第9話 鬼の子テンと竜との出会い


 閻魔大王より通行許可と地獄の国の地図を頂き、第一の目的地である血の池に向かうことになった。


 トンタは地獄の国の地図を地面に大きく広げると、みなを集めた。

「これから行く目的地をみんなで確認しよう」

 地図の周りに仲間達が集まると、トンタが指で地図の位置を指し、確認しあった。

 地獄の宮殿は地獄山の中腹、標高千メートルの所にあった。 第一目的地の血の池は地獄の宮殿から地獄山を越え遥か一千キロメートル先にあった。 第二目的地の針の山は血の池から更に二千キロメートルあり、最終出口である地獄の地の果ての門までは、針の山から一万キロメートル先にあった。


 これから始まる実践訓練は、総計距離一万三千キロメートルの想像もつかない、試練の旅になることを確認しあった。


 ゴンは地図の地獄山を指し、そこに書かれている説明に疑問をもった。

「ねえ、地獄山の高さは標高三千メートルの高さで、その山には、一年中暗雲が掛かっており、昼間でもうす暗いと地図に書かれているけど、なぜ真夜中なのにこんなにも明るいのだろう?」

「ゴン、分からないの、地獄火があるからだよ」 

 ジョイが得意げに地獄火を指して言うと、皆は頷いていた。

 ゴンは聞かなければよかったと、うなだれていた。


 時計を見ると午前三時になっていたが、歩ける明るさだったので歩くことにした。

「さあ、出発だー、もたもたしていると時間に間に合わなくなるぞ」

 トンタは気持ちがはやり、先頭に立ち、馬のクロとアカを引き連れ、その後ろにジョイ、ランと続き最後部にゴンが並ぶと、真夜中の道を歩き出した。


 地獄の宮殿を出てまっすぐな道をしばらく歩くと、道は三方向に別れていた。 その分岐点に大きな道路標示版があり、右側の道には試練の道、左側の道には更正の道、真ん中の道には極悪人の道と書かれてあった。


 真ん中の極悪人の道は、地獄山の山頂付近にある舌抜所に行く道であった。

 その道には、手を縄で縛られ、お腹の当たりを縄でつながれた十人程の人相の悪い極悪人が「舌を抜かれるのは嫌だよー」と泣き叫びながら、五人の鬼に引き連れられて歩いていた。 


 左側の更生の道は、地獄山のふもとの更生村に行く道であった。

 その道には、先頭の案内人の鬼の後に、五十人程の人を引き連れ二名の鬼に警備され歩いていた。


 トンタ達は閻魔大王の指示に従い、右側の試練の道を進みだした。 試練の道は地獄の指導者の修行のために使われる非常に険しい山道であると道路標示版にかかれてあった。


 歩き出すと直ぐに、凸凹の狭い山道となり、両脇には大小の岩がゴロゴロしていた。

 足元が悪いので、ゴンを先頭にして状況を確認させ、次にトンタが馬のクロとアカを引き、その後にジョイ、ランの順と列を変えた。 

 チョロはトンタの肩に乘っており、ビイコは偵察として前方を飛んでいた。


 何事もなく一時間程歩くと、気分に余裕ができてきたのか、臆病のジョイが歌を歌い始めた。 それにつられラン、チョロも歌い始め、和やかな時間が過ぎて行った。


 出発してから三時間程歩き午前六時頃になると暗雲の上に太陽が出てきたので、いくらかであるが明るくなり、今までよりも歩きやすくなった。 それから二時間ほど歩くと、皆が、お腹かがすいてきたのか? 歩く速度が遅くなってきた。


「ご主人、皆が、お腹が空いてきたみたいなので、そろそろ朝食にしましょう」

 ゴンが皆の様子を見て言った。

 

