追憶の再製師(リジェネレーター)

栢瀬千秋

プロローグ/第1章:領主の剣

第1話

 のどかな村に、朝日が差す時間。

 だが既に人々は動き出し始めている。


 そんな村にある一軒家。

 そこには一人の素朴な青年が住んでおり、窓から差し込む朝日に気付いて外に出てきている。


「おはよう、ユージン」

「あ、おはようございます」


 すると、その青年――名をユージンという――に対し、声を掛ける小母様たち。

 彼女たちは彼よりも早く起き、既に畑に行っているようだ。


「朝から早いね」

「今日もよろしく頼むよ!」

「小父さん、任せてください!」


 そう声を掛けてくるのは、鍬を手にした農夫の小父様たちだ。

 日に焼け、逞しい体つきの彼らは、まさにこの村の経済を支える主戦力と言って過言ではない。

 なお彼らは、必要とあらば手に持つものを鍬から斧、はたまた剣に変えることで、防衛戦力としても力になっていたりする。


 さて、この自給自足によって成り立ち、まさに農村と言うべき雰囲気の村にあって、ユージンは異端といっても良いだろう。

 なにせ彼は、農作業に行かないのだから。


「ふわぁ……ねむ……」


 しかも、皆が仕事を始めているというのに、自分の家の前から特に動こうとしない。

 ただ、家の前に置いている椅子に座って、コップに注いだ飲み物を飲みながらぼーっとしているだけ。

 しかしそんな彼の様子に誰も咎めることはなく、それどころか頬笑ましげに見ているのだ。


 だが、そうしている彼に近付く影が。

 その人物は、先程の農夫たちとは異なり、まさに戦士、という出で立ちの人物。

 なにせ、彼はこの村の警備隊長をするれっきとした軍人なのだから。


 まるで熊を彷彿とさせる彼が、ユージンが座る椅子に近付いてきて――


「ユージン! 悪ぃ、またヒビ入れちまった!」


 ――がっはっは、と豪快に笑いながらそう声を掛けてきた。


「……ガンツさん、昨日もそう言ってませんでした? だってタダじゃないんですから」

「そう言うなって! ちゃんとブツは持って来てんだからよ!」


 そう言いながら、ユージンの肩をバシバシと叩いてくる熊男、ガンツ。

 そんなガンツに、ジト目を向けつつも一つ溜息を吐いて、「どうぞ」と家の中に入れるユージン。


 ユージンの家の中は、玄関から入ると直ぐに大きなテーブルがあるのが分かる。

 というか、テーブルというよりは……


「それじゃ、剣を作業台の上に」

「もう置いてるぜ!」


 そう。このテーブルは作業台だ。

 とはいえ、何か機械が取り付けてある訳でもない。

 普通との違いと言えば、木で出来ておらず、黒く艶のある石で作られている、ということだろうか。


 ユージンはガンツが置いた剣を、鞘から抜き放つ。

 その動作は危なげなく、まるで自分の剣であるかのようにさらりとした動きだ。

 そう見ると、ユージンは単なる青年とは言えず、十分剣に慣れているであろう人物である事は想像に難くない。


 さて、鞘から剣を抜き放ったユージンは、天井に下がっているランプの光にその剣を向け、深い溜息を吐く。


「……酷いですね。歪みもある、罅も入っている、さらには刃も完全に潰れている。こんなの鍛冶屋が見たら卒倒しますよ」

「というか、さっきトム爺さんに見せたらハンマー投げつけられた」

「……ああ、道理で」


 トム爺さんというのは、この村唯一の鍛冶屋だ。

 ユージンの家の近くに住んでおり、ユージンはこの村に来た頃からお世話になっているドワーフである。


 なお、ユージンは先程、そのトム爺さんの家から何かがぶつかって破壊されたような音を聞いている。

 トム爺さんは腕が良い反面、キレると危ないのだ。なお、ガンツはハンマーを投げられたようである。よく無事だったものだ。


 そんな鍛冶屋がキレるような状態の剣を、ユージンはどうしようというのか。

 そうしている間にも剣全体のチェックを終わらせ、ガンツに対して左手を伸ばすユージン。

 それに対して、ガンツも慣れたもの、手元の麻袋から一つの金属の塊を取り出す。


「これを使ってくれ」

「……ほう」


 そう言って渡された金属の塊。

