第7話 かけっこ
「ねえ、かけっこしようよ」
最後の一週間まで、トウマとシュウイチは少しギクシャクしていた。
というより一方的にトウマがシュウイチに対してイライラしているといった感じだった。
そんなことを感じていてか、感じていないかわからないが、ハルがかけっこの提案をした。
僕は言った。
「かけっこって森の中で?」
「そ。森の中を自由に駆け回るのは人間に与えられた権利だとおもうんだ」
「僕は良いけど、他の三人は?特にトウマとシュウイチは一緒にしない方がいいんじゃ」
「だからだよ。だってこのプログラムはコミュニケーションなんだろ?なら仲が悪くなってたんじゃ時間の無駄ってことになるじゃんか」
僕は感心した。ハルは競技ゲームのプロだけあって、行動の目的を明確にして、どうしたら目的を達成できるかを意識するのが得意だ。
僕は言った。
「わかった。じゃあ、僕はシュウイチに声かけてくる。ハルはトウマとシンゴに声かけて」
「了解。まあ、かけっこしたらシンゴが圧勝だとは思うけれど」
僕はシュウイチの就寝スペースに行った。彼は虚空を見つめて、何かを追っているようだった。
「映画でも見てるの?」
「いや、本を読んでただけ」
「そうか。なんかハルがかけっこしようって言ってるんだけど」
シュウイチは虚空から目をそらし、僕の方を向いた。
「かけっこ?あはは。どこでやるの?」
「外の森だよ」
「いいね、いこう」
シュウイチは明るくいった。この無邪気さがどこから出てくるのか、僕には知りようがない。
外に出ると、ハル、シンゴ、トウマがそろっていた。
シンゴはどこかそわそわして嬉しそうだ。自分の能力を生かせる場というのはそれだけで良いものなのだろう。
一方トウマはどこか気まずそうにしていた。彼自身の言葉が彼を傷つけているのかもしれない。
「さあて、この教育プログラムも残り1週間を切った。僕たちのリアルな場のコミュニケーションってやつは後数日で終わる。だから……」
「親睦を深めるためにかけっこ?」
僕のちゃちゃに彼はにやりとした。
「馬鹿げたプログラムに馬鹿を重ねるためにかけっこをしようと思う。ただ走るだけの野蛮な行為だ。昔は健康にいいだのなんだのもてはやされていたけれど、今じゃ逆で推奨されていない。そんな無益なことをしたいとおもってね」
「で、どこまで走る?」
「さあね。かけっこだから、短い距離が良いだろうね。あの岩とか」
ハルが指した岩は150mぐらい先にあった。
「じゃあ二人組で適当にローテーションしよう」
最初は僕とシンゴ。そして次にシュウイチとトウマが組み合わせられた。ハルはその後、僕とシンゴのどちらかと走るそうだ。多分、シュウイチとトウマを組み合わせたのはハルの気遣いだと思う。
僕とシンゴは位置についた。
そして同時に走り出す。
僕は身体的なアップデートは並程度にしかしていないのに対し、シンゴは目一杯身体機能を上げている。しかもおまけにいつも鍛錬を欠かしていない。
僕はシンゴに3秒以上差を付けられてゴールした。
「シンゴ、さすがにはやいね」
「いや、カヅマこそ。アスリートでもないのによくここまで走れるね」
それがお世辞だろうとは思ったが、シンゴの爽やかで嫌みのない言い方に毒気を抜かれた。
僕らは振り返ると、トウマとシュウイチがスタートを切ろうとしていた。
走り出す。
僕はシュウイチがかなり遅いだろうと予想していた。
だが、意外にもトウマとシュウイチはほとんど差が離れなかった。
結局トウマが早かったが、それでも僕とシンゴの差よりずっと小さかった。
トウマがシュウイチに話しかけたそうにした。その前にシュウイチはにっこり笑いながら言った。
「すごくはやいね、トウマ」
トウマはすこしうつむいていたが、シュウイチに言う。
「ああ」
僕らが助け舟を出した方がいいかな、とシンゴと目配せしていると、ハルの声が聞こえた。
「おーい。じゃあ次は俺が走るから、カヅマ戻ってきて」
仕方ない、というようなしぐさをして僕はスタート位置に戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます