第2話

 ――ゴブリンジェネラル。


 それは、見た目普通のゴブリンなのだが、体躯が普通のゴブリンより大きい。

 同時に、普通のゴブリンより知恵が回り、力もあって、ゴブリンを何十匹か統率する役割を持つ。


 そして、このゴブリンが現れるのが、ゴブリンの集落があるときだ。

 ゴブリンの集落というのは、ゴブリンキングを筆頭に、数百のゴブリンが集まる場所。

 そこでは雑多なゴブリンを纏めるために、指揮能力のあるゴブリンジェネラルが生まれ、繁殖と食料のために旅人や村を襲うのだ。


「くそっ、ゴブリンジェネラルがいるって事は、この後が厄介だぞ! もう少ししたら、間違いなく規模の大きい集団がやってくるはずだ!」


 1体のゴブリンでは弱くても、数の暴力というのは間違いなく存在するのだ。

 そうなれば、この村の戦力では心許ないのが事実。


 ガンツの言葉に納得できるものがあるからか、男たちもそれぞれ村を走り回り、子供や女性たちを村長の家に向かうように集める。

 その間ユージンは、できるだけ塀の補強を行うことにした。

 塀の高さはそれほど高くなく、基本的には害獣対策のものだ。

 故に、木杭を使った柵を返しのような形で塀の外や上に配置していくことで、進入路を狭めるようにする。


「果たしてこれだけで効果があるか……」


 そう呟きながらも、できるだけのことを行おうと思うユージン。

 そうするうちに、新たなゴブリンの集団が視界に入ってくる。


「ガンツさん! ゴブリンが30匹ほど集団でやってきます!」

「おうよ! お前ら、準備しろ!」


 すると、塀の上に上がった男たちが、手に石投げ器を持って立つ。

 そしてゴブリンたちがおよそ塀から20メートルまで接近したところで石を放ったのだ。


「ギャッ!?」「グゲ……」「ギャギッ!」


 十分に加速を付けられて放たれた石は、過たずゴブリンの集団にあたり、その数を削る。

 だが、それを何度か繰り返したところで、その後ろにいた大柄のゴブリンが声を上げる。恐らくそれがゴブリンジェネラルだ。


「ギャ! ギャルガ! グゴ!」

『『ギャギャ!』』


 どうやら何か命令を下したらしく、纏まらずに二つに集団が分かれ、迫ってくる。

 こうなると、投石だけでは手が回らなくなり、徐々に塀に迫ってこられてしまう。


 とはいえ、多少とはいえ柵を新たに設置した効果はあり、ゴブリンたちは柵を避けて動く。

 そのため、進路が限られたために徐々に投石がまた当たり出したようだ。

 さらに、猟師たち数人が今度は弓を使い出したことで、仕留めるスピードが上がったようだ。


「……」


 その様子をユージンがしばらく見ていると、突然、ゴブリンジェネラルがこれまでにない大声を上げる。


「グ……グギャギャギャギャギャギャッ!!」

『『!』』


 その声に思わず身を竦める男たち。

 数人の男は、思わず自分の武器を取り落としてしまうほどの声だった。


「ちっ! 【咆哮】か!」


 唯一動けたのはガンツであり、その声を聞くと同時に塀から飛び降りてゴブリンジェネラルに一太刀を浴びせる。


「グギ……!」

「クソッ!」


 だが、ゴブリンジェネラルは斬られながらも、『ニヤリ』と嫌な笑みを浮かべた……ように見えたのだ。


 それに悪態を吐きながら、ガンツは剣を振るう。

 自分たちの指揮官が討たれ、混乱状態に陥った残りのゴブリンは、ガンツの振るう剣により即座に討たれていくが、ガンツの表情は晴れない。

 それどころか、先程よりも悪くなっているようである。


「ガンツさん……どうしましたか?」

「……ユージン、さっきのゴブリンジェネラルの声は聞いたか?」

「え? ええ……」


 頷くユージンに驚いたような表情を向けたガンツ。

 だが表情を改めると、口を開く。


「あの声は、【咆哮】っていうスキルでな……普通は敵を恐慌状態に陥らせたり、自失状態にさせるものなんだ。まさかあんなゴブリンジェネラルが使えるとは思ってもいなかったが……」