 それは、鈍色でありながら、その中にどこか玉虫色のような独特の色彩が現れる金属だった。


「ミスリル、ですか」

「ああ。どうにも俺の力では普通の鉄剣だとこうなっちまうんでな」

「なるほど……では」


 ミスリルとは、非常に魔力と親和性の高い金属であり、それを使う事で魔力による強化を剣に施すことができるようになるのだ。

 これが普通の鉄剣では、魔力を通したところで歪み、最終的には破壊されてしまう。


「では、今日はリビルドのご依頼、ということで」

「おう、頼んだ」


 頷くガンツ。

 するとユージンはミスリルを作業台の上に置き、何度か探るように手を剣の上で動かす。

 しばらくそうした後、今度はミスリルを剣の上に重ねると、軽く目を瞑って呟いた。


「【リビルド】」


 すると、淡く剣とミスリルが光り、その光が晴れると剣が新たな姿となってそこに存在していたのである。

 これまでの鉄剣の姿から、ミスリルが十分に含まれた魔剣の姿へと。

 燦めく刃が、その剣の切れ味を示すかのようだ。


「おおっ! 流石だぜ!」


 そう言いながら剣に手を伸ばすガンツ。

 そしてしばらく素振りをすると、笑顔のまま鞘に剣を納めた。


「助かった……これでどうにかなるな」

「それは良かった」


 少しだけ疲れた表情を見せるユージンに対し、ガンツはお礼を言う。

 それに対してユージンもホッとしたような笑みを浮かべる。


「いや、本当にお前は最高の【再製師リジェネレーター】だよ」


 ◆ ◆ ◆


 【再製師リジェネレーター】。

 それは、この世界において道具などの物を修理したり、あるいは再利用できる形で作り直す事に長けた者たちの事だ。

 手段は様々、人それぞれであり、魔法を使って修復する者もいれば、技術を用いて様々な道具を駆使し、修復を行う者もいる。


 いずれにせよ、物に関しての修復を行うのが彼らの仕事であり、役割である。


 なお、この世界では特殊な力――『魔法』が存在していることを、あらかじめ皆々様にはご理解いただきたい。

 多種多様な種族――エルフ、ドワーフ、獣人族など――が存在し、国家や都市を形成する世界と認識していただけたら、と思う。


 さて、本題に入ろう。

 主人公であるユージン――ユージン・シャッフェンも、そんな【再製師リジェネレーター】の一人。

 とはいえ、彼は元々この世界の住人ではない。


「……いまいち記憶がないんだけどね」


 それは失礼した。

 確かにユージンは、記憶を失っている。

 というよりも、自分の持つ『知識』という本を、脳内で閲覧できる状態と言うべきか。

 自分自身の経験と繋がっていない、と言うと良いかもしれない。


 いずれにせよ、彼はこの世界に来て、自分が【再製師リジェネレーター】となれるだけの力や知識を持っていたのだ。

 ならば、と。自分の居場所を得るために、それを使ってみようじゃないかと、彼は動き出し、今このように名もなき農村で生活しているのである。


 これはそんな青年の、一つの物語。


 ◆ ◆ ◆


 ――数ヶ月前。


『――相変わらず、そんな物を修理しているのか?』

『――今は、そんな事をするよりも新しい物を買った方が早いじゃないか』

『――そんなガラクタ、使って何になる? ……ああ、お前も――』


 ――ガバッ!!


「ハッ……ハッ、はっ……はー……」


 ベッドから飛び起きたユージンは、先程まで脳内を巡っていた声が耳元に残っているような気がして、思わず首を振る。

 しばらく浅い息を吐きながら、周囲を見渡し、そこが自分の部屋である事に気付いてホッと深い溜息を吐いた。


「……さっきのは」


 良い記憶ではない。それどころか、まるで自分を否定するかのような、そんな言葉だった。


「……」


 この村に自分が1週間ほど経過した。

 今は、農作業を手伝ったり、力仕事の手伝いをしながら、この農村の一員になるべく努力している。

 とはいえ、どうにも彼は魔法の使い方が分からず、魔力の循環によって行える簡単な【身体強化】を除き、魔法が使えない。

 魔力の総量はかなり多いらしいのだが、まあ簡単に言うと「お荷物」に近い存在となっているのである。


(なんとかして、自分の価値を見つけなければ……)


