第13話 恐竜の襲来
トンタたちは舌抜所の所長より食料十日分を分けて頂くと直ぐに出発した。
早く、血の池に行き装備を身につけないと恐竜と戦えない、
新生命誕生工場から二日目には地獄山に覆っていた暗雲から完全に抜けると、強い日差しが照り付け気温も上昇し、苦しい旅が始まった。
雨は降らず、毎日四十度を越す暑さの中を歩く強行軍となったが、不思議な蛇口のお陰で水を頭からかぶり、喉を潤し、暑さをしのぐことが出来た。
食料が底を付いた時、ようやく第一更生村に辿り着くことが出来た。
ふと、田畑に目をやると作物は枯れ、土は深くひび割れをしていた。 溜池には水が底の方にほんの少し溜まっているのが見えた。
村人の家は建っているのが見えるが、人影は全くなく静まり返っていた。
「ご主人、この村は何か変ですよ? 恐竜に襲われたかな?」
ゴンは異常を感じ不安な顔をしていた。 するとランが言った。
「違うよ、何かの理由で廃村になったのだよ」
皆、勝手なことを言っていた。
トンタは不思議に思い、とある一軒の家を尋ねた。
「今日は、今日は」
大きな声で尋ねたが返事は無かった。
十分ほど歩き、隣の家に行ったが返事は無かった。
三軒目の家に行くと、家から少し離れた土蔵の付近で人影が見えた。
「今日は、今日は、今日は」
大声で、尋ねた。暫くすると土蔵の中から腰の曲がったお爺さんが出てきた。
村長の家を訪ねると、親切に村長の家まで案内してくれた。
村長は庭に立っており、じっと空を見つめていた。
トンタは村長に事情を説明し、食料を分けて貰えるようお願いした。
「それは、それは大変な事ですね、食料をお分けしましょう」
村長は快く、食料を分けて貰えることになり、保管してある土蔵の中に案内してくれた。 保管している食料を見てトンタは涙が出てきた。 ごくわずかな食料しかなく、その食料の半分を分けてくれるとの事であった。
事情を聞くと、この村では雨が降らず、四十度を越す日照りが続き、溜池の水も無くなり、田畑に水をやることが出来ず作物が枯れてしまったそうだ。
雨乞いを何度も行ったが悲しいことに、効き目は全く無かった。 苛立った村人は、雨乞いのやり方が悪かったから雨が降らないのだと騒動となった。
それからは村人同士の交流、助け合い精神も無くなり、各自が一年前に収穫した僅かに残った作物を食料にしているとのことであった。
「このままでは、村人は飢え死にし、
村長は涙を流し悲しんでいた。
トンタは仲間たちと相談をしていたが、直ぐに村長の所にやって来た。
「村長、溜池に連れていってください」
村長は驚いた顔をしてトンタの顔を見ていた。
「溜池? 溜池で何をするのですか? 水なんてありませんよ」
トンタは苦笑いをして、仲間たちと目を合わせていた。
「水を出して、溜池に溜めるのです」
村長は唖然としていた。
今更、何をしても無意味だと心の中で思い、一瞬ためらっていたが、人の良い村長はそれ以上何も詮索せずに、トンタの好意を信頼し、笑顔でため池に案内した。
ため池に着くと、トンタはリュックから自分たちの大事な水の供給源である、不思議な蛇口を、溜池の土手に深く突き刺した。
村長はそんな事で水が出る分けがが無いと思っているのか? 不思議な顔をしてトンタのしている事をじっと見つめていた。
トンタは蛇口のハンドルをいっぱいに回し全開にした。
「ドーッ、ドドドド」
蛇口から水が勢いよく噴き出した。
村長は驚き、目を丸くして口を大きく開けて叫んだ。
「アッ! 水だ、水が出たぞー」
