第5話

初めて訪れる宮殿、その中のだだっ広い庭園を身なりの良い執事に案内されながら、アイリスは遠目からでも目を惹く金色を見つけ、正式な礼をとるべきなのか否か、しつこいほどに叩き込まれた微笑を携えながら考えを巡らせる。




「…アイリス!よく来てくれたね」


「こちらこそ、本日はお招きくださりありがとうございます」


「こちらの不手際で申し訳ないが、アイリスの好みを聞くのを忘れてしまって、とりあえず評判のお菓子と茶葉を用意したんだけど…、次はアイリスの好物で揃えたいから、口に合わないものがあったら遠慮なく言ってね」




既に次もあるのかと嬉しいやら驚きやらで、「ありがとうございます」などとありきたりなことしか言えなかったアイリスは、テーブルまでのわずかな距離でも手をとりエスコートしてくれるロータスに、本当に一から十まで完璧な方だと感嘆してしまう。




「…アイリスは、どこの香水を使っているの?」


「へ…香水、ですか?」


「うん。先日会ったときも、優しくて良い香りがするなと思っていたのだけど、今日はなんだか、一段と甘くて良い香りがするなと思って」




そう言いながら確認するようにアイリスの首筋へと鼻を近付けたロータスは、「うん、やっぱり」と至近距離のままアイリスに視線を合わせる。




「香りものは、入浴のときに香油を入れて楽しむくらいなんだけど。こんなに良い匂いの香水があるなら、僕も使ってみようかな」


「…私も、入浴のときに香油をお湯に垂らすくらいで…。今日はバニラの香りだったので、それで甘いのかもしれません」


「それで…?それなら僕も、なにか良い匂いがするってことなのかな?」




そう言いながらこてりと首をかしげたロータスからは、たしかに花のような優しい香りがして、アイリスはロータスの言葉を肯定するようにうなづく。




「どんな匂いがする?」


「ええと…花?ですか?」


「うん、正解。…実は、今日見せようと思ってる温室で育てている花の香りなんだけど、宮殿内でしか育てていないものでね」


「!そんな貴重なものを、今日は見せていただけるんですか?」


「うん。先に温室を見る?」


「はいっ」



とても貴重な花が見られると喜びでいっぱいのアイリスは、ロータスが自分を微笑ましげに見ていることにも気付かずに、どんな花なんだろうと頭の中で期待を膨らませる。




「温室の中にお茶を用意させようか」


「え?」




そういえば、と思い出したように、今目の前に用意されているティーセットに目を向けたアイリスは、「いえむしろ、喉が渇いていたのを忘れていたので、やはり先にお茶をいただきたいです」と、うかがうような瞳をロータスに向ける。




「…。」




ほんの少し驚いたような素振りを見せたあと、今度は嬉しげに笑みを浮かべたロータスが、「…僕って、なんだかすごく見る目があるみたい」とやはり嬉しそうな声色でアイリスに告げる。




「…見る目…?」




何を?と考えている間にいつの間にか椅子に座らされていたアイリスは、鼻腔をくすぐるいい香りに、これまたいつの間にか淹れたての紅茶が目の前に用意されていることに気付く。




「…良い匂い」


「これは、蓮の花の香りを…」


「!ロータス!?」


「ふふ、そうだよ。…飲んだことあった?」


「ありません!…陛下がロータス様のためにお作りになった茶葉なんですよねっ?飲んでみたいと思っていたんです!」




王族の言葉を遮るなどあってはならないことだが、むしろ楽しそうに微笑んでいるロータスのせいかアイリスがその失態に気付くことはなく、「今日はなんて素晴らしい日なの…!」と感動に瞳を輝かせていた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る