第4話

「――【リペア】」


 ユージンがそう呟くと、一瞬だけ靴が輝き、次の瞬間には新品同然に戻った靴が現れる。

 それを見たトム爺さんは、ポカン、とした表情を晒していた。


「お、お前さん……そいつぁ……」

「多分これ……【再製師リジェネレーター】のスキルですよね?」

「あ、ああ……こいつぁ、たまげた」


 ユージンが声を掛けてようやく硬直が解けたトム爺さん。


「俺もかれこれここに数十年いるが……久々に見るぜ」

「そうなんですか?」

「ああ……ちなみに、どんなことができる?」

「? そうですね……」


 少し迫力ある顔でユージンに迫るトム爺さん。どうやら久々に【再製師リジェネレーター】が見られて嬉しかったらしい。

 ユージンはトム爺さんから少し距離を取りつつ、周囲を見渡す。

 すると、作業台が傷んでいることに気付いた。


「この作業台、結構傷が付いていますね」

「おう。そろそろ作り直すかと思ってんだが……出せる状態じゃないだろ?」

「これ借ります」


 それはかなり大きな作業台。

 最後の仕上げをするときの台なのだが、厚みがある事と大きいことで、簡単にはこの場から出すことはできないだろう。

 そうなると、修復もできず、取り替えることもできないというのが事実だ。


 そんな作業台に手をつき、同時に近くにあった薪を手に取るユージン。

 しばらく見比べてから、その薪を作業台に置くと「【リペア】」と呟く。

 すると次の瞬間には、傷だらけの作業台が修復されていた。


「うーむ……材料の相性か、もう少し魔力を流す必要があったのか、ちょっと修復が甘いですね」

「いやいやいや、十分だろう!? それにその辺りのは傷じゃない、俺が付けた作業用のちょっとした改造なんだ」


 ユージンの言葉に首を振るトム爺さん。

 ちなみに、傷に見えてもそれを付けた人物が傷として認識していない場合は、【リペア】できないようである。

 ユージンが顎に手を当てて考えていると、トム爺さんがさらに付け加える。


「……本当にお前さん、【再製師リジェネレーター】について知らんのだな。教えてやる」


 ◆ ◆ ◆


 ユージンを自分の体面に座らせ、トム爺さんは説明を始めた。


「まず、【再製師リジェネレーター】というのは色々作られたものを修復し、再利用できる状態にする奴のことだ。だが、その修復できるものには、限界がある。というより、自分との相性だな」

「というと?」

「例えばだが、【オルガニク】と呼ばれる系統を修理できる者は、木材や革で作られたものを修復することに長ける。対して、【メタリク】と呼ばれる系統の場合、金属でできたもの……剣とか、農機具とかの修復ができる。とはいえ、あくまで鉄でできた部分だけな。そんな風に分かれているのさ」


 木工系や金属加工系など、それぞれの得意分野に応じて【再製師リジェネレーター】も分かれるようである。

 トム爺さんの話では、他にも魔道具修復を行う【マキナ・リジェネレーター】と呼ばれる国家所属の【再製師リジェネレーター】も存在しているとか。


「そう考えると、自分はどっちでしょうね」

「うん?」

「いや、剣も、机も、修復できますから。靴もですね」

「た、確かに……」


 しばらく考えるユージンとトム爺さん。

 だが、結局その場で答えは出ることはなかった。


 話を終え、家に戻るというユージン。

 その背中に、トム爺さんは声を掛けてくる。


「これで、お前さんも村での役割ができたな」

「……え?」


 思わず聞き返したユージンに対し、トム爺さんは頬を掻きながら告げる。


「……村長とはよく話してな。お前さんが、自分の居場所を欲しがっている、ように見えるって聞いてたんだ。だから、な」

「……」


 その真っ直ぐで、少し不器用な言葉にユージンは軽く笑う。

 そうして、一つ頭を下げた。


「ありがとうございます」


 そうして建物を出ながら、呟いた。


「これからは、自分がこの村の【再製師リジェネレーター】です」


 ――パタン、と音を立てて閉まる扉。

 それに向かって、トム爺さんは一言、「そうか」と満足げに呟くのであった。


 以降、ユージンは様々な方法で【再製師リジェネレーター】としてのスキルを開眼させ、この村で頼られる存在になっていくのである。


 ◆ ◆ ◆


 ――現在。


「……」

「……」


 どういうわけか、ユージンの家には見知らぬ客が訪れていた。

 ユージンの隣には村長が座っており、対面側には強面の騎士が1名、そしてその後ろには2名の護衛が立っている。


「――それで、ご用件は何でしょうか?」


 そう頬笑みながら口を開いたユージンに対し、騎士風の男は表情をピクリと動かしつつもそれに応える。


「……実は、剣を修理していただきたいのだ」


 そう男が言うと、背後の護衛が布に包まれた1本の剣を男の前に置いた。


「ふむ、修理ですか……しかし、ここは農村です。それに俺は鍛冶師ではありませんが」

「……分かっている。お願いしたいのは、魔道具に近い……いわゆる魔剣なのだ」


 そう言いながら、男がその布を外し、剣をユージンの目の前に置いた。


「……君は、【再製師リジェネレーター】だと聞いた……そして、魔道具の修理もできることを。最近では王都近郊にしかおらぬ存在……それが近くにおったのだ。どうかお願いしたい」


 そう言って頭を下げてくる男に、ユージンはしばし考える。

 少し考えてから、ユージンは口を開いた。


「……お受けするかどうかお答えする前に、剣を確認しても? 材料次第で修理できるかは変わりますから」

「な、なるほど……分かった」


 男が頷いたのを確認し、ユージンはその剣を手に取る。

 サイズとしては、ブロードソードの類いだろうか。

 だが、装飾が多く施されているところからすると、儀礼剣の類いにも見える。


「……」


 ユージンは次に、鞘から剣を抜き、光に透かす。

 そして、何度か刀身を上から下まで眺めた後、鞘に納めた。

 その上で、ユージンは口を開く。


「失礼ですが、この剣をどのような形に修理されることをご希望ですか?」

「……? すまない、よく分からないのだが」


 ユージンの言葉に困惑する男。

 それに対して、ユージンは言葉を重ねる。


「これは意図的に刃引きされている。この状態すら修理するのか、それとも儀礼剣のままで修理するのか、ということです」

「ああ、なるほど……どちらが良いか……」


 だが、ユージンの言葉に対して逡巡を見せる男とその護衛たち。

 男はしばらく考えてから、村長を見た。

 その様子に、ユージンは村長へ退出をお願いする。

 元々村長は、彼らを案内するためだけにやってきていたのだ、同席してもらう必要はないだろうというのがユージンの判断である。


「……さて、お聞かせ願えますか? どうやら余計な人には聞かれたくないようですね」

「……分かるか?」


 ユージンの言葉に対し、溜息を吐きながらそう呟く男。

 それに対して、ユージンはさらに告げる。


「ええ、もちろん……それにどうやらこの剣、あるいは貴方を狙おうとしている存在もいるようですね」

「!?」


 ユージンの言葉に、男は顔の色を変えた。

 同時に護衛たちが、剣の柄に手を掛る。


「――ああ、別に知っていたわけではありませんよ。ただ、先程からえらく周囲を気にしておられる。護衛も、周囲への警戒度が高い。そして……こんな辺境の【再製師リジェネレーター】に依頼をしている。こんな要素が揃えば、どのような状況かが嫌でも分かろうものです」


