第4話

「皇室からのお手紙でございます」




難しい表情で本と向き合っていたアイリスにそう言って手紙を差し出したホリーは、早く開けて読んでみせて、という心の声が今にも聞こえて来そうな表情をしていた。




「ありがとうございます。ロータス様からかしら…」




手紙の封を開けた瞬間感じる優しげな香りは、やはり、あの日ロータスから感じたもので、中身を見なくても送り主が分かってしまう自分に、まるで想い人からの便りを待つ恋する乙女みたいだわ、とアイリスはなんだか恥ずかしくなってくる。




「一緒にお茶でも…宮殿の温室をお見せしたい…」


「!まぁまぁ!早速逢瀬のお誘いですわね!」




興奮したようにそう言って両手を合わせたホリーは、一呼吸おいて我に返ったのか、「し、失礼いたしました」と半歩後ろに下がってほんの少し顔を俯かせる。




「…ふふ、」




まるでいつの日かの自分を見ているようだと可笑しくなってしまったアイリスは、「これは順調、と言っても差し支えないですよね」と嬉しそうに瞳を細める。




「ええ、大変順調でございます。…このまま少しずつ距離を縮めて、まずは婚約に漕ぎ着けることからですね」


「はい。ロータス様はとても素敵な方でしたので…恋敵が多くなる前に、短期決戦で参りたいと思います!」




決意表明をするかのように胸の前で握り拳をつくってみせたアイリスに、同じようにしてみせたホリーが、「アイリス様は気立てもよろしいですし、勿論立ち居振る舞いも完璧になられました。雪のような白い肌は手入れが行き届いていて思わず触れてしまいたくなるほどですし、チョコレートのような艶のある美しい髪は、今にも甘い香りが感じられるようです。甘いものがお好きな王子殿下には、きっと受けると思いますわ」とまくし立てるように、そして優雅な表情を崩さないままに言い切る。




「…ふふ、斬新な褒め言葉ですね」


「美人ですよ、だなんてありきたりな言葉では、説得力もないでしょう」


「でも実際、言うほどの美人ではないみたいです」


「…あらまさか、王子殿下とご自分を比較していらっしゃるのですか?」




まさに図星であるホリーの言葉に無言で眉を下げたアイリスに、ホリーは「初お目見えであったあの祝賀会から、社交会では、王子殿下は絶世の美男子であるとの噂で持ちきりですよ。…そんな方と張り合おうとするほうが、どうかしています」と、辛辣にも思える物言いでアイリスを慰める。




「絶世の美男子…、本当、その通りですわ。あんなに神々しい方と釣り合うようにと思うことすら、おこがましいくらいです」


「そうです。むしろそんな方に万全の準備をしていったとはいえ、興味を持っていただけたことすら、奇跡に近いことです」


「たしかにそうですよね!…これも全て、ホリーや陛下に王妃殿下、お父様とお母様のおかげです!」




流石5年も一緒に過ごしてきた、と言うべきか、ホリーの言葉によってすっかり気持ちを持ち直したアイリスは、明るい表情ですぐにロータスへの手紙の返事を書き始める。




「…うーん、」




試行錯誤しながら少しずつ書き進めていくアイリスのその後ろ姿を見つめながら、何だか子の成長を見守る母のような気持ちになり微笑ましく感じたホリーは、アイリスの両親にも事の進捗を報告すべく、静かにアイリスの自室をあとにした。


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