第2話

そもそも、王子殿下の運命の相手役大作戦、などと銘打って、アイリスが王太子、王妃教育に始まり、王子殿下の好みを一心不乱に勉強することとなったのは、アイリスがまだ10歳の誕生日を迎えたばかりの頃だった。




「アイリス!…アイリス!!」


「…お、お母様…?どうされましたか?」




淑女らしく慎ましやかに、が口癖の母が大声をあげながら、ドアを押し破る勢いで部屋へと入ってくる様子に驚いたアイリスが、それでも教えを守りカップをソーサーへゆっくりと戻そうとしていると、そんな場合ではないとでも言うように、母は乱雑にアイリスの肩を掴み、「あなた、未来の王妃になるのよ!」と、視界が揺れるほど激しく身体を揺さぶられる。




「おっ、おかあさまっ、紅茶が…!あつっ、熱いです!」


「あああっ、大変!王子殿下の為の身体が…!」




医者を呼んでちょうだい!と騒ぐ母をなんとか宥めてアイリスが話を聞くと、国王陛下からの密使がつい先程やって来て、アイリスが王子殿下の婚約者に内定したのだと、母がまた取り乱し始める。




「あああどうしましょう!我が一族から、王妃だなんて…!」


「内定、とは…?他にも候補がいらっしゃるということですか?」




いまいち実感が湧かないアイリスが、きょとんとした表情で首をかしげると、いつ部屋に入って来たのやら、「なんでも、王子殿下は恋愛結婚をお望みのようで…、王子殿下と同年代でお好みにも合いそうなアイリスに、白羽の矢が立ったらしい」と、母とは対照的に落ち着き払った父が、母に目を向けて苦笑いを浮かべる。




「恋愛結婚…?」




婚約内定?恋愛結婚?


何ひとつ意味の分からない言葉たちにアイリスが難しい表情を浮かべると、「つまり、王太子、王妃教育に平行して、王子殿下のお好みも把握し尽くして、運命の出会いを演出しろ、ということらしい」と父が上手く要点をまとめてくれる。




「う、運命の出会い…?」




それは確かに素敵だわ、と素直な感想を持ったアイリスは、すぐにそれを自分が、しかも自発的に演出しなければないのだと理解して、驚きから何度も両親の顔を交互に見比べる。




「私が…?王国の至宝と名高い、王子殿下の運命の相手役…?」




そもそも、運命の出会いを演出とは?という根本的な疑問はよそに、アイリスは密かに自分も夢見ていた、運命の出会いとやらがもう叶わぬものになったのだと、ほんの少し悲しいような、未来の王妃という光栄が誇らしいような、複雑な気持ちになる。




「…それにあたって有り難くも、陛下直々に教育係として、侍従をお貸しくださった」


「お初にお目にかかります。本日からアイリス様の教育係兼、専属メイドとなります。ホリー・チェンバレンと申します」




一般のメイドとは明らかに違うホリーの立ち居振る舞いに、慌てて背筋を正したアイリスは、「アイリス・ブラウンと申します」と口角を上げる。




「…辛く険しい道のりになるとは思いますが、幸いにも5年ございます。王子殿下とのご成婚を目指して、共に頑張って参りましょう」


「はい。よろしくお願いします」




甘い気持ちで引き受けたわけでは勿論なかった大役ではあったが、今までの令嬢教育とは比にもならない過酷さに、アイリスは本当に息つく間もなく、あっという間に5年という月日を過ごすことになった。


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