 そう口にするユージン。

 それに対し、頷けるものと思ったのか護衛も柄から手を離す。

 男も納得したのだろう、頷きつつ一つ溜息を吐いた。


「……では、事情を話させてもらう。だが、他言無用にて願いたいし、その内容を聞くからにはこの仕事を受けてもらわねば困る」


 それに対して、ユージンも頷く。


「俺は別に依頼者がどんな人物か、どんな目的で依頼するのかは関知しませんし、関心もありません。同時に、下手に巻き込まれることもお断りですが」

「……なるほど。それが君のスタンスかね」


 そう言うと、少しだけ残念そうな表情をする男。

 だが、すぐに頷くとユージンに手を差し伸べる。


「……君は信用できそうだ」


 だが、ユージンはその手を握らない。

 スルーして、代わりに一つの書類を差し出す。


「では、こちらに契約書をまとめています。確認の上、サインを」

「…………えらく慎重だな」


 差し伸べた手を無視され、微妙な表情をする男。

 だが、契約書の存在については納得の様子。


「これは皆、書くのかね?」

「流石に農機具の修理ではしません……というか、そのくらいはその場で行いますから。しかし、今回は物が物ですので」

「ふむ……」


 男は、少し嬉しそうな様子を見せる。

 いわば、自分が特別な客と言われたようなものなのだ、男の表情が緩むのも仕方あるまい。


「書いたぞ」

「……はい、結構です。では、これにて契約とさせていただきます」


 そう言って手を差し出すユージン。

 ここで男は本当に納得したように、その手を握ったのだった。


 ◆ ◆ ◆


「さて、自己紹介がまだだったな……私は、エイレン・フォン・アルトマン。アルトマン男爵であり、ヴァルデクラフト辺境伯の後継者たる人物だ」

「これはご丁寧にどうも。俺のことはユージンとお呼びください、アルトマン男爵閣下」


 自己紹介を終えると、早速といわんばかりに少しだけ前のめりになりながらアルトマン男爵が口を開く。


「この剣は、【領主の剣】といってな。ヴァルデクラフト辺境伯領を治めるものは、この剣を手にしてとある儀式を行わなければならない、という掟があるのだ」

「ほう」


 ユージンは記憶を確かめる。

 ここ数ヶ月、この村で生活してきてそれなりに常識も教えられていたはずだ。

 多少とはいえ、ここ周辺の貴族についても情報を得ている。

 だが、この【領主の剣】というものには聞き覚えがなかった。


「聞き覚えがないのも当然だ。これはあくまでヴァルデクラフト辺境伯家に伝わるものでな」

「なるほど、納得しました」


 ユージンが頷いたのを見て、アルトマン男爵は言葉を続ける。


「最近は前の領主が後継者を指名することが多いため行われていなかったのだがな。まあ、私は傍流とはいえ当代ヴァルデクラフト辺境伯の甥に当たる。基本的にはヴァルデクラフト辺境伯内の都市一つの代官をしているのだが、当代が先日亡くなってな……」


 しばらく状況説明が続く。だが、ユージンとしてはあまり関心がない事でもあった。

 とはいえ遮るわけにもいかず、一応聞いておく。


「――先代の遺児は、あいにく行方不明で……故に、血筋としても私が継いで問題ないであろう、と辺境伯家の家臣たちも納得しているのだ」

「……それで? 修理については材料をいただかなければどうしようもないのですが、どの程度をお持ちでしょうか?」


 流石にこのままでは仕事ができないので、話を変えるユージン。

 あまりの態度に護衛は殺気立つが、そこは男爵が抑える。


「止せ。……すまんな、君のスタンスを忘れていた。必要以上には踏み込まんのだったな。……何が必要か、言ってくれるか?」

「そうですね……」


 そう言いながら、剣に目線を向けるユージン。

 一度眺めてから、男爵に視線を向ける。


「まず、儀礼剣としての体裁を優先するのであれば、純金、純銀、鉄とミスリル少々……そして、ここは宝石をはめ込んでいた場所なので、やはり同等サイズの宝石が必要でしょうか」


 そう言いながら、剣の鍔の当たりのへこみを指すユージン。

 少し驚いた様子の男爵だが、それには触れずにユージンに尋ねた。


「ふむ……では、その体裁を優先しなければ?」

「剣としての力を取り戻させるのであれば、金と銀の質は落ちます。逆に、鉄は鋼……それもかなりのものが必要ですね。ミスリルも量が増えます。同時に、宝石は無しにしましょう。ここの宝石は後から取り付けられたもののようですから」

「ふむ……」


 ユージンの言葉を受け、やはり考えるアルトマン男爵。

 だが、直ぐに口を開いた。


「これは、儀礼剣としての姿にして欲しい。今更この剣を振るって、辺境伯が戦うことはないのだからな」

「では、それにてお受けします。材料はありますか?」

「いや、流石に宝石がないな。これは預かっておいてくれるか? 数日後に届けさせよう」


 そう言う男爵に対し、ユージンは待ったを掛ける。


「……いえ、修理自体は直ぐにできますから、受け取りも合わせてこちらに来ていただければ助かりますが」

「ほう……そんなに早いのか」

「ええ」


 驚いた様子の男爵だが、そこまで早くできるのであればと数日後に再度ユージンの元を訪ねるという約束になった。

 だが、どういうわけか剣だけはユージンの手元に置いておくとのこと。

 不思議に思うユージンだが、それに関しては詮索せず、必要な材料の量を書いて、男爵に手渡す。


「では、よろしく頼むぞ」


 メモを受け取った男爵はそう言いながら、男爵はユージンの家を後にするのであった。

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