勢い良く噴き出した水は、溜池の乾いてひび割れた土を削り取り穴を開け、穴から溢れた水は、溜池の底に向かって幾つもの流れに分岐し、競うように流れていき底に溜まって行った。
「水! 水が溜池に溜まって行くー」
村長は声を震わしながら、喜び、大粒の涙を流し嗚咽していた。
「バンザイ、バンザイ」
離れた所で見ていた村人が叫んだ。 その声を聞きつけた畑を管理する鬼の管理者、更生中の人間などの村人が次々に走って土手に集まって来た。
土手は村人で溢れ返っていた。
「バンザイ、バンザイ」
大勢の村人の喜びの声は村全体に響き渡り、更に村人が集まり、何時までも止むことは無かった。
村長はトンタの所に駆け寄ると手をしっかりと握りしめた。
「大切な不思議な蛇口を使わせて頂き本当に有り難うございます。 この水で村は生き返りますが、これから血の池まで行かなければならないトンタさんたちの飲み水が心配です」
トンタは村長を見て微笑んでいた。
「私と仲間達には水筒があり暫くは大丈夫です。三日ほどで溜池も一杯になり、川にも水が流れるようになるでしょう。その時はその水を使います」
トンタの言葉に村長は涙を流した。
見ず知らずの村人のために、自分を犠牲にし、助けるトンタの好意に村長は有難くただ手を合わせるだけで言葉には言い表せなかった。
村長は、今出来る唯一のお礼として土蔵に残っている食料の殆どを持たせた。
次の朝、大勢の村人に見送られ出発した。
その頃、新生命誕生工場に於いては、親分が苛立ち子分たちに喚き散らしていた。
「トンタが脱走してから十五日になるぞ。 奴がトンターマン装備を手にしたら地獄乗っ取り作戦は失敗に終わるぞ、早く捕まえるのだ」
「親分、捕まえろと言ってもトンタは何処に居るのか、皆目分かりませんぜ?」
子分の保安担当が、どうすれば良いのだと言ったような顔をしていた。
「バカヤロー! 頭を使え、恐竜を早く出撃させてトンタの匂いで探させるのだ」
子分の保安担当は食い下がった。
「そう言ったって、親分、恐竜はまだ育成途中でやんすよ」
「いちいち減らず口を叩くな! お前はトンタを脱走させちまったのを反省しろ」
親分は真っ赤な顔をして更にいらいらしていた。
「親分、今更そう焦りなさんな、恐竜ティラノサウルスはあと三日程で体長三メートル程に成長しますぜ、この程度の大きさになれば戦闘能力も十分あるので、三日後に出撃させトンタを捕えましょうや」
子分の地獄乗っ取り作戦担当は不気味に笑い提案した。 親分は具体的な提案に気分を良くして、冷静な顔になった。
「そうか、良く分かった。 攻撃目標はトンタだ、トンタを生け捕りにしろ。 それと並行して地獄の宮殿、舌抜所、更生村、強制労働村を攻撃するのだ。 但し、閻魔大王、所長、工場長、村長たちは必ず生け捕りにしたい、出来るか?」
「親分、恐竜の頭にはコンピューター制御の誘導装置が埋め込んであるんですぜ、恐竜を自由自在に操り、生け捕りなんて簡単ですぜ」
親分は機嫌が良くなり笑顔となった。
「それは大したものだ。 期待しているぞ」
機嫌が良くなった親分を恐竜の入れてある檻に連れて行った。恐竜は見上げる程に成長したティラノサウルスが数百頭入っていた。
「ガオーッ、ガオーッ」
恐竜は絶叫していた。 その声は耳の穴を通り、鼓膜を突き破り、頭が破壊するのではないかと思うほど凄まじいものであった。
まだ成長中の子供であったが鋭い目で睨み、大きな口を開き、牙を剥き出した姿は血の気も失せる恐ろしい光景であった。
「どうです! 親分」
自信ありげに微笑み、親分の目を見た。
