第3話

 疲労で倒れて眠ってしまったガンツを家に運びこんだ後、ユージンは居候している村長の家に戻った。


「おかえり、ユージン」

「ただいま戻りました」


 村長は人の良さそうな老人だ。いつも穏やかで、村人たちと一緒に農業を行い生活している。

 だが、今回のような緊急事態では、冷静に村人たちを守るために動き、皆を安心させるために尽力したのだ。

 その手腕は、やはり老練な村長と言うべきだろうか。


 さて、ユージンを迎えてくれた村長は、ユージンに椅子に座るように言ってきた。


「すまないねユージン、君も疲れているだろうに」

「いえ、ガンツさんほどではないでしょう」


 そう言うユージンに対し、村長は苦笑してみせる。


「確かにな。あいつは昔から突っ走って無理する……まあ、それで儂らが助けられてもいるのだが」

「はは……」


 そう言う村長は、昔を思い出しているのか少し遠い目をしながらそんな事を口にする。

 なんとなく頷くわけにも行かず、笑って流すユージン。


「さて……ユージン、少し聞きたいことがある」


 とそこで、村長が改まってユージンに視線を向ける。


「どうしましたか?」


 ユージンが笑顔のまま首を傾げる。

 それに対して村長は、こう告げた。


「……ゴブリンの襲撃の際、お前がどこにいて何をしていたか、正確に報告して欲しい」


 その言葉に、ユージンは笑みを浮かべつつ聞き返す。


「おや、確かジェフが報告をすると言っていたはずですが?」

「確かにそれは聞いた。だが……その中でお前に関する事が不透明なのだ」

「ほう?」


 興味深げな表情を浮かべるユージンに対し、村長は言葉を続ける。


「ジェフは言っておった……『ガンツが誰かを探しているようだった』とな。そして、実際ガンツの報告に、お前がどう動いているかという報告がない」

「おや、まるで親に見張られている子供のようですね」


 そう言って笑うユージンに対して、村長は表情を強ばらせた。


「当然であろう? いくら記憶喪失と本人が自己申告しているとはいえ、下手な者を村に招き入れるわけにはいかん」


 同時に、村長の周囲に魔力が集まり、その気配が高まっていく。


「正直に言ってもらいたい。お前は……何者じゃ? 何をしておった?」


 そう言ってくる村長に対し、ユージンは笑みを深めた。


 ◆ ◆ ◆


 ユージンは、村長の雰囲気が変わったことに笑みを深めた。

 それはこれまでの微笑みとは違う、どこか凄まじい笑み。


(こ、こいつは……いや、この人物は……!)


 村長は、その気配の変わりように警戒を強めた。

 だがこの時点において、ユージンはこれといったことを語ってはいない。ただ村長が警戒を強めているだけ。

 そんな村長に向かって、ユージンは雰囲気を再度変えて口を開く。


「……別にご心配になるような事はありませんよ。なにせ、自分が本当にこの国……いや、この周辺の出身かすら怪しいんですから」

「……何じゃと?」


 訝しげに村長が聞き直すが、ユージンは軽く肩を竦めるだけ。


「いや、本当に自分の名前……ユージンという名くらいしか、記憶がないんです。確かに何らか生活に関する知識はありますが、それと自分が結びついていないというのが事実。これを証明する手立てはありませんが、ね」


 そう言われて村長は納得することがあった。

 確かにユージンが運び込まれてきたとき、『ユージン』という名の他には彼が答えられたことがないのだから。

 無論、人として生活するに当たって必要な事は認識しているようではあったが、『共通貨幣』と呼ばれるこの大陸共通のお金すら、理解していなかったのだから。


(そういえば……『貨幣』というものには理解があっても、いまいち共通貨幣自体については認識していなかったな)