「ああ……だから彼らが武器を落としたりしたわけですか。ガンツさんは平気そうですね」


 あの咆哮というスキルに対し、ガンツは平然と剣を振っていたのだ。

 何故効かなかったのか不思議ではある。


「ああ……俺みたいに実力が上の相手には効かないんだ、あのスキルは」

「なるほど」

「納得している場合か! あのスキルにはもう一つ効果があってな……」


 そうガンツが口にしようとしたところで、林の方が騒がしくなる。


「……くそっ、来やがったか!」


 現れたのはゴブリンの集団――数百匹だ。

 しかも先程よりゴブリンジェネラルの数も増え、同時に恐らく希少種と思わしき姿も見える。


「――って、危ねぇ!!」

「!!」


 どうやら、希少種の動きはこれまでにないほど速いものだったらしい。

 一瞬にして間合いを詰め、ガンツに向かって剣を振ってくるゴブリンの剣士。


 流石のガンツも、その奇襲には即座には対応できず、防戦となる。

 そしてこのゴブリンが狙っていたのは、ガンツではなかった。


「なっ――」


 ガンツが体勢を崩し、下がった一瞬でゴブリン剣士はユージンに迫る。

 確かにユージンは戦闘力のある雰囲気がない。そのためガンツも、ユージンのことを『守る対象』として見ていた節がある。

 そしてその剣がユージンに届こうとしたとき――


 ◆ ◆ ◆


 その瞬間、ユージンは目の前の状況に硬直した。

 気配を感じ振り返った途端、目の前にはゴブリンの醜悪な顔。

 そのゴブリンは普通のとは異なる、青みがかった肌を持っており、手にはしっかりとした剣を握っていた。

 しかも、その剣は上段に振り上げられ、まさに自分の命を断とうと振り下ろされようとしているのだ。


「な――」


 ああこれが走馬灯を見る感覚なんだな、などと思いながらゆっくりと流れる時間の感触を味わうユージン。

 次の瞬間、過たずその剣は自分を斬るだろう。


(どうにかして攻撃を防がなくては……!)


 どこか冷静にその状況を分析する理性的な『冷えた』自分と、迫り来る死を回避しようと必死に頭を回転させる『熱い』本能。


(どうする!? このままでは終わってしまうぞ! 武器は壊れかけの槍だけ……どうにかして修復しようにも……!)


 その二つを感じながら、不思議とユージンの手は動いていた。


 左手に持つ槍が動き、ゴブリン剣士の剣を弾く。

 弾かれてゴブリン剣士の身体が浮き上がり、自分から逸れていくのを見ながらも、左手の槍が破壊される様子が認識出来る。

 さらには、弾かれてゴブリン剣士が取り落とした剣の軌跡が見え、落ちるであろう位置に手を伸ばしてそれをキャッチする。


(刃こぼれをしているな……何か『材料』はないか?)


 しっかりとはしているが、手入れがされていないことにより刃こぼれを起こしている剣。

 同時に脳内に浮かび上がる、『修復』のための必要な『物』。


(あれは……他のゴブリンが使っていた短剣か……錆びているが、『材料』としては十分だ)


 ゆったりと動く時間の中、手を伸ばしてその短剣を拾い上げる。


 さらに、脳内に刻まれたように循環する『修復のための手段』。

 それに沿って、その短剣を右手に持つ剣に重ね、魔力を込めながら必要な『言霊』を口にする。


「【リペア】!」


 すると右手にあった剣が光を放ち、それが晴れると手には刃こぼれが修復され、鋭い切れ味が回復した片手剣が。

 同時に先程までの遅く流れる時間が元に戻った。


「ギャッ!?」


 一瞬の出来事により跳ね飛ばされたゴブリンの剣士は、思わぬ出来事に困惑の声を上げる。

 だが、それも続かず即座に振るわれたユージンの剣によって、首を刎ねられて終わる。


「ギュギャギャッ! ギャ!!」

「ギャギャ!」


 仲間が斬られたのを見たためか、興奮したように襲いかかってくるゴブリンが数匹。

 だが、それも一瞬のうちに通り過ぎたユージンの剣の餌食になる。


「あいつは……一体……」


 自分では守れなかった、死ぬはずだった人物が起こした逆転劇。いや、最早奇跡と言っても良いだろう。

 ガンツはユージンの様子を見ながら、思わず呟く。


 ユージンの振るう剣が瞬く間にゴブリンの首を刎ね、喉を貫く。

 自分でもあれほどまで動けるとは思えない。

 もちろん戦いのスタイルが違うというのはあるが、それでも明らかにユージンは自分より上の実力者だ。


 そう思えるほどの圧倒的な剣技を見せられ、しばし硬直していたガンツ。

 だが彼も実力ある戦士だ、即座にゴブリンたちに視線を向け、向かって来るゴブリンを叩き斬る。


(とはいえ……数は明らかに向こうが多い。朝まで持ち堪えれば……)


 魔物というのは基本的に夜行性だ。

 そのため、朝になれば撤退する可能性が高い。

 そうすれば、近くの街から援軍を呼んで討伐に当たれるだろう。


(それまで、俺たちの体力が保つか……だな)