じっと恐竜を見つめていた親分は大きく身震いし、満足したようだった。
「これは思っていた以上に凄い、これなら戦闘能力は十分にある」
「それでは、いつ出撃させやしょうか」
「お前の言っていた三日後に出撃だ」
一方、トンタと仲間たちは第一更生村を出発してから何事も無く十日が過ぎた夕方、ピイコが偵察から慌てて帰って来た。
「ご主人、ご主人、後方三キロメートルほどの所に、こちらに向かって突進して来る動物の群れがあります」
「ついに来たか? 恐竜め!」
呟いた後に、大声で叫んだ。
「皆! 前方にある大木まで全速力で走って・・・高い所に登れ!」
「ご主人、どうしたのですか?」
突然の指示にゴンが不思議そうな顔をして聞いた。
「黙って全速力で走れ!」
仲間たちは訳が分からないまま全速力で走り、高さ二十メートルはあると思われる大木に辿り着いた。
後方から地鳴りがして砂煙が見えた。
「あの地鳴りと砂煙は何だろう?」
ランが後ろに振り返り言うと、他の仲間も振り返り見ていた。
「早く、木に登るのだ! 出来るだけ高く!」
トンタは息を切らしながら木の下に来ると怒った口調で叫んだ。
ゴン、ラン、ジョイは天国での基礎訓練で習った成果が出て、枝から枝へ飛び移りあっという間に十五メートルほどの高さに登った。 少し遅れてトンタがチョロを肩に乗せて息を切らせて登って来た。
「ご主人、何が突進してくるのですか?」
ゴンは大木に登った理由が分からず首を傾げていた。
トンタは懐から小型望遠鏡を取り出し後方を見た。 恐竜が突進してくるのが見えた。 体長は三メートルから四メートル程の大きさで、五十頭ほどの集団であった。
「我々を襲いに来た恐竜だ!」
トンタが大声で叫んだ。
「ドドドドドー」
地鳴りが大きくなり、更に近づいてきた。
恐竜は大木の前に来ると走るのを止めた。 恐竜はティラノサウルスであった。
「ガォー、ガォー」
恐竜はトンタたちが木の上にいるのが分からず、獲物がいたら食いちぎり食べてやると言った凄い形相で絶叫し、大木の周りをうろうろしていた。
「皆、声をだすな、恐竜に気付かれたら大変だ」
トンタは声を殺して言うと、皆は恐竜に気付かれないように木に確りとつかまり、身体を微動だにせず、口を確りと結び、ただ目だけを動かし見ていた。
トンタは恐竜を移動させる方法がないか目を瞑り考えていたが、頷くとポケットからティシュペーパーを取り出し額の汗を拭くと丸めた。 肩に止まっているピイコに耳打ちすると、丸めたティッシュペーパーをピイコはくわえて恐竜の三メートルほどの上空を旋回すると、大木から西の方向に飛んで行った。
恐竜はトンタの臭いに気付き、絶叫しながら地響きをあげピイコを追いかけて行った。
「た、大変だよ! 恐竜に食われちまうよ」
ジョイは恐ろしい恐竜を間近で見て、恐怖で身体か震え、声を震わしながら叫んだ。
「本当に大変な事になったね。 いつ出て来て食い殺されるか分からないよ」
チョロがトンタの懐から顔を出して目を大きくして言った。
ゴンとランも身体が震えていたが我慢していた。 トンタはジョイの叫びとチョロの言葉に頷きながら皆に話した。
「皆、これだけ多くの恐竜が出現した以上、血の池は陸上から行くのは無理だと思う、ジョイとチョロの言っているように恐竜の餌食になってしまうだろう」
そこまでトンタが言うと、色々な意見が出てきた。
「空から行けば? でも装備がないから空は飛べないかなあ」
「川から行けば? でも雨が降らないから、水あるかなあ」
「そうだ! 血の川なら舌抜所から流れる血の混じった水がたくさんあるよ」
