第5話
翌日。
午前中はトム爺さんと共に農機具の修理を行っていたユージンの元に、新たな来客がやってきた。
「お初にお目に掛かります、私はヘルガ・フォン・ヴァルデクラフトと申します」
冒険者らしい革鎧に身を包んだ女性。
その人物は、供の者を数人連れて、そう自己紹介をしてきた。
「ヴァルデクラフトといえば、もしや……?」
「ええ。私は先日亡くなった当代ヴァルデクラフト辺境伯の、唯一の娘ですわ」
自らの身分を偽ることなくそう述べる女性。
年齢的にはユージンより年下だろうか。だが、単なるお嬢様でないことは一目瞭然だ。
よく手入れのされている革鎧は、ぱっと見普通のものだが、実際には非常に強力な魔物の素材を使った一品物。
さらに、腰に下げる剣も飾りっ気はないが実用的で、実によく手入れされていた。
そんな観察をしつつ、ユージンが応対する。
「そうでしたか……俺はユージン。この村の【
「ええ、よく存じております」
そう言う彼女の目は、嘘偽りのない澄んだ目だ。
そしてその雰囲気からして、曲がったことが嫌いなタイプであろうことが分かる。
「それで、ご用件は? お持ちの物はよく手入れされているようで、修理が必要には見えませんが」
「……流石、【
そう言うと、ユージンの対面に腰掛ける彼女。
ユージンが紅茶を出すと、それに口を付けながら周囲を観察しているのが分かる。
「この紅茶……淹れ方が上手ですわね」
「ありがとうございます」
そう言ってユージンを褒める彼女。
彼女はホッと一息を付くと、本題に入った。
「今回伺いましたのは……私の従兄であるエレイン・フォン・アルトマン男爵が貴方に依頼した件についてです」
「ふむ、お聞きしましょう」
手を合わせ、それを顔の前に持って来て聞く体勢になるユージン。
彼女は、紅茶をソーサーに置くとしっかりした口調で話し出した。
「貴方が受けられたその依頼……恐らく【領主の剣】についてでしょう。その依頼を、撤回あるいは失敗していただきたいのです」
そう言いながら革袋を取り出す彼女。
その口を開きユージンに見せながら、言葉を続ける。
「ここに、ポリス金貨で100枚、ご用意いたしました。いかがでしょう?」
ポリス金貨というのはこの国の通貨の一つであり、金貨20枚で大体一家族3人が一年間生活できる。
それを100枚ということは、節約をすれば5年は何もせずに暮らせる金額ということ。
対して、ユージンは首を横に振る。
「……申し訳ありませんが、それはお受けできません。俺は修理をあくまで仕事として受け、同時に依頼人とは深く関与しないと契約しています。あいにくですが、お断りいたします」
微笑を浮かべ、そう返答するユージンに対し、ヘルガ嬢は視線を鋭くさせる。
「……それにより、この領内の民に影響が出るかもしれませんのよ? 貴方とて、その影響から逃れられるでしょうか? あの男は大体――」
「失礼ですが、これ以上詳しくお聞きするつもりはありません。お引き取りを」
ヘルガ嬢の言葉に被せて、断るユージン。
周囲の供が視線を鋭くさせるが、ユージンはそれを笑顔で流す。
対するヘルガ嬢は、一つ溜息をついた。
「……それが、貴方の決定なのですね?」
「逆にお聞きしますが、俺がもし金で簡単に依頼人を裏切るのであれば、私の【
ユージンの言い分に反論する事が出来ないヘルガ嬢は、目を伏せると意を決したように立ち上がった。
「……分かりました。少し貴方について見くびっていたようです、今日は失礼しますわ」
「ええ、帰路お気を付けて」
ユージンが軽く頭を下げると、ヘルガ嬢も軽く会釈し、ユージンの家から出て行く。
その背中を見送りながら、ユージンは椅子の上で背筋を伸ばした。
「やれやれ……何やらきな臭い感じだな」
ユージンが視線を向けた先。
――そこには修理を待つ【領主の剣】が入った棚があった。
◆ ◆ ◆
――夜。
「ふう……今日もそれなりに仕事したな」
ユージンはそれなりと言っているが、実際のところ割と忙しい。
農機具というのは、基本的に鋳鉄を使う事が多く、その分修理が必要になりやすくなるのだ。
ユージン自身は、自分の体力を消費することはないが魔力を消費してしまう。
そして、魔力消費というのは時間回復なので、中々直ぐには回復してくれないのだ。
とはいえ、ユージンの魔力量はかなりのものであり、そこまで心配はいらないのだが。
「さて、そろそろ寝るか……」
あいにくこの村では風呂というのはないのだが、水浴びはできる。
しかもこの村……というよりこの地域は冬がなく、常に温暖なので水でも十分だったりする。
「そういえば、明日か……」
明日にはアルトマン男爵がやってくる。そこで材料を得られれば、直ぐに修復できるだろう。
念のため預かっている剣を入れている棚に、鍵が掛かっているか確認する。
「よし」
鍵は問題なし。誰かに入られたところで、誰も取ることはできないだろう。
ユージンは再度部屋を確認し、納得した様子でベッドに入るのであった。
――深夜。
「――……?」
既に眠っていたユージンだが、ふと何かの気配を感じて目を覚ます。
窓からは星しか見えず、間違いなく周囲は闇の中だ。
(……何だ?)
しかし、間違いなく周囲に何か敵意を持つ存在がいる。
ユージンは音を立てずにベッドから出て、少し布団を膨らませておく。
同時に、枕の下に入れていたダガーを手にした。
――と、その時。
「――動くな!」
ユージンの背後に、これまでなかった人の気配。
しかも、片手剣をユージンの首筋に当ててくる。
「……!」
だが、ユージンは首を傾げて剣から離れると同時に、前に転がった。
動揺する背後の気配。
その瞬間を見逃さず、部屋の隅にある片手剣を抜くと、直ぐに作業部屋に向かう扉を蹴り開け、そちらに転がり込む。
「「「!!」」」
どうやら、作業部屋にも数人の侵入者がいたらしい。
飛び込んで来たユージンに驚いたのだろう、気配がざわつくのがユージンには分かった。
そして、その隙を逃すユージンではない。
「ぎゃっ!」
剣の腹で、近くにいた侵入者の手首を叩くと、何かを床に落とした音がする。
その様子に気付いたのだろう、侵入者が微かに鳴らした舌打ちの音を頼りに、今度は腹部周辺を目掛けて蹴りを放つ。
「ぐほっ!?」
思わぬ攻撃を受け、嗚咽を漏らしながら壁に激突する侵入者。気絶したのか、それ以上起き上がってくる気配はない。
その間に、ユージンは部屋のランプを灯した。
「……何者だ」
「……」
ランプを付けると、侵入者の様子が明らかになる。
全身を柿渋色の衣装に包んだ細身の者たち。
明らかに、隠密行動をするための装いだ。
「何をしに来た」
「……依頼された剣はどこだ」
ユージンの言葉に初めて反応する侵入者。
その頃には、剣を取り落とした侵入者は逆の手で剣を握り、ユージンに剣を向けている。
「それを聞いてどうする」
「……しかるべき者に渡されるものだ。貴様が持っていていいものではない」
その言葉に口端を上げるユージン。
同時に、剣を入れている棚とは逆側の箱の前に立つ。
「……そこか」
「どうかな」
恐らく、ユージンと会話している人物がリーダー格なのだろう。
他の連中よりも数段上の実力を持つことが分かる。
対するユージンは、左手にダガー、右手には片手剣を握ったまま構えつつ考えていた。
(……こいつらは、どうやら俺を殺すよりも【領主の剣】を手に入れる事が重要と言うことか)
彼らからは『敵意』を感じても、『殺気』を感じない。
そのことと先程の口ぶりから考えて、ユージンは動きを選ぶ。
剣を下げ、気負いない様子でリーダーと思われる襲撃者に近付くユージン。
襲撃者側はその様子に訝しげに目を眇めつつも、動こうとはしない。
「……それ以上近付くな」
