第7話



大きな温室をそのまま素通りして、二重に鍵をかけられているその先に、大ぶりな見た目とは裏腹にほんのり甘くてどこか繊細さを感じさせる香りを放つ、美しい花々が咲き乱れていた。




「わぁぁ…」




締まりのないアイリスの顔と声に、この場にホリーが居れば注意を受けているところだが、全てを受け入れてくれそうな柔和な笑みを崩さないロータスを前に、アイリスは知らず知らずのうちに素の自分をさらけ出してしまっていた。




「アイリスは、笑顔がとっても可愛いね」


「!」


「それになにより、先ほどの侍女を気遣っていたあの優しさには、心を掴まれてしまったな」




そう言って太陽の光に照らされ恍惚の表情で笑むロータスは、寸分の狂いもなく創り上げられた彫刻のようで、アイリスは一瞬何を言われているのか理解できずに、夢見心地でロータスを見つめる。




「…ごめんね。迷惑をかけるのは、分かっているのに」


「…そんな、」




そこで思わず言葉を止めたアイリスは、穏やかな笑みを浮かべたままのロータスの、その瞳に似合わない陰りの色を見つけて、不思議と魅入ってしまう。




「…生まれた瞬間から決められている将来、毎日侍女が伝えてくるスケジュールの通りに行動して…。自分が恵まれているのは理解しているけど、それでもたった一つ、自分で望んだものが欲しかったんだ」




ロータスのその言葉を聞いて、アイリスは持てる者の我儘だと思っていた恋愛結婚という願いが、ロータスにとっては生きる上でこの上なく重要な意味と価値を持つものなのだと、彼の切実な気持ちに胸が苦しくなる。




「…だから、アイリスに出会えたことが本当に嬉しくて、…申し訳なくて」


「…ロータス様…」


「…、ふふ、おかしいよね。自分が苦しくて仕方ないのに、それをアイリスに強制しようだなんて」




悲しげに揺れるロータスの瞳に何と言葉をかければいいか分からないアイリスは、せめて少しでも気持ちが伝わればと、ずっと繋がれたままであったロータスの手をぎゅっと握りしめる。




「…、ありがとうね」




そう言って、慈愛に満ちた瞳でアイリスに微笑んでみせたロータスは、そのままアイリスの手を持ち上げて、その甲にぐっと唇を押し付ける。




「っ、ロータス様、」




明らかに挨拶とは違う意味の口付けに戸惑うアイリスをよそに、名残惜しそうに唇を離したロータスは、アイリスの頬に手を添わせて撫でたかと思うと、「逃げるなら今のうちだよ」と、甘やかな声色で囁いたのだった。




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