「そうだよ! 血の川は血の池に流れ込んでいるから丁度良いよ」
「そうだ! そうだ! 血の川が良いよ」
「ご主人、血の川から行きましょうよ」
仲間の意見がまとまり、ゴンがトンタに提案した。 トンタは微笑みながら頷いた。
「よし! 血の川から行こう」
トンタは何を思ったのか? リュックからメモ用紙を取り出し、メモを書くと戻って来たピイコに伝えた。
「このメモを明日の昼までに第一更生村の村長に渡してくれ、頼む」
ピイコの足にメモを縛ると指に乗せ、頭をなでてやり、乗せた指を高く上げると空高く舞い上がり飛んで行った。
トンタは木の上から周りを見渡し、辺りに恐竜がいない事を確認し、木から降りると仲間を次々に降ろした。
「さあ、恐竜が臭いを嗅ぎ付け、戻ってこない内に血の川に行く事にしよう」
「川から行くのには筏が必要となりますよ。いつ作るのですか?」
ゴンが尋ねると、トンタはゴンの頭を撫でながら答えた。
「そうだなあ、血の川に行く途中に材料を探し作る事にしよう」
仲間たちは筏の材料や作り方等を話し合いながら、日が傾き、うす暗くなってきた道を血の川に向かって歩き出した。
一時間程歩くと日が落ちて星の光のみとなったが、恐竜を避けるため歩くことにした。
更に、五時間程歩き皆疲れて歩く速度も落ちて来た時、目の前に廃家があった。
「今夜は皆疲れたからここで休むことにしよう」
トンタが言うと、ランが先頭に真っ暗な家の中に入って行った。
「キャー」
ランが悲鳴を上げた。
懐中電灯を点けると、家の中は蜘蛛の巣だらけで、ランの顔に蜘蛛の巣が張り付き大きな
「早く取ってよー」
側にいたゴンは、部屋に掛けてあった
箒で家の中の蜘蛛の巣を取り床を掃除し終わると、皆疲れたのか床に寝転ぶと鼾をかき寝てしまった。
トンタが朝起きると、ゴンはもう起きていて話し掛けてきた。
「ご主人、このテーブルを筏にできませんか?」
横六十センチメートル、縦二メートルのテーブルを持って来た。
「ゴン、良い物を探したな。 皆で改造して筏にしよう」
テーブルの脚が上向きになるように反転させ、このテーブルを筏にするために皆の意見を取り入れ改造を始めた。
「横幅が狭いから安定性が悪くて転覆してしまうよ」ゴンの意見には、太い丸太四本で二メートルの四角の枠を作り、テーブルの脚四本の付根部に取り付け、横幅を広げ安定性と浮力を向上させた。
「手摺がないと川の中に振り落とされてしまうよ」ジョイの意見には、テーブルの脚に、握れる細い丸太で囲うように手摺取りを付けた。
「舵がないと筏の進む方向を制御出来ず岩に衝突するよ」ランの意見には、丸太にまな板を取り付け舵にして後部の丸太に取り付けた。
「ついに筏が出来たぞー、オーッ!」
ジョイが右前足を突き上げ叫ぶと、全員が一緒に突き上げて叫んだ。
「ところで、この筏どうやって血の川まで持って行くの?」
ゴンは嫌な顔をして、尋ねた。
すると、チョロがトンタの肩に飛び乗って来ると上から目線で答えた。
「家の裏の物置にリヤカーがあったよ、それで運べば?」
「良かったー、僕が背負わされるかと思っていたよ」
ゴンが嬉しくて叫ぶと、皆はそんなことはしないよと大笑いしていた。
ピイコが飛び立ってから二日目の朝、皆で作った筏をリヤカーに乗せ縛り付けると、ゴンがリヤカーを引きランが後ろから押した。 筏の上には皆のリュックを載せ、ジョイとチョロも乗って掛け声で応援した。
「ゴン、ラン頑張れ! それ引けヨイショ、それ押せヨイショ」
トンタも筏の脇を持ち押していた。 血の川の土手に運び込んだのはその日の夜の八時を過ぎていた。 血の川の様子は暗くて分からず、その夜は土手の下で一夜を明かした。
三日目の早朝、ランが心配して血の川に行って見ると、舌抜所が稼働していないのか? 水位は数センチメートルの深さでしか流れていなかった。
「ご主人、大変です! 血の川に水が流れていないので筏では行けません」
トンタと仲間たちは驚いて血の川へ駆けて行った。
「アッ! 本当に川の水が無い、どうしょう、血の池に行けないよ」
ジョイは言うのと同時に、その場に座り込んでしまった。 ゴンもチョロも肩を落とし呆然としていた。
「まだ諦めるのは早いよ、濁流がきっと来る、信じよう」
トンタはそう言うと、話を続けた。
「第一更生村の溜池に溜まった水を明日の正午に一機に血の川に流すように、先日ピイコに託した手紙で村長に頼んである。 しかしピィコがその手紙を届けることが出来たか分からない。 届けたとしても、溜池から血の川までの掘りが出来たか分からない。 しかし今は、それに掛ける事しか血の池に行ける道は無い」
ちょうど話が終わった所にピイコが帰って来て村長に手紙を届けた事を報告した。トンタは笑顔で手に止まっているピイコを褒めてやり、疲れた身体を
「皆、希望が湧いて来たぞ! 次は、筏を川の中州の岩の上に乗せるのだ」
何故五メートルもある岩の上に筏を乗せなければならないのか理由は良く分からなかったが、希望が湧いていた。 リヤカーから筏を降ろし、全員で苦労して一日掛かりで岩の上に乗せた。
皆、疲れ切って、その夜は死んだように眠り続けた。目が覚めると午前十時を回っていた。 遅い朝食を取ると午前十一時になっていた。
急いで血の川に行き中州の大きな岩に登ると、下流からゴン、ラン、ジョイ、トンタの順に乗ると筏の左右の手摺に縛ってある縄を身体に縛り付けた。 トンタは舵の棒を脇腹と腕の間に入れ先端を確りと握った。トンタの懐の中にはチョロとビイコが忍装束の懐に縫い付けられている紐を身体に縛り、懐から顔を出していた。
「さあ、もう少し正午になる、水がくるぞ! それも濁流となって来るので振り落とされるな、手摺をしっかりと握るのだ!」
トンタは真剣な顔をして叫び、仲間たちも真剣な顔をして、手摺確りと握り濁流がくるのを待っていた。・・・・
三日前に戻ると、第一更生村ではピイコが村長にメモを渡していた。
村長はメモの内容を見て驚いた。 恐竜が襲ってくる。 地獄が極悪人の親分に乗っ取られる。 トンタを血の池に送らなければならない。 そのためには溜池の水を三日後の正午に三キロメートル離れた血の川に流さなければならない。 そんなことは絶対に出来ないと思った。 しかし、やらなければ渇水から救ってくれた恩人が危ない。 地獄の国も危ない、やらなければならないと心の中で誓った。
村長は火の見櫓に登ると、スコップを持って溜池の北の橋の広場に、直ぐに集まる事を知らせる非常事態用の鐘を鳴らし続けた。
「カーン、カン、カン、カーン、カン、カン」
村民が二千二百人集まったのは四時間後であった。
村長は村民に非常事態の内容を説明した。
村民から次々に意見が出た。
「恐竜が襲ってくる? そんな馬鹿げた話、信用出来ないよ」
「地獄が乗っ取られる? そんなこと出来ないよ」
「せっかく溜池に溜まった水を流す? 飢え死にさせる気か」
「そんな大工事出来る分けがないよ」
批判的な反対意見が多く出てまとまりが付かなくなった。
村長は黙って村民の意見を言いたいだけ言わせ、意見の少なくなった三時間後、村長の思っていることを話し始めた。
「皆の言っていることは全て間違っていない、その通りだ。 私の話も聞いてほしい、その上で結論を出してほしい。それでどうだろうか?」
村長は村民の様子を見た。
「分かった、村長の話を聞こうじゃないか」
「そうだ、そうだ、話を聞こう」
村民は村長の話を聞こうと耳を傾け誰一人、無駄口を話している者はいなかった。
村長はニッコリと微笑むと、静かに話し出した。
「トンタさんがこの村に来た時のことを話そう。皆も良く知っている通り、この村は雨が降らず渇水で作物は取れず、飲む水も殆ど無く、このままでは村民全員餓死の運命であった。トンタさんは我々の状況を知って、大事な不思議な蛇口を置いていってくれた。 そのお陰で溜池が水で一杯になり川にも水が流れるようになった。 トンタさんは自分が飲む水が無ければ死んでしまう事を知っていながら、見ず知らずの我々を助けてくれた神様の様な人なのです。 その様な人が嘘をつくだろうか? 私は今回も我々村民のため、いや地獄の国のために、襲ってくる恐竜を防ぐために戦っていると確信している。 そんなトンタさんの力に少しでもなってやりたい」
村長は涙を流しながら自分の思っている真実を話した。
村民のあちこちで忍びなく声が聞こえた。その後大勢の村民が大声で叫び始めた。
「皆! トンタさんの力になろう」
「何が何でも時間内に堀を作ろう」
「全員で寝ずに頑張れは゛まだ間に合うぞ」
「そうだ、そうだ、堀を掘らなければ一生悔いが残るぞ」
村民が一つにまとまり堀を掘ることになった。時間は三十時間程しか残って無かった。村民は溜池から血の川まで一列に並び、溜池側を二メートル残して、幅三メートル、深さ三メートルの掘りを掘り始めた。 誰一人遊んでいる者は無く、食事する者も無く、深夜になっても休む者も無く、ただ黙々と掘り続けた。
その甲斐があって制限二時間前に溜池側二メートルを残して完成した。
「おーい、堀が完成したぞー。 二時間後に溜池の水を流すぞー」
村民は制限時間一時間前迄には溜池と掘の接続部に集まり、放流時間を待っていたが、くたびれた顔はしておらず達成感に満溢れ笑顔であった。
三十分前になると村長が二メートル残した接続部の中央部を掘り始めた。
その時
「ドドドドドー」
「ガオー、ガオー」
地鳴り音と共に凄い叫び声が、集まった村民の後方より聞こえた。
恐竜ティラノサウルスが三十頭程、村民に向かって突進して来た。 村民はパニックとなり逃げ回ったが、恐竜は逃げ回る村民を追いかけて襲っていた。
村長は溜池の水を掘りに放流しようと、恐竜に見向きもせず接続部の中央を掘り続けたが、そこに全長五メートル程の恐竜が来て、接続部に乗り村長をくわえると何処かに駆けて行ってしまった。
二メートル残した接続部は恐竜の重さで
一方、トンタと仲間たちは筏の上で水が濁流となって来るのを待ち侘びていた。正午になっても水は来なかった。
「やはり、駄目だったかな?」
トンタは呟いた。
その時、何か異様な雰囲気を感じ、ふと、川岸に目をやると、いつの間にか恐れていた恐竜のティラノサウルスがトンタの臭いを嗅ぎ付け五頭集まり、土手の草むらから顔を出しこちらを見ていた。
トンタは驚き、とっさに叫んだ。
「アーッ!」
ゴンはトンタ叫びで川岸の恐竜に気づくと叫んだ。
「恐竜が来たぞー!」
ラン、ジョイはその声に驚き、川岸の恐竜を見ると叫んだ。
「大変だー!」
その声に誘われるように恐竜二頭が土手を降り、水の無い血の川にゆっくりと降りて来ると、トンタを
「ガオー、ガオー」
