王子殿下の運命の相手役、承りました

@maho1003

第1話

「アイリス様、準備はよろしいですか?」


「はい。必ず成功させます…!」




大量の馬車が、足並み揃えて同じ場所へと向かっている道中、そのまたとある馬車の中では緊張した様子でうなづき合う、ブラウン伯爵家の令嬢アイリスと、国王陛下の密使であり侍従、ホリーの姿があった。




「まず会場に入りましたら、ホールを抜けて裏庭に出ます」


「はい。出てすぐ右に曲がって、少し行ったところにあるアイリスの花壇で、王子殿下をお待ちすれば良いのですよね」


「完璧です!…では、くれぐれも…」


「淑女らしく慎ましやかに、ですね。…それでは、王子殿下の運命の相手役大作戦…遂行して参ります!」




アイリスは落ち着かない様子で自分を見送るホリーを背にして、気品あふれる微笑みを浮かべながら、王室主催の王子殿下誕生記念祝賀会、もとい今年15になられるこの国唯一の王子殿下、ロータスの婚約者選びのその会場へと向かう。




「ホールを抜けて、裏庭へ…」




間違ってもホール内で王子殿下に出会うわけにはいかないと、甘い匂いで誘惑してくるお菓子、王室主催もあって食欲をそそる見た目の軽食を横目に、アイリスは一目散に裏庭へと向かう。




「あったわ。…すごく綺麗…!」




大事な任務の途中であることを一瞬忘れてしまうほど、ただぼうっと色とりどりの花たちに目を奪われたあと、アイリスは絶対に失敗するわけにはいかないわ、と慌てて背筋を伸ばして、もはや条件反射である微笑を浮かべる。




「…まさか、先客がいるなんて」


「!…私もまさか、こんなところで人に会うとは思いもしませ…」




驚いたような表情を作りながら後ろを振り向いたアイリスは、王家の象徴でもある王子殿下のブロンドの髪に目を向けて、さらに驚いたように目を見開いたあと、「大変失礼致しました。アイリス・ブラウンが王国の至宝、王子殿下に拝謁いたします」と流れるような動作でカーテシーをしてみせる。




「…、ブラウン嬢も、アイリスが好きなの?」




質問を投げかける程度には、王子殿下のお眼鏡にかなうことができたのね、と内心胸を撫でおろして笑みを深めたアイリスは、「はい。…元々母が好きで、その影響で」と、闇夜の中でもひときわ輝く一等星のような、美しい王子殿下の瞳を見つめる。




「実は僕も、母の影響でアイリスを好きになって…。何と言っても好きなのが、アイリスの花言葉の」


「「あなたを大切にします」」


「!奇遇だね。じゃあやっぱり、一番好きなのは白の花?」


「はい」




分かりやすくゆるむ王子殿下の表情に、アイリスも予想以上に上手くいっていることに安堵して、思わず本心から顔を綻ばせてしまう。




「やっぱり一緒だ。…ふふ、ブラウン嬢になら言ってもいいかな…」




そこまで言って、何かに思いを馳せるようにゆっくりと瞬きをした王子殿下の瞳が、薄い涙をまとって幻想的に煌めくのを見て、アイリスは思わずどきりと胸が高鳴るのを感じる。




「…実はいつか、運命を共にしたいと思った相手に、白いアイリスを贈るのが…幼い頃からの夢なんだ」




自分の夢のその光景を想像しているのか、うっとりと細められた王子殿下の瞳が自分に向けられて、アイリスはそんな筈はない分かっているのに、愛でも囁かれているような錯覚に陥って、心臓が痛いほどに脈打つ。




「…王族が恋愛結婚だなんて甘い、って陛下にはいつも言われているんだけれど…」




そう憂げに伏せられる王子殿下の瞳は、宝石でも嵌め込まれているのかと思うほどにキラキラと輝いていて、美しい人はどんな表情も美しいのね、と頭の片隅で思いながらも、アイリスは必死で何と返すのが正解かを考える。




「…。陛下のお言葉も勿論、正しいのだと思いますが…、いくら王族といえど、王子殿下もお一人の人間ですから。愛する方と将来を添い遂げたいと願うのは…少しも、おかしなことではないと思います」




アイリスの言葉に、終始穏やかなものを感じさせていた王子殿下の表情が驚きに満ちたものに変わって、アイリスは自分の返答が正しかったのだろうかと、先程までとは違った意味で鼓動がうるさくなる。




「…驚いたな。そんな風に言ってもらえるなんて、思ってもみなかったから…」


「…心から愛する方と一生一緒にいられるなんて…考えただけでも胸が高鳴りますわ」


「ふふ、たしかに。…大変な公務も、愛する妻と一緒なら頑張れそうだ」


「そうですよっ。顔を見るだけで活力をもらえて、しかも、生まれた子供まで愛する旦那様にそっくりだったら…!夢が広がりますわ!」


「うんうん」




自然と近くなった距離で王子殿下に柔らかく微笑みかけられたアイリスは、その美しさにふと我に返って、「…少し、興奮しすぎたようです」と恥ずかしそうに足元に目を向ける。




「…、ふふ」




一瞬の沈黙のあと小さく笑い声をもらした王子殿下に、アイリスがうかがうように視線を上げると、ふわりと微笑んでいる王子殿下と目が合って、なぜかそこから動けなくなってしまう。




「…なんだか、初めて会った感じがしないね」




そう言って、優雅な仕草でアイリスの髪を一束手に取った王子殿下は、「…アイリス、と呼んでもいいかな」とそのままアイリスの髪に口付ける。




「…へ、」




それって。…それって、つまり。




「一番に好きなアイリスの花を見ながら、その花と同じ名前を持つ君と、将来の話をして。…これって何だか、運命の出会いみたいだと思わない?」




後光すら見える気がする王子殿下の美貌を目の前に、「僕のことは、ロータスと呼んでね」と熱っぽく見つめられ、ほとんど無意識のうちにうなづく頃には、アイリスの頭の中の当初の目的はすっかりと忘れ去られていたのだった。


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