第10話 舌抜所を脱走した極悪人に捕まる


 トンタたち一行は、第一目的地の血の池を目指して、再び試練の道に戻り狭くて険しい山道を登って行った。


 三日ほど登り、標高二千メーター程の地点に来ると雪が積もり、凍り付いた凸凹のアイスバーンとなっていた。

 登山靴では滑って前に進めなくなった。

 防寒服に身を固め、アイゼンを靴底に装着し、鉄の杖をピッケルの代わりに使い、進むことにした。


 しばらく進むと、急に道幅が狭くなり、右側は切り立った壁で、左側は断崖絶壁だんがいぜっぺきになっていた。 しかも、道が直角に曲がったアイスバーンの最大難所に行き当たった。


「ゴン、ラン、ジョイ、足元に気をつけろ! 滑落したら命はないぞ」

 トンタは白い息を吐きながら、注意した。

 ゴンは崖をのぞき込むと、恐ろしくなり叫んだ。

「うわーー、断崖絶壁だあー」


 この恐ろしい道をゴンが先頭で進んだ。 滑らないよう恐る恐る、細心の注意を払い、直角の最大難所を無事に通過した。 

 次にランがランが進んだ。 ランは身体が小さいためか、難なく通過した。 

 トンタはアカの手綱を取り、細心の注意を払いゆっくりと進んだ。アカが直角を曲がり切り、成功したと思った。 

 その時、アカの後を歩いているジョイが叫んだ。

「あっー、ご主人、アカの手綱を離して!」

 トンタはジョイの叫びで、アカの手綱を咄嗟に離した。


「ズル、ドドドドーッ」

「アッーー」


 アカの後ろ左足がアイスバーンの凸部に乗ってしまい、後ろ左脚を滑らし体勢が崩れ断崖絶壁の谷底に落ちて行った。


「あれっ? 大変だ! ご主人がいない?」

 ジョイが慌てて叫び、トンタを探した。

「えっ! ご主人がいなくなった?」

 ゴンは驚き、振り返りトンタを探したが見当たらなかった。 断崖絶壁を覗きこむと、二メータほど下の岩の間に鉄の杖を差し込み、その杖をしっかりと握り、ぶら下がっていた。


  「アカー、アカー」

 トンタはぶら下がりながら断崖絶壁の谷をのぞき込み叫んでいた。 返ってくるのは冷たく冷えたやまびこだけであった。

 ゴンとランは、トンタがいつ落下してもおかしくない状態で、仲間のアカを心配している姿に感動した。 目に涙をためながら頑張れと願いロープを投げると、トンタの懐からチョロが出てきて、そのロープを口にくわえトンタの身体に巻きつけ、縛り付けた。 ゴンとランは、縛り付けたのを確認すると「よし!」と頷き、引き上げた。


「ご主人、危なかったですね」

 ゴンとランとジョイ、チョロ、ピイコはトンタに駆け寄り抱きついた。

 トンタはみんなを腕でしっかりと抱きしめた。

「みんな有り難う、お陰で助かったよ」

 

 トンタは危うくのところで難を逃れたが、馬のクロに次いでアカも死んでしまい、悲しみに沈み込み泣いていた。 アカは深い谷底に落ちてしまい、何もしてやれることができなかった。

 みんなで谷底に向かって黙とうし、最後の別れをした。


 アカの滑落による悲しみの他に、大きな試練を背負う事になった。 それはアカに積んであった大事な食料が谷底に落ちてしまい、リュックに予備として入れてあった二日分の食料のみとなってしまった。


 トンタはこの試練を乗り切るために、みんなと話し合った。

 「食料は予備でリュックに入れて置いた二日分しかない、地獄山の山頂付近にある、テンのお父さんのいる舌抜所に行き助けてもらおう。そこに行くには四日ほどかかってしまう」

 「それだと、食料が二日分足らないよ」

 ジョイが心配した顔をして尋ねた。

 「半分の量の食事にしなければならないよ」

 「これから標高が上がるにしたがって更に気温が下がるので、食事の量を減らすのは体力的に心配です」

 ゴンが更に心配そうな顔をして尋ねた。

 心配事が多く出てきたが、解決策はなく、食料を節約し四日間持たせる事にした。

 

 思った通り、二千五百メートルを超えてくると気温はさらに下がり、風が強く吹き、積雪が増え、最悪の登山状態となった。 食事の節約によるエネルギー不足で、身体が寒さで震え、登山速度が著しく落ちて行った。

 そこで、下着を重ね着すると共に、小石を焚火に入れ温め布でくるみ、ふところに入れて身体を温めると、空腹であるが元気がでてきた。

 しかし、防寒服に強風で吹き付けられた雪が凍り、吐く息はまつ毛に着き凍り付き、口の周りにはつららが下がった。 

 こうした悪条件の中、気力で苦難を乗り越え、更に休憩や睡眠時間を少なくし、遅れをカバーして懸命に舌抜所に向かって登り続けた。


 アカが滑落してから四日目の朝、トンタは寝袋から抜け出しテントの外を見ると、雪は止み、風も止んでいた。 テントから抜け出し、眠い目をこすりながら、前方の地獄山の山頂付近を見た。 雪をかぶった朱色の建物がかすんで見えた。 高台に駆け上り、よく見ると舌抜所の建物だった。


「おーい! 舌抜所が見えるぞー、ついに着いたぞー」

 ゴン、ラン、ジョイ、チョロ、たちが高台に駆けあがって来ると、飛び跳ねて喜んでいた。

「舌抜所が見えるぞ、ララランラン、腹いっぱい食事ができるぞ、ララランラン」

 ランとジョイとチョロは歌いながら踊っていた。


 その時、偵察に行っていたピイコが戻って来てトンタに報告した。

「大変だ!大変だ! 舌抜所が燃えているよ、何か事件が発生したぞー」

「おーい、みんな、喜ぶのは早いぞ、舌抜所で何か異常事態が発生したようだ、直ぐに出発するぞ」

「エッ、もし食料が貰えなかったら、僕たちは飢え死にしてしまうよ」

 ジョイが悲しそうな声で言った。

「ジョイ、今から悲観的になるなよ、さあ、みんな、舌抜所に行くぞ」

 トンタを先頭に出発した。

  

 舌抜所に近付くと道路に沿って大勢の鬼がこん棒を持って警備していた。

 トンタたちは、疑いの目で睨んでいる鬼を横目に正門の前まで行くと、正門の一部が壊され、事務所から煙がでていた。 正門の内部をのぞき込もうとすると警備の鬼が三人寄って来た。


 「お前は誰だ? 怪しいやつだな」

 鬼の一人が、トンタの顔をじっと見つめ言った。 残りの二人は両脇に回り、無理やり両腕を抑えつけた。

 「い、痛い!何をするのですか」

 あまりの痛さに、押さえ付けられた両腕を振るい離そうとした。

 「反抗するなんて怪しいやつだ。 こっちに来い」 

 警備の鬼たちは、さらに両腕を強く押さえ、正門の中にある警備事務所の警備長の所へ連れて行った。 ゴンとランはトンタの脇で指示を待っていた。


 「警備長、私は所長の友達のトンタと言う者です、所長に会いに来たのです」

 トンタの言葉に警備長は驚き、「早く手を離せ」と警備担当に言うと、どこかに電話をしていた。


 すぐに、背広を着てネクタイをした鬼が、頭を何度も下げながら出てきた。

 「私は副所長です。 残念ですが、所長は閻魔大王様の所に出かけております。  所長からトンタ様が訪問された時は、お話をよく聞くようにと言われております」

 副所長はトンタと仲間たちを応接室に案内した。


 トンタは正門の一部が壊され、火災が発生しており、何か問題でもあったのか気になっていた。

 「正門が壊され、火災が起きていますが、何があったのですか?」

 副所長は笑いながら答えた。

 「いゃあ、時々あるのですが、現世の極悪人が舌を抜かれるのが嫌で脱走するのですよ。 今回は六名で、事務所に火をつけ、消火している間に正門の一部を壊して脱走したのですよ・・・」

 「でも問題ありませんよ、脱走しても、この山の寒さでは何もできず、直ぐに捕まり戻って来て、舌を抜かれるとすぐにおとなしくなりますよ、ワッハッハ」

 その話を聞いて、その時はたいした事件では無いと安心していた。


 副所長は昼食の用意ができるまでの時間を利用して、舌抜所内を案内し説明してくれた。

 「ここでは一日五百人程の極悪人の舌を抜いており、抜いた時に出る大量の血と洗い流す水とで赤色の川となり血の池に流れ込んでいます。 舌を抜かれた極悪人は強制労働村で五年間強制労働を務めさせられ、真面目に務めた者は更生村に送られます…」


 「グウーッ、ググウーッ」

 突然、ラン、ジョイのお腹が大きく鳴った。                

「お腹が減ったようですね」

 副所長が二人を見て、笑った。


 トンタは仲間のお腹の状況を知ってもらうため、ここに来る途中の事故で食料が無くなり、食事を半分にして四日間過ごした事を話した。 副所長は気の毒そうな顔をしていた。

 「それは、それは大変でしたね。 お腹が鳴るのがわかりました。 お昼には少し前ですが、食事をすぐに用意しますので少々おまちください」

 副所長は、慌てて事務所の方に駆けて行った。


 「腹減ったなあー、もう我慢できないよー、早く食べたいよー」

 ランとジョイがお腹を押さえて声を絞り出すように言った。

 そこに、係りの者が小走りで駆け寄ってきた。

 「応接室に食事の用意ができました」


  「ヤッター」

  仲間達は大声で叫ぶと、応接室に駆けて行き席につくなり、話もせず荷に一心不乱に貪り食べていた。 食事は副所長の計らいで量を多く用意してくれたので、満腹になりお腹がはちきれんばかりになった。

   

  トンタは副所長にこれから血の池まで行くことを話し、食料の援助をお願いした。

 「分かりました、食料を用意させましょう」

 直ぐに、副所長はトンタ、ゴン、ラン、ジョイのリュックに入る七日分の食料と手紙三通を書いて持って来ると、説明した。


 「トンタさん、血の池までは歩いて一か月程かかります、それだけの食料はリュッ クには入りません。 そこで、とりあえずリュックに入る七日分を用意しました。途中に新生命誕生工場と更生村と強制労働村がありますので、そこの工場長や村長に協力依頼の手紙を書きましたので、この手紙を見せて食料やその他の依頼事を話してください」


  トンタたちは十分な昼食を頂いた後、少し休むと元気を取り戻したので、副所長にお礼を言って舌抜所を後にした。

  

  次の日の朝に、標高三千メートルの地獄山の山頂に着いた。 上空は暗雲が掛かり、山頂は風が吹き、真っ白に雪が積もり気温はマイナス三十度を指ていた。

  血の池の方向に目をやると、地獄山のふもとを過ぎると暗雲がなくなり晴れており、新生命誕生工場と見られる施設が見えた。

  来た道を振り返ると地獄火が燃え、辺りをオレンジ色に染めていた。


  下山道は幸運にも岩が無く、スキー場のゲレンデのようであり、アイスバーンの道を尻 の下にして、あっという間に尻で滑り降りた。 

  舌抜所を出て三日目に標高三百メートルの所まで降りてきた。 

  「ご主人、大変だ! 脱走した極悪人がいるよ」

  ピイコが偵察より、慌てて帰ってくると息を切らせて報告した。


  夕方、トンタは脱走した極悪人か確認し舌抜所に連絡するため、ゴンとランを連れ、極悪人がいる岩場の洞窟にピイコに案内させた。

 

 洞窟は縦横二メートルほどの穴が 開いており、穴の中は真っ暗であった。 その穴に手探りで入って 行き、しばく行くと広い空間に出た。 右端に大きい岩があったので、その 岩陰に隠れ、そっと奥を覗くと洞窟の奥で極悪人三人が焚火を囲み食事をしな が話していた。


  「親分、本当に助かりやした。 もう少しで舌を抜かれる所でしたぜ、親分のためなら何でもしますぜ」

  親分と呼ばれた男は、低くて、凄みのある声で答えた。

  「実はな、お前達が腰を抜かすほどの、どでかい仕事があるのだ。たのむぞ」

  「親分、どでかい仕事って何ですか」

  親分はニヤリと笑うと得意げに話した。

  「まず地獄を乗っ取るのさ、次に天国、それから地球を乗っ取り、最終的には宇宙を乗っ取るのさ」


  その話を聞いたとたん、子分の二人は笑い転げていた。

  「ウワッハッハ、 そんな大それたことが出来るわけがねえ」

  子分二人に馬鹿にされた親分は、恐ろしい形相に変わって行った。

「おまえたち、俺をなめているのか?」

  大声で怒鳴ると、親分は上半身裸になった。 上半身一面に悪魔の入れ墨がしてあった。 その入れ墨を見た、子分たちは驚き顔色を変えその場にひれ伏した。

  「親分、すいませんでした。 その方法をお聞かせください」

  親分はにらみつけるような鋭い目で子分どもを見回し、ニヤリとした。


  その時

  「誰だ! そこの岩陰に隠れている奴は、出てこい」

  偵察から戻って来た極悪人の子分三人が、岩陰にいたトンタたちを見っけ大声で叫んだ。

  ゴンとランは飛びかかろうとした。

  「ゴン、ラン止めるんだ」

  トンタは飛びかかるのを制止した。洞窟に入って来た極悪人を見ると子分二人の手に拳銃がにぎられていた。

  極悪人の子分三人は拳銃で脅し、洞窟の奥にいる親分の所までトンタたちを連れて行った。


  親分はトンタをのぞき込むように見るとニヤリ笑った。

  「あんたがトンタ君か? これから、あんたを捕まえる相談をしようと思っていたところだ。 そちらから出向いてくれて手間が省けたよ」

  親分は、怖い顔をほころばせ満面な顔をしていた。

  トンタは親分の顔を見て驚いた。 それは、現世の新聞やテレビ等で何度も見た顔であった。 その顔は髭を生やし、右頬に大きな傷があり、サングラスを掛けた特徴のある顔であった。 

  確か、三か月程前のことであった。 国内最大の暴力団で最悪の悪魔と言われた殺人組の殺人鬼組長が何者かに射殺されたと報道されていた。


「なぜ、私を捕まえたいのですか?」

「なに、理由が聞きたいのか? 理由は二つある。 一つ目は地獄の国の通行証、二つ目は舌抜所の副所長の書いた手紙三通、この二つが欲しいからだ」

トンタは親分が、なぜ我々のことを知っているのか疑問が生じた。

「親分、なぜ、通行証と副所長の手紙を知っているのですか? 通行証を欲しいのは分かりますが、手紙は私だけに通用するものです。 何に使うのですか?」


「いちいちうるさい野郎だ! まあ、お前さんたちには行く行くは死んでもらう、冥土めいどの土産に教えてやるのも良いだろう。 おい、子分たちも今後の活動のた めに良く聞いておけ」

  親分は、腕を組み、更に話し続けた。

  「おまえたちが天国の国王の指示で地獄に来たことをある筋から情報が入ったのだ。 地獄の宮殿に入ってからは、おまえたちも知っていると思うが? 金で雇った鬼に見張らせていたのだ。最初は通行証を奪い三か月後に地獄の国を脱出することを考えていたが、今は違う、副所長の手紙で新生命誕生工場に入り込み、新生命誕生機で俺の言うことを聞く恐竜等を次々に誕生させ、そいつらを暴れさせて地獄の国を乗っ取るのだ。 そして、地獄の国を拠点にして、天国、地球、そして宇宙全体を俺の物にするのだ。 ウワッハッハ、これで良くわかっただろう」


  親分の話を聞いた子分たちは、お互いに顔を見合わせてニヤリと笑った。

  「親分、これは素晴らしい計画です、早くやりていと身体が震えていますぜ」

 「親分、こんな大事な計画をトンタの野郎たちが知った以上、生かしておくわ

けにはいかないですぜ、直ぐに殺してしまいましょう」

  殺すと聞いたゴンとランは銃口を向けている、子分二人に飛びかかろうとした

が、トンタは制止し、ゴンとランの前に出て両手を広げた。

  銃口を向けていた子分二人は、拳銃の引き金に当てた指を動かし始めた。

  「やめるのだ!」

  親分は叫んだ。 子分二人は引き金に当てた指を離した。

  「親分、なぜ、生かしとくのですか?」

  「まだ、こいつには使い道があり、必要なのだ!」

  「へー、親分、何に必要なのですかねー」

  「新生命誕生工場を乗っ取るのに、こいつらが必要なのだ、殺すのは完全に乗っ取ってからだ。 逃げられないように縛っておけ」

「親分、よーく分かりやした」


子分三人はなぜかイライラしており、トンタを洞窟の更に奥に連れて行くと、腹 を勢いよく蹴とばした。 革靴の先端が腹に食い込んだ。

 「ウーーッ」

  トンタは息が出来ず、腹を抱えてふらふらとよろけ、洞窟の壁に当たり腹ばいに

倒れた。 倒れた時に下唇を切り、口元から血が出ていた。

  更に、倒れた状態で両手を後ろに回され、両手首を縛った。 その後、足首を縛り、口には猿ぐつわをかました。動くことも、話すこともできなくなってしまった。

 ゴンとランも蹴とばされ、両手足と口を縛られ、トンタの脇に引きずられてきた。

   

  焚火の周りに極悪人六人が座り、新生命誕生工場の乗っ取り計画を話し始めた。

  「親分、乗っ取りはいつ実施なさるのですか?」

  「明日実行だ!」

  「明日ですか、明日何時にここを出発でやんす?」

  「そうだな、新生命誕生工場はここから八キロメートルほどあるから、朝七時に出 発する。 今日は早く寝るぞ」


  極悪人たちは一時間ほど酒を飲んでいたが、そのうち横になると大きないびきをかき寝てしまった。

   

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