 とにかく、今は村を守る。

 体力が厳しくなるだろうが、そこはそろそろ硬直が解けるであろう村人たちと上手に遣り繰りすることにしよう。

 そう思いながら、ガンツは未だに固まっている男たちに近付き……ある事に気付く。


「しかし……あの時の光はなんだったんだ? ユージンが何かしていたが……」


 ◆ ◆ ◆


 ユージンは、唯々向かって来るゴブリンを斬っていた。

 まるで自分の剣がゴブリンに引き寄せられていっているのではないか、と思うほどにあっさりとゴブリンを斬り捨て、屍を築いていく。


 そうしたところでふと剣に目を向けると、剣が少し傷んできたのが分かった。


「……【リペア】」


 ユージンが地面に落ちている短剣を拾い上げ、剣に当ててそう呟くと剣が光り、傷が修復される。

 そうするうちに接近してきていたゴブリンの剣士を、逆袈裟で斬り、その剣を左手に取る。


「……ゴブリン剣士は、良い剣を使っているようだ」


 そう言いながらも地面に落ちている短剣を蹴り上げ、器用にも左手に握る剣の腹で受け止める。


「――だが、手入れがされていなくてはな! 【リペア】ッ!」


 今度は左手に握られた剣が光って、その腹に乗った短剣が光の粒子となって消えて傷を補完する。

 ここで遂に、ユージンが両手に握るのは、鋭い切れ味の片手剣となった。


 ユージンは無意識のうちに薄らとした笑みを浮かべると、【身体強化】を掛けてから一気に跳躍する。

 そして村に向かおうとしていたゴブリンの集団の、ど真ん中に着地して剣を振るう。


「剣技――【ブラッディ・クラウン】!」


 そう言うと同時に、両手を広げて身体を回転させる。

 その目にも留まらぬ勢いにより、ゴブリンたちは自分たちが斬られ、絶命したことを一瞬、気付かなかった。


 そしてその場からユージンが跳躍して離脱したと同時に、同じタイミングでゴブリンの上半身と下半身が分かれた。

 舞い上がった血飛沫がまるでウォータークラウンのようで、どこか凄惨ながらも美しさを魅せる。


 血塗れの剣を両手に、再度ゴブリンのただ中に下り立つユージン。

 その圧倒的な暴力に、ゴブリンたちは村を襲うことも忘れユージンに向かっていくのだった。


 ◆ ◆ ◆


 ――明け方。


「どうにか……凌いだか……」


 剣を杖にしながら倒れ込むように地面に座るガンツ。

 ユージンがいつの間にかいなくなっており、それを探す間もなくゴブリンがやってきたために、休まず戦っていた彼の疲労はピークに達していた。

 どうにか男たちを叱咤して防衛に当たらせたことで、村への被害を奇跡的にゼロに収めることが出来たのだが、その中で最後まで剣を振っていたのはガンツだけ。

 男たちは投石や弓で援護していたものの、最初に感じた恐怖というのは中々拭えなかったようだ。


(意外と……トム爺さんの鎚捌きが凄かったんだよな)


 流石は鍛冶師のドワーフである。

 体力的にも、精神的にもタフな種族というのは継戦能力に優れていた。

 だが、鎚というのは如何せん重いので、固まってきたところに大打撃を与えるという感じだったとか。


「って……やべぇ、ユージン探しに行かねぇと……」


 ユージンのことを思い出し、探しに行こうと立ち上がろうとするガンツ。

 だが、一度座り込んでしまっては立ち上がるのも苦労する。


 身体の電源が落ちそうなのを必死に叱咤して、立ち上がろうとしていたところに、フッと影が差した。


「……?」


 誰かと思い、ガンツが顔を上げて見るとそこには――


「ガンツさん、無事でしたか?」

「……ユージン」


 そこに居たのはユージンだった。

 両手に血塗れの片手剣を持ちながらも、自身には返り血を浴びていないという、ある意味異様な姿。


「おまえ……無事だったか」

「ええ、ちょっとはしゃぎすぎましたが」


 そういいながら苦笑するユージンを見て、ガンツは全身から力を抜いて地面に大の字になる。


「ちょっと、ここは塀の外ですよ?」

「う、うるせぇ……無事なら……無、事って……言いに来い……よ……な……」


 それだけ言うと、いびきを掻いて寝てしまうガンツ。

 それを見ながら、ユージンは改めて苦笑を浮かべると、一つ呟く。


「……流石に俺では運べませんからね。人手を連れてきましょうか」


 そう言うとユージンはその場を離れ、男たちを数人呼びに行くのであった。

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