 トンタは食事のできる所がないか、周りを見ると前方の道の右側に大きな岩があったので、ピイコに問題ないか偵察をするよう指示した。 

 ピイコは素早く、岩の周りを偵察し、問題無いことを報告すると、また偵察に出て行った。


「それじゃあ、あそこの大きな岩の裏で朝食を取り、休むことにしょう」

 岩の裏に行くと、休むのに丁度よい平らな場所があった。 トンタはすぐに馬のクロとアカの荷物を降ろし、餌を与え休ませた。 

 皆で食事を作り食べているところに、ピイコが戻ってきて報告した。

「ご主人、五百メートル先の岩陰で人影が動きました。気をつけてください」

「極悪人がいるのかなあ? 怖いなあ」

 ジョイは心配して、隣にいるゴンにいった。

「ジョイ、心配するなよ! 俺が見張ってやるから」

 ゴンは食事を素早く済ませると、大きな岩の上に乗り、見張りを始めた。

 他の者は食事を済ませると睡眠をとることにした。 

 今までの疲れがどっと出てきて、寝袋に入ると、死んだように深い眠りの世界に導かれていった。

 幸いなことにその日は何も起こらず、無事に過ごすことかできた。


 そこを出発したのは次の日の、午前七時であった。

 山道を登るにつれて、大きな岩にはばまれ、道は狭く、険しくなり、馬二頭連れての登山は難航した。 特に、馬のクロは背中から両脇に水がめを背負っており、岩に当たり水がめが壊れないように誘導しながら、狭い岩道を登るため、一日七~八キロメートル程しか進めなかった。


 ピイコの偵察によると、いつも遠くの岩陰から誰かが、そっと我々を見ているようだとの報告があった。


 五日目の朝、山道を歩き始めてから一時間程すぎた頃、ピイコが偵察から急いで戻って来て、大声で皆に伝えた。

「みんな危ないぞ! 気を付けろ! 二百メートル程、上方に人影が動いているぞ」

 安全を図るため、ゴンを先頭にし、ジョイ、次にトンタが馬のクロとアカをつれて、最後部にランを配置し、岩場の山道を進んだ。チョロはトンタの肩で四方を偵察し、ピイコは上空を回転し偵察を続けた。


