第11話綺羅星の如き白頭巾
なんの脈絡もない話です。
感傷的になったので、私が…何ということだ…
と、伝え聞いて思った話を本日書こうかと思います。
時は関ヶ原の戦いになります。
その天下分け目の大戦に輿に乗った白頭巾の武将が居ました。
御存知の方も多いと思います。
西軍の実質的大将とされる石田治部三成の竹馬の友。
大谷刑部吉継です。
この方は負け戦…に対して、様々な対抗策をとり、死の瞬間迄西軍を支えました。
大谷刑部は難病に罹り、関ヶ原の戦いの時には目も見えず、体も腕を少し動かす位がやっとと言う…戦に出られる体ではありませんでした。
ですが大谷刑部は生前の太閤豊臣秀吉公から、「刑部めに百万の軍勢を与えて存分に働かせたいものよ」と言われた程の上手の人でしたから病気で一線からは退きましたが、明晰な頭脳をもって内政に手腕を振るわれました。
それがこの世最後の戦に望むにあたり、合力してくれた武将、平塚為広、他には賤ヶ岳の七本槍の一人脇坂安治もおりました。それぞれと合せて五千余りの備えです。
その五千を大谷刑部は松尾山の小早川金吾秀秋の逆心を警戒して山の麓…小早川の軍勢の防波堤になる場所に配置します。
そして大戦が始まりますと、大谷刑部は豪強に東軍の攻めを押し返し、努めてその場に留まります。
ですが恐れていた事態…
一万を超える小早川が松尾山を駆け下りてなだれ込みました。
大谷刑部はそちらの備えを厚くしてあったので、五千で、倍する軍勢を足止めしました。
ですが、大谷刑部の頭脳でも…もしかしたら考えたかも知れませんが…
小早川の背後をつかせる為に配置した武将達が我先に寝返り大谷刑部の備えに襲いかかります。
その武将の中には賤ヶ岳の七本槍と讃えられた脇坂安治の姿も。
太閤から恩を厚く受けた七本槍。武勇誉の七本槍…
その七本槍の五本…迄でしょうか。二本を残し、豊臣家にその武勇誉の槍を向けました。
流石にそうなっては五千足らずの兵数だったものが、急に二千を切り…そうなると守りも追い付かず…更には東軍の先駆けが七本槍の名槍の一と歌われた福島正則。
西軍は崩れ始めます。
ですが大谷刑部は倒れません。
そしてこんなやり取りがあったとも言います。
大谷刑部が石田治部に、先にあの世に往くよ…と言う歌を贈り、石田治部がそれに、あの世には辻があると言う。そこで待っていてくれ。吾もすぐに向かう…
そう有名なやり取り。
ですが実際にはそれは石田治部とのやり取りでは無いようです。
西軍総崩れ間際の時に、備えの離れた石田と大谷がそんなやり取りが出来たでしょうか。
この歌のやり取りは、大谷刑部に合力した平塚為広が、大谷刑部に、先にあの世に…と呼ばい、それに大谷刑部があの世の辻で…と返したそうです。
平塚為広は一万石余りの武将でしたが忠義に厚く、義を尊ぶ武将でしたから傾いた大谷刑部の備えを少しでも長く保たせようと手勢数百足らずで押し出して討ち死を遂げました。
大谷刑部の他には平塚為広しか指揮のとれる武将が残って居なかったので、大谷刑部が直接指揮をとります。
ですがどんどん擦り潰されてもう手勢が千を切る位ですと、大谷刑部の乗る輿の担ぎ手も討たれます。
ですが、代わる代わる輿の担ぎ手が現れます。
目の見えない大谷刑部は言います。
「かたじけない…だが、済まぬ。ワシはもう目が見えぬのだ…折角担ぎ手になってくれる者の誰かも…分からぬのだ…済まぬ。死出に逝く前に名乗りを上げてくれ…」
そう落涙しながら言いますと、担ぎ手達は発奮して。
「大谷家中!足軽の某!参る!」
大谷刑部の輿に敵が寄せますと、そう名乗り輿を離れて敵の備えに切り込みます。
すると次の担ぎ手が輿に。
更に別の担ぎ手が名乗りを上げて輿から離れます。
それが繰り返し繰り返し行われると、敵勢の切っ先も鈍ります。
何せ輿を担ぐとなると自分の身を守る事等出来ません。ですが大谷刑部の郎党達は自身の身より殿の身を第一に考え、輿を離れるのは輿を倒そうとする敵が寄った時のみ。その壮絶な担ぎ手達は敵勢を圧倒しました。
もう大谷刑部の手勢が百を切っても誰一人逃げ出しません。
その不意の間に大谷刑部は。
「済まぬ。もうここまでじゃ。ワシは腹を召す。この醜き頭(かしら)は誰にも渡すな。頭を隠したならば…皆は、落ちよ」
大谷刑部は最期まで供をしようとする者達に降伏する様に残して切腹し、側近が首をはねました。
ですが大谷刑部の下に集まった士卒は大谷刑部の遺体を汚されまいと全員切死を遂げたそうです。
もう、読書家の方でしたらお気付きと思います。
全員切死したのに何故こんな話が残っているのか…
この逸話には続きがあるそうです。
東軍の藤堂家中の侍(細川家とも)が、付近の木立に怪しい人物を見咎めます。
その侍は一人で木立に入り。
「藤堂家中の某である。お主は何処のご家中か」
そう呼ばうと。
「隠れもせぬ。白頭巾大谷家中の某」
そう名乗ったそうです。
「大谷刑部の備えはもう崩れた。こんな所で何をしておる」
「ワシは殿の頭を隠す為に一人落ち、今隠し終わった所。これも何かの縁であろう。殿の頭の代わりにもならぬが…伏してお頼み申す。この事を秘して、ワシの頭をはねて手柄となされよ」
藤堂家の侍はその隠し事のない侍の態度に感じ入り、その侍の首級(しるし)を手柄として藤堂高虎のもとに戻りました。
その首級を見た藤堂高虎は。
「その首級は紛れもない大谷刑部の懐刀ぞ…お主に容易に討てる侍では無い…どうしたのだ」
「はい。立派な侍振りで御座いました。その侍は主の頭を隠し、代わりに自身の頭を私に下さいました」
「そうであったか…流石は大谷刑部家中…して、お主は頭の場所を聞いたか?」
「いえ。一言も聞いてはおりません」
本当でしたら大谷刑部の首級となりますと大手柄です。
ですがその藤堂家中の侍は頭を探し立てはしませんでした。
更に。
「この立派な侍の武者振りを手柄としてどうかお探しになりませぬ様…」
「うむ。最もである。虎は死して皮を残し、人は死して名を残す…大義である」
そうして、藤堂高虎も深追いはしなかったそうです。
更には直接大谷刑部の備えと鉾を交えた小早川家中の者達もその見事な武者振りに感じ入り、それぞれが伝えたので皆果てたにも関わらず話が伝わった…そうです。
伝え聞きの逸話ですので、間違いもあるかと思いますが、平に御容赦を。
実際に様々な人々が話を伝えたのは事実でしょう。
ですが、余りにも美談ですよね。
ですがその美談も良いと思います。
誤解無き様申しますが、私は戦が好きな類ではありません。殴り殴られでは終わりがないですから。
伝、攻め立てて、攻め返さるるは、かぎりなし、糧を分かちて、こその楽土ぞ
手前味噌ですが。
戦は人の命が安売りされてしまいます。平素な世では人を害すと自分の命で贖いを致しますし。
殺人鬼は戦場では英雄です。ですが平和になるとその殺人鬼はずっと苦悩し続けると思います。
ではどうしてこんな逸話を取り上げたのか。
それには史実の大谷刑部が本当に難病に罹っていた事もあります。
もう刀や槍での奉公がかなわない。更には体の膿が漏れ出て異様な風体であり、茶席では大谷刑部とは同席したくない。
更には
大谷刑部は自分の病に生き血が効くと聞いて、夜な夜な辻斬りをしている…
大谷刑部の病は前世からの業病だ。余程の悪さをしたのだろう…
大谷刑部はずっと避けられ、貶められていました。
今も昔も変わりません。
少しでも弱い…少しでも劣っている…人はそう感じますと兎角攻撃や口撃をします。
それはきっと人間の性なのでしょう。
その様に周囲から扱われても大谷刑部は自分を軽々しく捨てはしませんでした。
病に罹患した当初は切腹を考えたそうですが…太閤豊臣秀吉公が、思い留まらせて事務方の内政を任せたそうです。
ですが、それも酷な話です。
今もそうですが、仕事等では営業をされる人を大切にする場合が多いと思います。事務方は必死に営業…戦で言うと前線でしょうか。それを支えますが、営業から疎まれたりもすると思います。
大谷刑部は石田治部と並び前線の武将からは「槍の摂れぬ者達」と笑われてもいました。
それでも全てを全うして旅立ちました。
私が言いたい事と言えば…
どうせこの世は羅刹道。その中にあって、たった一度、一度で良いから…本当に困っている誰かに手を貸す。
自分が苛めや病気や怪我で身をそこなっても…ヤケにならないで欲しい…
だって
昔にはこんなに綺羅星の如く輝いた白頭巾が私達に背中を見せてくれているのですから。
長文失礼をしております。
ですが、もう一つ御座います。
この大谷刑部の逸話では、名のある者ですと平塚為広、他は名もなき足軽郎党に至る迄、難病の大谷刑部を見捨てませんでした。
彼等は大谷刑部と並び称されても遜色無い大人物だと私は思います。
この逸話は大谷刑部の生き様のみではなく、隅々の人物一人一人が人間の尊厳を我々に申し立てている様に感じます。
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