第9話


朝から夜までスケジュールがあるということで、婚約承諾のやりとりがあった次の日から早くも宮殿に住まいを移したアイリスは、まともにお別れも出来なかった両親のことを思って、小さくため息をつく。




「国の中枢になるということは、こういうことの繰り返しです」




アイリスを思いやってなのか、それとも叱咤しているのか、真面目な表情でそう言ってのけたホリーは、「私がどこまでもついて参りますので、ご安心ください」と表情をやわらげる。




「…それは心強いですね」


「悪いことばかりではありませんよ。今まででは考えられない豪華なお料理に、宝石にドレスも買い放題です」


「ふふふ。そうは言っても、伯爵家だって貧乏ではないから、今までも十分…」


「桁が違いますよ」




下世話な話をしているときに限って、とでも言うのか、小さなノックのあとに聞こえてきたロータスの声に、アイリスもホリーも、まさか聞かれていないよねと顔を見合わせる。




「…どうぞ」


「支度中にごめんね」




申し訳なさそうな表情で部屋へと入ってきたロータスに、聞かれていなかったようだと安心したアイリスは、「どうされました?」とよく教育されているのが分かる完璧な笑みを浮かべる。




「…あのね。陛下が今日から、アイリスも共に食事を、とおっしゃっていて…。僕から陛下に、もう少し慣れてからが良いと進言しようか?」




心配でたまらないといった表情でそう言うロータスに、笑みを浮かべたまま首を横に振ったアイリスは、「せっかく陛下と王妃殿下にお目にかかれる機会をいただけたのですから、喜んで参ります」と立ち上がる。




「…無理、していない?」


「していませんよ」


「それなら、食堂までご一緒してもいいかな」


「もちろんです」




正直朝が早すぎてそれが一番辛いです、とも言えず、たおやかな笑みを浮かべ続けるアイリスは、早朝だというのに相も変わらず美しいロータスに、この生活に自分も慣れる日がくるのだろうかと一抹の不安を感じる。




「陛下は食べるのがお早いから、最初はあまり食べられないだろうけど…頼めば部屋に軽食を持ってきてもらえるから、あまり心配しないでね」


「そんなにお早いんですね」


「うん。僕なんていつも、半分くらいしか食べられなくて」




それはさすがにロータスが遅いのでは、と考えていたアイリスは、いざ実際食べ始めて3口ほどで自分の考えが甘かったことを思い知り、結果、3割ほどしか食べられずに朝食を終えることとなってしまったのだった。






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