「アーッ」 

 岩山の上部で誰かの悲鳴が聞こえるのと同時に、ゴロゴロと上部の岩が動いた。

「ワーッ! 岩が落ちてくるぞー」

 ピイコが大声で叫んだ。

「ゴロ、ゴロ、ゴロー」

 トンタか上を見ると大声で叫んだ。

「アッ! 危ないぞー」

「は、早く、岩陰に隠れろ、伏せろ」


「ドドドドドーッ」

「ギャーー」

「ヒヒヒーン」

 大量の岩が大音響と共に崩れ落ちてきて、辺り一面、砂ぼこりが立ち込め先が見えなくなった。


「おーい! みんな大丈夫かー、怪我はしていないか?」

 トンタは大量の落石に驚き、仲間の安否が心配になった。


「大丈夫です。 元気ですよ」

 ゴン、ラン、ジョイから返事があった。

 チョロはトンタの懐から顔を出しピースをしていた。 ピイコはトンタの上空を旋回し肩の上に乗った。

「ご主人、みんな無事でよかったですね」

「そうだな、ピイコ、お前のおかげで助かったよ、有り難う」

 褒められたピイコは照れくさそうに微笑み、喜んでいた。


 しばらくすると、砂ぼこりが落ち着き辺りが見えるようになり、皆を見ると、顔、頭を始めとし、身体中砂ぼこりであった。

 ジョイは頭の上と目の周りの毛と胸の毛に砂ぼこりがまとわり付き、メガネを掛けた白髪のお爺さんになっていた。

 ゴンとランに笑われると、ジョイは向きになって言い返していた。

「ゴンとランだって頭とまつ毛と髭が白髪で年寄りだよ」

 砂ぼこりが付着した滑稽な顔をお互いに見て笑い、顔のほこりを払いあっていた。


「あれっ! 馬のクロがいないよ」

「あっ! 下の岩場で倒れているよ」

 下の岩場を見ると、クロは十メートル程、下の岩場に落下し、横になった状態で苦しそうにもがいていた。


「クロ大丈夫か! しっかりしろ」

 トンタは叫びながら、急な岩場を駆け下りて、クロの頭部を抱き寄せた。

「ヒヒヒヒ、ヒーン」

 苦しそうに、頭部を動かし、ひと鳴きした。

 クロは頭部から大量の出血し、身体を痙攣させ意識は無く、成す術はなかった。

 トンタは泣き叫び、頭部抱きかかえ撫でていたが、直ぐに動かなくなった。


 仲間達は泣きながらクロに積んであった、荷を下ろし楽にしてやり、身体を拭いてやった。 その後、石を積みあげ墓を建ててあげた。

 クロに積んであった水がめは粉々に割れて、飲み水は無くなり、水筒のみとなってしまった。 一緒に積んであった食糧の中から、クロの好きだった食べ物をクロと一緒に最後の昼食として皆で食べた。 

 食べ終わると、残った食糧を、もう一頭のアカに積み替えた。 そして全員でクロに最後の別れを言って、山道を登り始めた。


 その時、

「エーン、エーン、痛いよう」

「エーン、エーン、弟が死んじゃうよう」

 落石のあった岩山の上方で泣き声がした。

 近くに行って見ると、洋服を着た赤鬼が泣いていた。その少し下がった所にもう一人赤鬼が倒れていた。二人とも頭に一本の角があり鬼の子供であった

 親鬼が近くにいたら攻めて来るかもしれない、ピイコに上空から偵察させ、ゴン、ラン、ジョイはトンタの周りに集まり、戦闘態勢をしいた。


「どうしたの、大丈夫!」

 トンタは近付きながら鬼の子供に尋ねた。

「ごめんなさい・・・」

「ごめんなさい、大事な馬を死なせてしまって・・・」

 赤鬼の子供は泣きながら返事をした。

 

 よく見ると、怪我をして震えていた。

「怪我をしているようだけど、一体、何があったのかな?」

 トンタは何がどうなっているのか全く分からず、尋ねた。

「ぼ、僕が、岩陰から、みんなを見ようと岩に寄りかかりのぞきこんだら、岩が動きだして、転がり落ち、僕の足と、下にいた弟に当たってしまったの」

 赤鬼の子供は涙を手で拭い、泣きながら、トンタの服を掴み引っ張ると助けを求めた。

 「早く助けて! 弟は動かないよ、死んでしまうよ」

 「分かった! 今すぐに見てやるからね」

 倒れている赤鬼の子供の状態を見ることにした。 

まず、胸に耳を添え、心臓の音がはっきり聞こえているのを確認し、次に身体に切り傷等がないか確認した。 足のふくらはぎに切り傷があり、手と腰に擦り傷があった。 切り傷の方は傷口が開き出血していた。


「大丈夫だよ、今、治療すれば元気に成るからね」

「良かった、良かった、有り難う」

 赤鬼の兄が震える手で、トンタの手をしっかりと掴み微笑んだ。


 トンタは素早く切り傷、擦り傷に付いた汚れや小石を水筒の水で洗い、消毒薬で消毒し、切り傷は開いた傷口を糸で縫い、包帯を巻いた。

 手当が終わっても、まだ失神していたので、気つけ薬を嗅がすと直ぐに気がついた。

「痛いよー、痛いよー、身体中痛いよ」

 目を覚ますと身体を丸め、泣きながら叫んだ。

 トンタは傷の手当は終わっているので、痛み止めと化膿止めの飲み薬を与え様子をみることにした。 水筒の水は、傷口の汚れを落とすためにほとんど使い、残った水で薬を飲ませたので、水は全て使い果たしてしまった。


「君たちの家はどこかな」

「ここから一時間程、登ったところだよ」

 トンタは赤鬼の傷を負った弟を背負い、足に打撲と擦り傷を負った兄の手を取り、家に向かった。

 

 途中、兄のテンと話しながら歩いた。 赤鬼の子供の父親は地獄山の頂上付近にある、舌抜所の所長で地獄の国の中では裕福な家であった。 兄弟姉妹は三人で兄はトンタと同じ十三歳で名前はテン、弟は十歳で名前はペン、家には可愛い五歳の妹のレイがいると話してくれた。

 トンタはテンと話しているうちに意気投合し、地獄に来た理由を話した。

 テンはトンタに共感し、協力することを約束するとともに、テンの親にも秘密にしていた竜の話をし始めた。

 

 竜は口から火を吐き、空を飛ぶことができる動物で、鬼達に恐れられており、噂では地獄の国の果てに一頭のみ生きていると言われていた。 その竜がなぜか近くの岩山で怪我をし、動けなくなっているのをテンが見つけた。 秘密の洞窟にかくまって介抱しているが、元気にならず、徐々に弱ってきており困っていた。 是非、助けてほしいとのことであった。 トンタは快く了承し、二人は約束の指切りをした。


 話をしているうちに、赤鬼のテンの家に着いた。 辺りには家があり、この辺一帯は舌抜所に勤める鬼たちの住宅街であった。 テンの家は岩を積み重ねて作られていた。 その家の窓からロウソクの明かりがこぼれ落ちていた。


「母さん、母さん、大変だよー」 

 テンが叫びながら家の中に飛び込んでいった。

 少しするとテンの母親がスカートの裾を右手で上げて、慌てて飛び出てきた。


「ペン、大丈夫?」 と言ってトンタが背負っているペンの顔色を確認し、額に手を当て体温を確認していた。 ペンは薬により痛みがやわらぎ、母を見て微笑んでいた。


 母親はペンの様子を見て安心し、落ち着きを取り戻すとトンタの前に来て深々と頭を下げた。

「子供を助けて頂き本当に有り難うございました。どうぞ家に入って休んでください」 とお礼を言いながら、トンタが背負っているペンを抱き抱えて受け取ると、トンタ達を家の中に案内した。


 トンタは鬼に対する考え方が間違っている事を反省した。 それは、地獄の鬼は全て獰猛で怖いと思っていたが、テンの母親の優しい仕草等を見ていて、人間の世界と同じなのだと分かりほっとした。


 家の中は広く作られてあった。 居間は三十畳ほどあり窓際に十二人座れる大きな石のテーブルと椅子が置かれてあった。 その窓側の席を勧められトンタと仲間達が座ると、テンがトンタの前に座った。


「レイ、テン兄ちゃんの友達が来たよ」

 可愛らしい洋服を着て、頭に大きなリボンを付けたレイが入ってきた。

「こんにちは、レイと遊びましょうよ」

 レイが「ニコニコ」してトンタの所に来ると、手にぶら下がり遊んでいたが、直ぐに膝の上に乗って来たので、抱いてやり、地球の歌を歌ってやっていると、ひょうきんなチョロはテーブルの上を歩いてレイちゃんの前に来た。

 チョロはウィンクして、お辞儀をした。 その仕草を見てレイちゃんは笑った。

「ウフフフ、何よ、目をつぶってさ」

「レイちゃん、私の素晴らしいダンスをお見せしましょう」

 そう言うと、テーブルの中程に行き、深々とお辞儀をして,ABCの歌を歌いながらそのメロディに合わせて、お尻を振って踊り出した。 そこにピイコも負けずに加わり踊り出した。 それを見てレイちゃんは手を叩いて喜んでいた。

「チョロもピイコもとてもお上手ね」

 チョロは嬉しくなり、空中回転をして見せたが、尻から落ち尻を摩りながら恥ずかしそうに立ち上がつた。

 それを見て、笑っていると、台所から香ばしい匂いが漂ってきた。


「あれっ? 美味しそうな匂いだな、食べたいな」

 臆病で食いしん坊のジョイが鼻を「ヒクヒク」と動かすと、チョロも鼻を動かした。

「本当だ! 美味しそうな匂いでよだれが出てきたよ」

 テンの母がその話し声を聞き、美味しそうな匂いのする食べ物と飲み物を持ってきた。

「夕食まで少し時間がありますので、このゲロゲーロを召し上がってください」


 トンタはお皿に山盛り盛られたゲロゲーロ見て驚いた。 カエルの干物を焼いたものだった。 その姿は前後の足が左右に伸ばされ大の字になり目が上を向いていた。

 ジョイは直ぐに手を出し「美味しい」と言って食べていた。それに引きつられ皆が食べ始めたが、トンタは見た目の先入観から食べられなかったが、目をつぶり少し千切って食べて見ると淡泊な魚の様な味がしておいしかった。

「あれっ! このゲロゲーロ美味しいよ」

 トンタが言うと、皆はうなずきながら貪り食べていた。


「本当! 本当! それじゃあ、他にも美味しい物があるから見せて上げるよ」

 テンはトンタの手を取り地下の食べ物倉庫を案内してくれた。 倉庫には小さな倉庫が並んでいた。 一つ目はゲロゲーロ、ゲロゲロと泣きカエルが跳ねていた。 二つ目はガサガーサと言ってゴキブリのような虫がガサガサ動いていた。 三つ目はベトベートと言ってナメクジのような物が壁にへばりついていた。 その他、マルタンボーと言った五メートル程の蛇のような物とか、チョロチョーロと言ったトカゲのような物等がいたが、トンタは気分が悪くなり見る気がしなかったので、上手に断り居間に戻って来た。 


 その時、丁度、背広を着たテンの父親が帰ってきて、トンタと仲間達がいるのを見て驚き、家族と話していたが、直ぐにトンタの所に来た。

「テンの父です、子供が大変お世話になり有り難うございました」

 深々と頭を下げると、話し続けた。


「実は、地獄では生物全ての生命は自然に任せており、そのため薬はありません。 怪我をして傷口からばい菌が入ると、よほどのことが無い限り命は助かりません。 トンタさんには大事な息子の命を助けて頂いたうえに、大変勝手なお願いですが、子供の傷の様子を暫く見て頂きたいのです」


 テンの父親は床に手を着いて依頼した。 トンタは快く了承した。


 その夜は、豪華な料理で盛大にもてなされた。料理の味は美味しく仲間達は貪り食べ、腹を摩りながら満腹になっていたが、トンタは料理は全て美味しかったが地下の倉庫の様子を思い出し口が進まず、ほどほどしか食べられなかった。


 次の日、テンと弟のペンの怪我の具合を見ると、薬が良く効いてだいぶ回復していたので、前日と同じ治療を行い、同じ飲み薬を与えた。

 テンの怪我は軽傷で動いても問題なかったので弟の治療の後、テンと二人きりで、竜のいる秘密の洞窟に行った。


 りゅうは寝ていた。体長は十メートル程あり、長さ一メートル程の顔を、とぐろを巻いた胴体の上に置き、ワニのような大きい口を閉じ、大きな目も閉じていた。 テンがそばに行くと目を少し開け、テンだと確認するとゆっくりと顔を持ち上げて目を開けた。 その顔は衰弱し、大きな目から涙が出ていた。

 

 テンは顔を抱きかかえるとやさしく撫でていた。

「竜、頑張れ! 友達が助けに来てくれたよ」

 竜はゆっくりとトンタの方に顔を向け弱々しい声で一声吠えた。

「グゥォーッ」


 トンタは竜の状態をくまなく調べると、右の横腹に怪我をし、ばい菌が入り、化膿して膿が垂れていた。 化膿が酷かったので直ぐに手術をすることにした。 竜は身体が大きいので麻酔は効かないので麻酔無しで行うことにした。


「竜、痛いけど我慢してくれよ」

 トンタは腕をまくり上げ、自分の腕と竜の傷口に消毒液をかけ、メスで竜の化膿した部分を奥深くまで切り取った。 その後に赤く熱した鉄の棒で傷口を焼き、素早く傷口を縫い合わせた。 手術後に痛み止めと化膿止めの飲み薬を与えた。


 「竜、よく頑張ったな! もう大丈夫だよ」

 トンタは竜の頭を撫でながら元気づけた。 竜はぐったりしていたが、目に涙をため、微笑み、頷いていた。


 それから三日間、テンとペンそして竜に治療と、飲み薬を与え続けた。

 その結果、テンとペンそして竜の怪我は驚くほどの速さで回復し、五日目に全快した。


 トンタはテンの両親に怪我が全快したことを告げ、明日の朝に旅に出発することを伝えた。 両親は喜び何度もお礼を言った。 そして今夜の夕食は全快祝いとお別れ会を兼ねて豪華で盛大なパーティーとなった。

 パーティーが終わった後で、トンタとテンは竜が休養している、秘密の洞窟に行った。


 竜は元気になり、トンタの顔を見ると飛んできて、頬ずりして喜び、トンタとテンを背中に乗せると空高く舞い上がり、凄い速さで飛んだ。

「グゥォーッ、グゥォーッ」


 元気の良い叫び声は地獄山全体に響き渡り、口から火を長く吐いた。

 地上に戻ると、竜はトンタとテンを胴体で優しく巻き付け、涙を流しお礼を言った。

「有り難う、トンタとテンは命の恩人です、困った事があった時はこの笛を吹いてください、どんな所でも飛んでいきます。 お別れは辛いですが、私にも家族がおり待っていますので帰ります。 サヨウナラ」


 竜は二人に笛を渡すと、空高く舞い上がり、口から火を何度も吐き、その火を照明にして、空を舞台に華麗に竜の舞を披露した。 そして、二人の上空を何度か旋回すると遥か彼方に飛んで行った。


 次の日、トンタたちは朝六時に起きると居間のテーブルの脇で出発の支度をしていた。


「困ったな、水がめが割れ、飲料水が運べない、各自の水筒を合わせて、四本の水しか無かった。 もし、水の入れ物があったとしても運ぶ方法がない」

 トンタは八方塞がりとなり、椅子に座り右手を頭に乗せ呟きながら考えていたが、いくら考えても良い案が浮かばずに困っていた。


 その様子をテンの父親がじっと聞き入っていたが、にこりと笑い、うなずくと物置に入ると、大事そうに包を持って出て来た。


「トンタさん、息子のいたずらで岩が落ち、大事な馬を死なせ、水がめを割ってしまったそうですね、大変ご迷惑をお掛けしましたのに、息子を助けて頂きお礼のしようがありません。 気持ちですが我が家の家宝をお受け取り下さい。必ずお役に立ちます」

 大事そうに持っていた包をトンタに渡した。 

 包を受け取り、開けてみたが、その家宝は一メートル程のパイプの一端に水道の蛇口が付いたもので、役にたつものと言われても何か良く分からなかった。

 

「役に立つと、おっしゃっておりましたが、これは何でしょうか」

 テンの父親はトンタの顔を見てニコリと微笑むと説明を始めた。

「これは私の祖父が閻魔大王様より褒賞として頂いたもので、バイプのとがった先端を三十センチメートル程地面に突き刺し、蛇口のハンドルを回すと地中の水分を吸い集め、水が出てくる不思議装置です」


 トンタは現在の状況からすると、喉から手の出る程欲しかったが、家宝を簡単に受け取れなかった。

「このように素晴らしい家宝は受け取れません」

「いや、トンタさん、テンとペンも我が家の家宝です。家宝の二人を助けて頂きました。 しかし私はお礼として家宝を一つしかお返しする事が出来ません。足らないくらいです、どうか受け取ってください」

 強い要望に、喜んで受け取ることにした。

「有り難うございます、喜んで使わせて頂きます」

 家宝をリュックに縛り付けてある鉄の杖と一緒に縛り付けた。


「それでは、先を急がなければなりませんので出発します。 お世話になりました」

 トンタと仲間達は深々と頭をさげると、テンの家族も深々と頭を下げた。

「トンタさん、長い間息子達のために引き留めてしまい有り難うございました。 旅の途中に是非、舌抜所にお寄りください」


 トンタ達はテンの家族に見送られ、血の池に向かって歩き出した。

「トンタ兄ちゃん、みんな、行っちゃあヤダよー、レイは寂しいよー」

 目から大粒の涙を流し、泣き叫んでいた。 その脇でテンとペンも泣いていた。

 

 後ろを見ると、テンが少し離れて付いてきていた。 トンタから何度もなだめられて、しぶしぶと、泣きながら、後ろを何度も振り返りながら帰って行った。



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