 こんな存在が諜報員などということはないだろう。

 ましてや、何か混乱をもたらすために送り込まれた工作員や暗殺者とも思えない。


「……ならば、詳しく報告をして欲しいのだ。これは領主にも報告を行い、騎士団を派遣してもらう必要があるのでな」

「ああ、なるほど」


 ポン、と手を打ってそう言うと、ユージンが説明を始めた。

 最初はガンツの側で塀の補修のために待機していたこと。

 だがゴブリンに襲われた際に、返り討ちにし、それからはゴブリン剣士の剣を奪って集団の中に単身突撃をしたこと。


「な、なんと……つ、つまり、それら希少種を倒したのは……お前さんなのか……?」

「ええ……まあ、血塗れの剣を持って帰ってきたところはガンツさんが見ているはずですよ」

「そ、そうか……にわかには信じられんが、あの襲撃を見ておると納得できるものもある……」


 村長は襲撃の規模がかなり大きいことを理解していた。

 ガンツだけでなく村長も、あのゴブリンジェネラルの咆哮の意味が分かっていたのだ。

 だが、実際の襲撃はゴブリンのみ。

 それも、最初は数十匹規模だったのが徐々に数匹になったというのだ。


 つまり、村に到達する前に誰かが間引いていた、という可能性を見ていたのである。

 その原因が、この時村長は理解できた。


「……ならば素直に言えば良いものを。なぜ言わんのじゃ?」

「いや、色々面倒になるでしょう? それに、ガンツさんや村人たちの面子を考えると、部外者の自分が大っぴらに動くのは問題ですから」


 ユージンの言葉に思わず深い溜息を吐いてしまう村長。

 遠慮がちと言えば聞こえが良いが、結局のところまだ村自体をユージンが信頼していないという事でもある。


「……それについてはすまぬ。儂らとしても、お前を疑っていたのだからな」

「いえ、あくまでこれは自分の癖ですから」


 そう言って口元だけで笑うユージンに、村長は再度深く溜息を吐くしかなかったのだった。


 ◆ ◆ ◆


「では、報告に行ってくる。しばらくは、力を合わせてやるのじゃ。いいな?」


 村長はその後直ぐに報告書を準備し、隣の街に向かった。

 この村にはないが、隣の街では簡易的な転送陣というものが存在し、それを使って報告書と共に騎士団の派遣申請を行うとのことだ。


 騎士団が派遣されるには、然るべき理由が必要なのだが、今回の襲撃によって予想されるゴブリンの集落の存在は十分な理由になる。

 普通であればガンツが赴くのだが、彼は疲れて寝ているので村長が向かうのだ。


「さて……」


 村長を見送ったユージンは、自室のベッドに腰掛けながら思い返していた。

 ゴブリンが背後から襲ってきたときに、自分が行ったことについてである。


(あの時、奪ったゴブリンの剣が破損している事が手に取るように分かった。そして、どうやれば修復できるのか、何が必要なのかまで……)


 その後も実際には使っていたのだが、特に記憶に残っているのは最初の出来事。

 ゴブリンの剣を掴み、同時に地面に落ちている短剣を拾い上げ、それらを『重ねる』。

 その上で口にした『【リペア】』の一言。


(確かあの瞬間、魔力が流れて消費する感触があった。つまり、あれは魔法の一種、ということだ)


 自分の使った魔法と思わしきスキル。

 しかし、ユージンのの持つ『知識』の中に、そんな物は存在していない。


「となると……? こっちに来てから使えるようになったのか?」


 そんな事を考えつつ、自分の靴を見る。

 ふと見た靴だが、どうも先程の戦闘で少々傷んでいるらしい。


「お?」


 すると、脳内に《革の端材、布の端材、真鍮》と修復に必要と思われる材料が浮かび上がってくる。

 だが、周囲にはその必要なものが見当たらない。


「うーむ……」


 仕方ないので、外に出てみるユージン。

 それぞれ家に戻った村人たちと挨拶をしながら、使えるものはないかと周囲を観察する。

 そうしてみていると、地面に落ちているものにせよ何にせよ、自分が焦点を合わせているものの上にふきだしのポップアップのような形で、詳細が浮かび上がってきた。


(お、便利だな……)