 偶々ユージンは、この村の側にある林で倒れていたところをこの村の心優しい樵夫に発見されたことで滞在を許されたのだ。

 だが、本来はどこの馬の骨とも分からぬ存在。あのままでは野獣の餌になるかもしれず、そして今も存在意義を見いだせなければ放り出される可能性も否定できない。


「村長たちは……気にせずこの村にいろ、って言ってくれているんだがな」


 ここの村民たちは皆優しい。

 もちろん言葉が乱暴なことはあるのだが、それでも優しさを含んだ言葉はユージンを気遣い、そして仲間に入れようとするものだ。

 それをありがたいと思う反面、ユージンとしてはそれに甘えてもいられないと思っている。


(とはいえ、今は考えている暇はないか)


 今日は畑の草刈りをして、それから塀の修繕を行う。

 こういった作業は、どういうわけかユージンは得意だった。

 特に教わるでもなく、身体が勝手に動いてくれるのである。


「さ、働くか」


 そう言いながら、ユージンはまずベッドを片付けるのであった。


 ◆ ◆ ◆


 ――夕方。


「た、大変だ!」


 塀の修理を終え、ちょうど最終点検を行っていたユージンに対し、林の方から出てきた樵夫が声を掛けてきた。


「どうしたんです?」


 手ぬぐいで汗を拭いながらそう聞き返すユージンに対し、樵夫は上がった息を整える間もなく答える。


「ご、ゴブリンの集団だ! 林の奥に、50匹以上のゴブリンが!」

「!」


 ゴブリンというのは、ファンタジーでは定番中の定番、雑魚中の雑魚、緑色のくすんだ肌に醜悪な顔の小鬼系の魔物である。

 この世界でも弱い部類に入る魔物だが、同時に食欲旺盛であり、しかも集団戦法を好む厄介な魔物である。


 食欲が旺盛というのは厄介だ。

 なにせ、飢餓状態にある可能性が高く、人間……肉とみれば躊躇いなく襲いかかり、牙を剥くのだ。

 『ゴブリン頭』が馬鹿の代名詞と言われる位に知能の程度は低いのに、行動は狡く、卑怯も辞さないのだから。


 そしてもう一つ厄介なのが、他種族との交配で同族を増やす事が出来るということ。

 そのため、強力な魔物を相手にせず、人間たちの女性を狙っても来る。

 冒険者でも女性相手であれば躊躇いなく襲いかかってくるため、女性冒険者が被害に遭うことがあるほどだ。


「この村は冒険者がいないので?」

「お前さん、この1週間で一度でも見たかね? 警備隊長はいるけどもな、冒険者はこんな村にはいねぇよぉ」

「な、なるほど……とにかく、村長に伝えてもらえますか? 自分はもう少し、塀のチェックをしますから」

「分かった! ……おーい、村長!」


 樵夫の男が駆け出しながら村長に声を掛けている。

 声が遠くなっていくのを聞きながら、ユージンはもう少し塀の強化を続ける。


 そうこうしているうちに、空は夕焼けから変わり、夜の帳が下りてくる。

 塀の近くでは、村の男たちが斧や昔使っていた剣などを引っ張り出して、一応武装した状態になって集まっていた。

 周囲では篝火が焚かれ、林の方から来るであろう魔物への警戒を行っている。


「おいユージン、お前さんもこれくらい持っておきな」

「あ、ありがとうございます」


 ユージンは塀が破損したときに備えて、塀の横で待機だ。

 そうしていると、村長が1本の槍を持って来てユージンに手渡す。


「……まあ、結構古い奴なんだが、それでも何もないよりはマシだろ?」

「ええ、助かります」


 その槍は、『結構古い』というか、最早穂先が錆びて普通に使うには適さないものだった。

 とはいえ、男たちの武器も普段から使う斧を除いて同じような有様なのだが。


(まあ、自分がこれを振り回す事はないか)