大きな口を開け雄叫びを上げ、筏に噛み付こうとしたが一メートル程届かなかった。 すると、二頭の恐竜は筏を乗せている岩に体当たりを始めた。 筏が揺れ始め、皆、振り落とされないよう必死になって手摺を掴んでいた。
「助けてー! 落ちちゃうよー!」
気の弱いジョイは泣き叫んだ。
トンタは鉄の杖を取り出すと震える手で恐竜の目を刺した。
「ギャーオー」
恐竜は刺された痛さに叫び声を上げ、フラフラしていたので更に急所の
「グェーオー、グェーオー」
大きな叫びを何度も上げ身体を震わせながら倒れ込んだ。
「ヤッター、ヤッター」
仲間は手を上げて歓声を上げた。
その時。
「アッ! 大変だー! どうしよう」
トンタは恐ろしい形相で叫んだ。
岩の脇に倒れ込んだ恐竜の上にもう一頭の恐竜が乗り始めた。乗られると筏に届いてしまう、絶体絶命のピンチとなった。
もう一頭の恐竜は短い手を岩に当て右足を倒れた恐竜の腹の上に乗せると前かがみになり左足を腹の上に乗せ、身体を起こしてきた。
トンタの目の前に恐竜の顔が現れ、口を大きく開き牙を剥き出しにし、大きな叫びを上げると更に、顔を近づけて来た。
「ガオー、ガオー」
大きな叫び声は空気を振動させ身体の表面から奥深くまで震えさせ、生暖かい嫌な臭いの息が顔にかかった。 筏の上は恐怖でパニックとなった。
「キャー! 助けてー!」
チョロがトンタの懐から顔を出して叫んだ。
ランは懸命に耐えていたが恐竜の息が顔にかかると、耐えきれなくなり叫んだ。
「もう駄目だよー! 神様、助けてー!」
トンタはどうすることも出来ず、心の中で呟いた。
「爺ちゃん、お願いだ、助けてよ」
恐竜の開いた口が更に近付いて来た。もう、どうにもならなくなり、筏より飛び降りようとしたが、筏に縄で身体を縛り付けており動けなかった。
「アーッ! アーッ! もう本当に駄目だよー、食べられちゃうよー」
ジョイは諦めて、大声で泣き叫んだ。
「ご主人、残念です、諦めましょう」
ゴンが涙を滲ませて言った。
トンタもこれで最後だと諦め掛けた時。
「ゴォー」
大地が割れる様な
「アッ、水が来たぞー、手摺を確りと掴み絶対に離すなー」
トンタは出せる限りの声で叫んだ。
「ゴォー」
土を削り、どす黒くなった濁流が十メートル程の高さになって襲いかかって来た。
トンタの背中にものすごい衝撃が走り、全身が水浸しとなった。 辺りは真っ暗となり、身体は左右に大きく揺れ、
「助かったぞー! 村長有り難う」
トンタは大声で叫んでいたが轟音に消され、仲間には聞こえなかった。
トンタと仲間たちを助けた濁流は、溜池と掘りとの間の二メートルの土手に恐竜が乗り陥没し「チョロ、チョロ」と流れていた水が土手を削ると水を多く流し、更に土手を削って行き見る見る間に土手が削られ、予定時間より遅れたが遂に土手を一気に崩壊すると、怒涛の如く溜池の水が放出され堀の土を削りながら徐々に高さを増し血の川に流れ込み、川の勾配により更に速さを増しながら成長し遂には十メートル程の濁流となり押し寄せたのであった。
濁流が切れ間なくトンタの身体に当たり、皮膚の表面が痺れて痙攣し、頭は
「手摺を確り掴めー! 絶対に離すなー! 離したら死ぬぞー!」
トンタは皆の安全を願い、叫んだ。
仲間たちの返事は無く、ただ皆の叫び声だけ長く聞こえていた。
「アーーーーーーーーーーー」
トンタは仲間たちの叫び声を聞きながら、濁流に身を任せ、舵を死に物狂いで確りと持っていたが、いつしか気が遠のき真っ暗な暗闇に吸い込まれて行った。
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