だが、流石に近いと感じたのか、リーダーは剣をユージンに向けつつ警告を発する。
「……くっ!」
しかしそのままユージンが近付くので、脅しのつもりなのだろう、致命傷にはならないよう肩の辺りに向かって剣を振るうリーダー格。
だが、それこそがユージンの狙い。
ユージンはわざと、振るわれた剣に向かって首を近付けたのだ。
「なっ!?」
リーダー格は予想外の動きに出たユージンに対し、反射的に剣を止め、退いてしまった。
そしてそれこそが、ユージンの狙い目。
「シッ!」
「ぐうっ……き、貴様……!」
強かに腹部を剣の腹で打たれ、呻きながら気絶するリーダー格。
倒れると同時に、ユージンは即座に動き、残る二人の襲撃者を殴るか、あるいは首を絞めて落とす。
「……」
ユージンは注意深く周囲を警戒し、これ以上襲撃者がいないことを確認した上で剣を納めるのであった。
◆ ◆ ◆
――翌日。
襲撃者が襲ってきた以上、しかもそれらを縛り上げたとはいえ監視する者がいない以上寝ずの番をしていたユージンの元に、アルトマン男爵が訪れた。
「おはよう、ユージン君。調子はどうだね?」
「少し寝付きが悪く、今日は少々不機嫌ですね」
そういうユージンに対し、カラカラと笑い声を上げる男爵。
「はははっ、そうは見えんな! まあ、寝付けんということは誰にでもある事だ。特に夜に面倒が起きた場合はそうだろうよ」
「ええ、そうですね」
そんな話をしつつ、作業部屋に招き入れるユージン。
作業台の上には、例の【領主の剣】が置いてある。
「さて、材料だが……この位で大丈夫かね?」
「ええ、大丈夫でしょう」
男爵が持って来たのは純金や純銀のインゴット。他にも純度の高い鉄とミスリル、宝石もある。
「ここに入れる宝石はどれにします?」
「そうだな……これが良いだろう」
元々どのような形で宝石が入れられていたのかは流石に男爵も記憶していないようで、こればかりはユージンも男爵の希望に沿った形を修復とすることにしている。
こうして、修理のための準備が整った。
ユージンは、作業台の上にある剣の上にそれぞれインゴット、宝石を乗せていく。
「……これから、どうするのかね?」
「後は……説明が面倒なので、見ていてください」
自分がすることに関して説明するのは面倒である。
大体、何故そのプロセスを辿るのか、なんて説明したところで彼らにはどうしようもないだろう。
そう思いつつ説明を放棄するユージンだったが、にわかに隣のリビングが騒がしいことに気付く。
どうやら、来客のようだ。
『ユージン様はいらっしゃいますか!?』
『ヘ、ヘルガ様! お待ちを!』
『今は男爵様が……!』
聞き覚えのある声である。
だが、今は応対できる状況ではないので、ユージンはさっさと剣と材料に手をかざし、魔力を通す。
「【リペア】」
その上でそう呟くと、作業台の上に置かれていた剣が光る。
そしてその光が収まると、そこには修復された美しい儀礼剣が存在していた。
「――修復完了です。どうぞ」
「おおっ!」
ユージンは剣を鞘に納め、アルトマン男爵に渡す。
すると、アルトマン男爵は嬉しそうにユージンの手を握った。
「か、感謝する! さて、お礼だが……ポリス金貨で150枚準備させてもらった。受け取って貰いたい。他にも何かいるかね?」
そう言って革袋を渡してくる男爵に対し、ユージンは口を開く。
「ありがとうございます。……ついでと言ってはなんですが、一つお願いを聞いていただけると」
「ほう?」
ユージンの『お願い』という言葉に、不思議そうな表情をする男爵。
それに対して、ユージンは一つのお願いを口にした。
「――少々、ある者の改めを行っていただきたいのです。昨日、この家に対して襲撃がありまして」
◆ ◆ ◆
リビングに戻ると、そこには男爵の護衛と共に昨日やってきたヘルガ嬢がいた。
