったけ?こないだ三人で飲んだときは確か、カンボジア、タイ、フィリピン帰りだったよな?」

「そうだな」

「あのあと、今年の夏だな。アルゼンチンとブラジル行ってきたんだよ」

「メールで言ってたな」

「あ、これほら」

 アルバムだ。前飲んだとき見せて貰ったのは、東南アジアバージョンだった。アンコールワットや、様々な遺跡の写真。彼女の寝顔。現地の家族とのファイブショットや、手で飯を食ってる小林の写真があった。今回は南米バージョンだ。アユムも一冊渡されているが、全然興味がなさそうだ。肘をついて顎をささえ、焦点がまったく合っていない。

「表紙なに?イグアスの滝?」

「そうそう、よくわかったな。すげえんだぜ。アルゼンチンとブラジルの国境沿いにあるんだけど、やべえよあれは。説明できねえ。絶対一度いったほうがいい」

「てかさ、なんでお前そんな金あんだよ」

「俺バイトなにげかなりしてんだぜ。あとは今しかできないとかいって、親に借りてる」

 俺と小林は、世界史好きというので気があった。浪人時代は毎回模試で張り合ったものだ。合格したら絶対二人で海外旅行に行こうと誓い合っていた。だが、俺は一度もいったことがないのに、小林は既に九カ国だ。スペイン、ポルトガルを皮切りに、イタリア、タイ、カンボジア、フィリピン、ベトナム、アルゼンチンにブラジル。次回は中国だとメールで言ってた。帰国子女の、W大政治経済学部の、英語が堪能な彼女を連れまわし、今度は中国ですか。

 写真は、どれも現実感がなかった。カンボジアの人のよさそうなバスの運転手や、タイの修行僧、なんらかの城や教会、イグアスにアルハンブラ、アンコールにボカジュニオルス。どれもこれも、世界史の資料集を見ているようだ。小林が撮ったとは思えない。

「アユム、だいじょうぶか?」

「なにが」

「寝てねーよな?」

「眠い」

「もっと話そうぜ」

「今、僕シバタアユムはものすごく後悔してますよ。帰りてえよ」

「俺がいるじゃんか」

「お前だけならよかったよ。ナンパいこうぜ」

「ばか。今日はちげえだろ。女の子かわいいじゃんか」

「どこがだよ?普通すぎんだよ」

「てかユミと知り合いなんだろ?」

「こんなかじゃ、一番マシだな」

「なんで知り合いなん?」

「忘れた」

「じゃあ、思いだすように話せばいいじゃんか」

「いいよ。ヤらしてくれんだったらいいけど」

「バカいってんなよ」

「だろ?だったら、ナンパいこうぜ」

「だから、きょうはちげえって」

「帰るよ、そんなら。ん?」

 アユムがズボンのケツポケットをまさぐった。スマホが鳴っていた。小さく舌打ちする。

「ちょっと電話してくるわ」

「帰んないだろ?」

 無表情のままアユムが出て行った。

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