 そう思いながら、林の方を目を眇めながら見ていると、何かが動いているのが分かる。

 同時に、独特のうなり声のようなものも耳に入ってくる。


「林の方から来るぞ!」


 猟師の一人がやはり気付き、声を上げる。

 同時に、男たちの間に緊張が走った。


 幾ばくもしないうちに、遂にその相手が姿を現す。


「ゴブリンだ! 村に入れるんじゃないぞ!」

『『おう!』』


 現れたのは、数体のゴブリン。

 独特の鳴き声を出しながら、涎を垂らし、村の方に駆け出してくる。

 ゴブリンたちは簡易的な道具を使うので、手には太めの木の枝を棍棒代わりにしていたり、あるいは誰かが落としたナイフを手に持っている。


「ギャギャギャッ!」「ガギギッ!」「ギャ!」

「来るぞ! 構えろ!」


 対する村側は、警備隊長であるガンツが指揮を執ってゴブリンに対抗していく。

 数体であれば、男たちで十分に対抗できる。


 即座に革鞣し工の男がナイフを振るい、ゴブリンに斬りつけ、怯んだ隙に樵夫の男が斧を振るって頭を叩き潰す。

 鍛冶屋のトム爺さんが、ドワーフらしい力強さで鎚をふるい、何体かを纏めて叩き潰す。

 どうにかその陣営を抜けたゴブリンが塀に近付くが、警備隊長のガンツの振るう剣によって一刀両断にされる。


「流石だな……」


 その様子を見ながら、ユージンは塀の破損がないか確認する。

 特に問題は無さそうであり、このままいけば問題なく夜を越えることができるだろう。


 それからも何体かゴブリンがやってくるが、そのどれもがあっさりと討たれていく。

 槍を片手に持ったまま、周囲を警戒しつつ塀を確認していくユージン。


 しばらくすると、少し落ち着いたのか男たちが塀に身体を預けて休憩している。


「お疲れ様です、ガンツさん」

「お、ユージンか」


 水の入った器を片手に挨拶をしてくるのは警備隊長のガンツだ。

 流石は警備隊長と言うだけあって、疲労感はなく、休憩しつつも周囲を油断なく見張っているところが歴戦の戦士を思わせる。


「意外と皆さん慣れているんですね」

「まあ、ゴブリン程度ならな。にしても、少ないから良かったぜ、これが多いと厄介だからな」

「なるほど……」


 しかし、『厄介』というだけで『無理』とは言わないところに、ガンツの実力があるのだろう。

 そう思いながらユージンがガンツを見ていると、ガンツがぽつりと呟く。


「……しかし、なんか嫌な予感がするんだよな」

「? どうしました?」


 その呟きは小さかったためユージンには聞こえなかったが、ユージンは「なんでもない」と首を振る。

 そんな話をしていると、樵夫の男がどこか深刻な表情でやってきた。


「お? どうしたんだ、ジェフ」

「ガンツか……実はな……」


 樵夫の男――ジェフは、躊躇いがちになりながらも警備隊長のガンツに話す。


「俺が見たゴブリンたちだが、明らかに50匹以上いたんだ。だが今まで倒したのは精々20匹……後の30匹はどこに行ったのか、と思ってな」

「!」


 その言葉にハッとした表情になるガンツ。

 するとガンツはジェフの肩を掴み、詰問しだした。


「おい、ジェフッ! その中に普通と違うゴブリンはいなかったか!?」

「ちょ、ちょっと待ってくれガンツ……。普通と違う……?」


 肩を掴むガンツの腕を肩から外しながら、考えるジェフ。

 すると、何かに気付いたのか口を開く。


「……そういえば、少し普通のゴブリンにしては大きめの奴がいた気が……するな?」

「なっ……!」

「お、おい……どうしたって言うんだよ……?」


 サッと顔の色が変わるガンツ。

 その変わりようにどうしたのかとジェフが聞き返すが、ガンツは何かを考え込んでいる。

 そして顔を上げると、男たちに命令を出す。


「お前ら! 全員塀の中に入れ! 籠城戦をするぞ! 女子供たちは、村長の家に集まれ! 散らばるんじゃねぇぞ!」

「「「「はあ!?」」」」


 塀に近付けない、という作戦を変え、籠城と言い出すガンツ。さらには、女性や子供たちを一カ所に集めるつもりらしい。

 これに対し、数人の男が食ってかかる。


「おいガンツ! 籠城って何のつもりだ!」

「そうだ! 俺たちならゴブリン程度いくらだって!」

「塀を破壊されたら終わりなんだぞ!」

「畑とかどうするんだよ!」


 そう口々に言う男たち。


「喧しい!! 黙って聞きやがれ!」


 すると、それを一喝して黙らせるガンツ。

 その迫力に、おもわず皆が肩を跳ねさせ黙る。……鍛冶屋のトム爺さんを除いて。

 そして黙った頃合いで、ガンツが口を開いた。


「今回のゴブリン共には、ゴブリンジェネラルがいるらしい! つまり……近くにゴブリン共の集落がある!」

『『!?』』


 その内容は、村人たちを黙らせるには十分の内容だった。

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