男爵の護衛といえども、ヘルガ嬢が誰かを理解できているのだろう。立場の違いもあって、追い出すことができなかったに違いない。
そして、ヘルガ嬢を視界に入れた男爵も顔色を変えた。
「お前は、ヘルガ!? よくも戻ってこられたものだな! この期に及んで、自分が領主だとでも名乗りを上げる気か!」
「正当な理由も無く私を除け者にした男が何を言うのです! 挙げ句【領主の剣】まで持ちだして……」
明らかにこの二人は敵対関係にある。
それは昨日のヘルガ嬢の様子からも薄々勘付いていたユージン。
とはいえ、ここで遣り合われても困るというものだ。
「失礼ですが、ここは俺の家です。そちらの事情について、ここで言い合いは止めていただきたい。……男爵、俺は契約時に『関わらない』と言ったはずですが?」
「……失礼しましたわ」
「うっ……す、すまない」
流石に家主にそう言われては、何も言えないのだろう。
ヘルガ嬢だけでなく男爵も気まずげに、視線を泳がせつつ謝罪を口にした。
「……まあ、今回はいいでしょう。ですが、こんなことを他人の家でする時点で色々問題ですよね」
「ぐっ……」
暗に『常識がない』と言われた男爵。とはいえ、これに言い返すことはできずグッと堪える表情だ。
それを見ながら、ユージンが話題を変える。
「――ああ、折角ですから男爵、俺のお願いにヘルガ嬢も同席いただきたいと思います。……ヘルガ嬢、実は昨日少し襲撃に遭いましてね? ちょっと人物改めをお願いしたいのです。ご協力いただけますか?」
「え? え、ええ……」
「……仕方ない。私もその者たちの改めに参加しよう」
怪訝そうではあるが、先程の件がある以上断る事は出来ないと思い、頷くヘルガ嬢。
男爵も嫌そうではあるが、頷いて同意を示す。
「それでは、こちらです」
そう言って、頭に麻袋を被せられた人物を5人、連れてくるユージン。
皆が後ろ手に縛られており、しかも猿轡を掛けられているのかくぐもった声しか聞こえない。
「では、袋を取りましょうか」
そう言いながら端の人物の麻袋を外し、猿轡も外すユージン。
「貴様、こんなことしてどうなるか……! !?」
「なっ!? お前たちは……!」
声を上げる襲撃者たちのリーダー格の男。
だが、目の前に立つ人物を視界に収めると、言葉を失ったようだ。困惑し、混乱したように周囲を見回しつつもその人物から視線を外せない。
そして、その人物の顔を見て驚きの声を上げたのはヘルガ嬢だ。
どうやら彼女は、その人物が誰かを知っているらしい。
さて、他の者たちの分も同様に外したユージンは、視線をヘルガ嬢とアルトマン男爵に向けつつ、口を開く。
「実は昨日の深夜に、この家に襲撃を掛けてきまして。しかも、どうやら【領主の剣】が狙いだったようでしたね」
「そんな……」
「……」
顔面蒼白のヘルガ嬢。対して、アルトマン男爵は険しい表情を浮かべつつも、黙ったままだ。
「少し、ヘルガ嬢には話をお聞きしたいですが、よろしいですか?」
「……ええ、わかりましたわ」
ユージンの言葉に頷くヘルガ嬢。
すると、そこでアルトマン男爵が口を開く。
「どうだろうか? 襲撃してきた者たちをこちらで厳正に処罰し、然るべき賠償をさせていただこうかと思うが」
そんな言葉を口にする男爵は、まさに領主にふさわしい、と誰もが思うだろう。
しかしユージンは、その申し出に対して首を横に振ったのだ。
「すみませんが、襲撃者たちについては一旦こちらで考えますので。……ご厚意に感謝します、男爵」
「そうか……わかった。いつでも気が変わったら言ってくれ」
そう言って男爵はユージンの家を出る……直前で振り返って一言残していく。
「いいか? 誰につくかを見誤れば、容易く優劣は変わるものだ。よく考えるのだな」
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