 農村なので道路が整っているわけではない。

 そのため生えている草があるのだが、それに焦点を合わせると《雑草》と出たり、《薬草(劣)》と出たりするのだ。


「お、あった……」


 そうしているうちに、道ばたに落ちていた【革の端材】と、偶々会った近所の小母さんに貰った【布の端材】を手に入れたユージン。


「あとは、真鍮か……」


 流石に金属は地面に落ちてはいない。

 しかも真鍮は合金なので、扱っているとしたら道具屋か鍛冶屋だろう。


 少し歩いて、トム爺さんの鍛冶場に辿り着いたユージン。


「トムさん、いますか?」

「あー!? ……ユージンか、入って良いぞ!」


 最初の反応はアレだったが、入って良いと言われたので遠慮なく入るユージンは、ちまちまと鍋に鋲を打って持ち手を取り付けているトム爺さんの姿を発見した。


「鍋作りですか。夜あんなに戦ってたのに、もう仕事するんですね」

「あ~、少し寝たら目が覚めてな。とはいえ、火を入れるにはちと遅ぇ。だから前に作ってた鍋を完成させようかと思ってな、こんなことをしている訳よ」

「なるほど……」


 鍋作りといえど、全て手作業だ。

 一気に打ち出して大量生産、とはいかないため、一つ一つを丁寧に、そして素早く仕事をしていく。

 そのスピードと正確さは、まさに職人だ。


「で? 何しに来たんだ?」

「あ、いや……少し真鍮の欠片でもあったら欲しくてですね」

「真鍮の……欠片? まあ、あるとは思うが……」


 ユージンの注文に不思議そうな表情をしながら、一旦作業の手を止めて側にあった金属のガラ入れを探るトム爺さん。

 直ぐに見つけたようで、一つの金属片を投げてユージンに渡す。


「ほらよ。これでいいか?」

「助かりました。十分だと思います」


 そう言うユージンに対し、トム爺さんは変な顔をしながら呟いた。


「珍しいモン欲しがるんだな……【再製師リジェネレーター】ならそういうのを使って修理するんだろうが、最近はめっきり減っちまった」


 そう、少し寂しげに呟くトム爺さん。

 だが、ユージンはその言葉が気になった。


「トムさん、【再製師リジェネレーター】って、なんですか?」

「はあ!?」


 ユージンの言葉に、今度こそトムは唖然とした表情をしたのだった。


 ◆ ◆ ◆


「お前さん……本当に色々記憶を失ってんだな……常識外れって言われちまうぜ?」

「すみません……」


 トム爺さんはユージンの事情を知り、呆れ半分納得半分の表情をしている。

 だが、ここで説明しようとしてくれていることからして、中々良い人物だという事も確かだ。


「さて……【再製師リジェネレーター】が何か、だったな……」

「ええ、お願いします」


 ユージンが頭を下げると、トム爺さんは頷いて話し始める。


「どこから話すか……まず、【再製師リジェネレーター】ってのは、簡単に言やぁ修理に特化したスキルを持つ、魔法使いの一種だ。とはいえ、多くの場合属性魔法が撃てるわけじゃないから、『魔法使い』の括りではなく、『技師』の括りになる」


 どうやら、【再製師リジェネレーター】というのは魔法使いでありながらも技術者に近い扱われ方をするようである。

 そのため、冒険者をするのではなく、店を構えたりギルドに所属したり、あるいは貴族や国のお抱えとなるものもいるとのこと。


「――だが、最近は減ってな……昔はよく一緒に仕事したもんだがな」


 どこか懐かしいものを思い出すように、そう呟くトム爺さん。

 鍛冶師としてものを作るトム爺さんと、物作りはしないが、すでに作られたものを修理し、使えるようにする【再製師リジェネレーター】というのは相性がよかったらしい。

 しかし、最近では【再製師リジェネレーター】に頼むよりも、新しいものを買う方が早いこともあり、徐々に縮小傾向にあるようだ。


 だが、その話を聞きながらユージンは別のことを考えていた。


(ということは……まさか俺もその【再製師リジェネレーター】なのか……?)


 そう考えると、間違っていない気もしてくる。

 【再製師リジェネレーター】という存在は知らなくとも、実際にユージンは剣を修復し、使ったのだから。

 そう思ってからのユージンの行動は早かった。


「トムさん……少し見てもらえますか?」


 そう言うとユージンは、自分の靴に必要な材料を乗せる。

 その上で、必要な言霊を紡ぐのだ。


「――【リペア】」


 次の瞬間、靴が光に包まれ、それが収まった時にはまるで新品のようになった靴が現れたのだった。

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