死者蘇生

rion

死者蘇生

静かに眠る彼女を見つめる僕。とても幸せな風景だー彼女が息をしていないことを除いては。


「お待たせ。」


透明な箱の中で冷凍保存されている彼女に向かって、僕は言った。彼女の体には、まだあの時の刺し傷の痕が残っている。

あの日、彼女は一本の包丁に殺された。たった一本の包丁で、僕と彼女との幸せな日々は終わったのだ。その日から何日経ったかは分からない。「天才科学者」の僕は、ついに死者蘇生装置を完成させたのだ。僕は、この装置を世界に発表して巨額の富を得よう、なんてことは少しも思っていない。ただ、彼女に生き返ってほしい。それだけなのだ。生き返った彼女がこのことを知ったらなんて言うだろう。きっとあの時のように、にかっと笑って

「さっすが、天才科学者だね!!」

なんて言ってくれるのだろう。

思えば、僕は何度も彼女に救われてきた。研究が賞を受賞した時に、一番喜んでくれたのも彼女だった。実験が思うようにいかず、思い悩んでいた時には、彼女が何度も励ましてくれた。世界中から「天才科学者」と呼ばれるようになってからも、彼女に「天才科学者」と呼んでもらえることの方が何倍も嬉しかった。彼女は、僕が科学者であり続けるために必要不可欠な存在だったのだ。


装置の最終準備も問題なく進んだ。最後に装置の上部に取り付けられた赤いボタンを押せば、彼女は生き返る。死ぬ直前の記憶は消えてしまうから、彼女には少し説明をしないといけない。「殺されて死んでたけど生き返ったよ」なんていう非現実的な話を、彼女が信じてくれるかは分からないが、とにかく、このボタンを押せば、もう一度彼女と会えるのである。僕にはその事実だけで十分だった。すべての準備は整った。ボタンの前で、深呼吸をする。このボタンを押せば、このボタンを押せば・・・


「もう一度、君に会える」

事実を確認するように、僕はつぶやいた。ボタンをゆっくりと押しながら、彼女との楽しかった日々を思い出す。いろいろな所に行って、いろいろな経験をした。くだらない話をして、たくさん笑いあった。


「もう一度、君と笑える」

モニターに示された心拍数などの数値が、だんだんと生きている人間のそれへと近づいていっている。あと少しだ。僕は箱の蓋に手をかけながら、彼女を殺した時のことを思い出す。たぶん、きっかけはなにかのくだらない口論だったと思う。彼女の悲鳴、包丁を刺す感触、彼女の恐怖に歪んだ表情、血の色、臭い、温かさ。全てを鮮明に覚えている。ああ、もう胸の鼓動が止まらない。


「もう一度、君を殺せる」


僕は、箱を開けた。

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死者蘇生 rion @rion1839

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