第1話
大宮駅に着いた。人がたくさん降りる。久しぶりで懐かしい。二年ぶりだ。改札をでると、人の多さにうんざりする。改札を出てすぐの、天井に真っ直ぐに伸びた銀色のモニュメントの周りは、待ち合わせの人で溢れかえっていた。東口を出て、リスの銅像の脇をすり抜けて信号を渡り、アーケードをくぐった。雑多な町並みは、二年前と何も変わらなかった。相変わらずのキャッチや、ティッシュ配りの位置まで同じだった。嫌気がした。予備校のほうを見て廻ろうかと思ったが、雑多な人の波を掻き分けて先に進むのは躊躇われた。人並みの少ない路地裏を左手に折れて曲がり、百貨店の裏に出た。
浪人卒業飲みの時と会場は同じだった。店員に言われるまま靴を脱ぎ、木の錠をした。部屋は奥だった。個別の部屋になっているのがこの店の良い所だ。予約をしたのか奇遇なのか、部屋までが一緒だった。少しの優越感を感じながら、障子を開けた。思ったより歓声は沸かなかった。ちらほら、おう、おぅ、シンだ、あっ、シンだと聞こえた。すぐ手前に小林の坊主頭が見えた。
「シン、おせえよ」
「わりぃ」
「みんな待ってんだよ」
「ああ、思ったより少ないんだな。いやいやみなさんお揃いで」
ヨウコがいた。ユミがいた。リョウがいた。まっちゃんがいた。タカヒロがいた。ナベがいた。サトミちゃんがいた。まるがいた。アユムがいた。ん?アユムがいた。小林の隣に俺に背中をむけて振り返っているのはアユムだ。アユム、マジか。
「アユム久し振りじゃんか!来たんか、お前よく来たなあ」
アユムと小林の間に割った。
「人数少ねーよ。話違うじゃん」
「みんな急がしいんだろ。けど俺も小林もいるじゃん」
「それ以外は知らねーよ。俺も遅れてさっき来たばっかだけど、ずっと気まずい思いしてんぞ」
なんとなく雰囲気が大人しい理由がわかった。みんなこの知らないヒトに気を使っていた。
「みんな同じ予備校仲間じゃん。すぐ気まずくなくなるって」
「お前来ないんだったら来なかったよ。大体女少ねーよ。もっと女来んのかと思ったから」
「それはしょうがねーよ。てかお前自己紹介しとけよ」
「めんどくせーよ。いいよ、お前と喋って帰るよ」
小林が割った。
「そうだよ、しとけって。たぶんお前のコトはほとんどが見たことはあるから」
「なんでだよ、俺予備校ほとんど顔出してねーし」
「お前は存在感あったからだいじょぶだよ」
なんとなく、みんながこっちを見ていた。みんな変わってないな。女性人はみんな可愛くなってるけど。
「久し振りだなマジで。まっちゃんは地元でそこそこ会ってるから、いいやな。タカヒロ相変わらずだな。その髪型マッシュカットより全然いいじゃん。リョウも相変わらずだな。大学ではかなりモテるっしょ?あ、ナベ、大学合格おめでとう。マジすげえよ。サトミちゃんとまるは相変わらず付き合ってんだっけ?」
ヨウコとユミは向かって正面だ。目が合った。
「久し振り。ヨウコもユミも、なにげ同じ大学なのに会わないよな。三人揃ったの入学式以来じゃない?」
「シン、忙しそうだから」
「ん、まあね」
ユミはキレイになっていた。何回か、構内で遠目に見たことはあったが、近くで見ると断然キレイだった。予備校時代は親友だったくせに、ユミとヨウコは大学では一緒にいるのは見たことがなかった。前ヨウコと話したときは、よく相談したり、学外では一緒にいると言っていた。みんなそれぞれの学部に、それぞれの友達を持っていた。
みんなほどほどに酔っていた。酒に弱いタカヒロはすでに真っ赤だ。サトミちゃんも真っ赤だ。ふすま脇に置かれたジョッキとグラスを見て、みんなもう三、四杯は飲んでいるように思われた。
「ああ、じゃあ俺なに頼もうかな、あ、そこらへんまだ飲んでないのあるじゃん。それでもいいけど。あ、生チューはないの?じゃあサワーでいいやおれ」
「あ、店員呼ぼうか?」
「いや、大丈夫。近くきたら呼ぶわ」
話は弾んでいたのだろうか。俺がきて、少し気を使って、新しい話題は俺のことだろう。いったいなにを話していたのだろうか。俺はユミと話したい。
いきなり、アユムが話しはじめた。デカイ声で。俺がみんなと話ししている間に、小林に進められ続けたのかもしれなかった。よく見るとアユムも少し頬が染まっていた。
「えーみなさん俺のこと誰だこいつとか思ってるかもしんないけど、てか思ってんべ。シバタアユムです。A大いってます。ほとんど予備校なんざ顔出してねーけど、てかみんな知らねーんだよ。よろしく。あ、俺だけですか、自己紹介するのは。できればみんなして欲しいんだけど」
アユムは目が鋭い。威圧される。みんな苦笑しながら、緊張して、迎合した。
「じゃあさ、アユムの次、シンから時計周りにしてこうぜ」
小林が言った。俺からかよ。しょうがねえな。
「じゃあ俺からで。遅れてすいません。シンです。みんな知ってんやな。B大ですよろしく。」
「松本です。まっちゃんで。N大です。俺シンとオナ中だし、アユムちょっと話したことあるじゃん?よろしく」
低い、下卑た含み笑いをしながら、まっちゃんが擦り寄った。
「ああ、まっちゃんしょ?見たことあるかもしんね」
ホントかよ。だいたいまっちゃん自体、途中からゲーセン中毒で予備校にほとんど来ていない。アユムと会う確立なんて万が一だ。会ったとしたらゲーセンだ。てかお互い、嘘だろ。まあいいけど。
「タカヒロです。J大です。よろしく」
「リョウです。K大です。よろしく」
「ナベです。T大です。ていっても二浪してるから、まだ一年なんだけど。よろしく」
「ああ、じゃあこないだまで予備校生ですか。お前バカだな、あんなとこ二年も行くなんて。まぁよろしく」
ナベは、ああバカなんだ、小さい声で言いながら苦笑している。
まるが割った。
「まるです。T大です。ホント、初めて見たよ俺は。よろしく。」
「サトミです。D大です。よろしく」
二人は距離が近い。やや離れてユミとヨウコがいる。
「ユミです。B大です。アユムは前から、高校時代から知り合いだよ。久し振りだよね。あらためてよろしくね」
知らなかった。アユムは無表情だ。
「ヨウコです。同じくB大です。よろしくお願いします」
少し距離が空いて、俺たちだ。
「最後は俺だな、みんな知ってると思うけど、小林です。みんな今日は来てくれてマジサンキューな。ほんとはもっと来るはずだったんだけど,みんな忙しいみたいでさ。とにかく今日はこのメンバーで。まだ時間あるし、みんな積もる話もあるだろうし、楽しもうぜ!乾杯!」
ん、乾杯て、まだグラスねーよ俺は。あ、ヨウコさんきゅ。何だよ、この白いグラスだれのだよ。まあいいか。
乾杯!
はい、乾杯
チーン
チーン
カンパイ
はい乾杯
オッパイ
かちーん
うわ、これポン酒かよ。誰だよ、ポン酒グラスなんかに入れやがったのは。ポン酒イッキは無理だって。浸みるな、そういや昼飯食わなかったな。いや、浸みるなマジで。胸、焼けちゃうよ。
ユミはグイグイやっていた。酒強いんだよな。目が合った。飲んでるよ俺は。てかポン酒なんだって。サワーじゃないんだって。無理だから。目を、逸らされた。
遅れてきた俺以外はほどほど酔っていた。自己紹介によって、場が少し和んだようだ。けれどみんな、なんとなくアユムを意識していた。みんな個々に、近くのヤツと喋っていた。
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