第70話 クイの策謀と、神子の使命

 月影村では、アマとテルが人界に行った直後に、事件が起きていた。

 村長むらおさと大婆がいる神社御殿に、一人の体格の良い男鬼が談判に来たのだ。

 殺されたカルとタエの兄、クイである。


 鬼の世界では、物事を合議による多数決で決めることになっていた。

 但し、合議に加わる資格は、先代神子かんこの子からというのが定めである。


 現在、全ての神子かんこが没しているが、正式に「先代」となるのは新神子かんこが就任してから。よって、それまでは、その子らには資格が与えられない。

 疫病の為、年寄が死に絶え、現在資格があるのは村長むらおさ・大婆を含めて七名。通常は村長むらおさ・大婆は決に加わらないので、実質五名の多数決で決まるのだ。


 しかし、今は非常時である。「全村人十六人の合議とすべきだ」というのが、クイの主張である。


 これ自体は、正論といえば正論だ。

 自分を含めた若鬼七名分の嘆願書も持っていた。加わっていない若鬼は、神鏡奪還に行っているアマとテルのみである。


 クイは、現在合議の資格を持つ五名を、勝手に神社に呼びつけていた。

 五人は訳も分からず神社に来て、いきなりこの要求の決を求められた。


 本来、合議の招集は村長むらおさが行う。

 慣例を無視したクーデターのような行為だが、アマとテルを除けば、能力の面でも腕力の面でもクイにかなう者は、もういない。皆、疫病で死に絶えてしまったのだ。


 …クイは、自分より強いアマとテル不在の時を狙って仕掛けてきた。

 妹たちのかたきといって、人界に押し入るつもりかもしれない。

 しかし、カルとタエも、かなりの実力者だった。その二人が、いとも容易たやすく討たれている。以前のような、全滅覚悟で打って出るべしという意見の若者は、いなくなっているようだ。

 であれば、クイ一人が無茶な主張をしても、通らない。

 アマとテルも、じきに帰ってくる。…


 五名の合議と決の結果、以後、新しい神子かんこが就任するまでの暫定措置として、村人全員の合議とすることが決まってしまった。


 クイは、さらに、もう一つ要求した。

 これは、大婆に対してだ。人界へ行っているアマとテルの様子を見せろというのだ。

 カルとタエの事件の為に、二人は人界に行っている。兄の自分にも情報を公開せよというのである。


 クイ自身の実力と、駆け付けてきた若者たちの援護の合唱に、やむなく大婆はクイのみに許可し、押し入ってきている若者たちを下がらせた。


 宝珠に映ったのは、恵美が神鏡と刀を置くところ。

 そして、テルがにらみつけ方向にいる、弓矢を拾いたそうにしている祥子。


 妹たちは、矢で首を射られたという…。そして、妹たちの刀を持っていた女…。


(この二人がかたきだ)


 仇の顔を、クイは、しっかりと覚えた。


 それから、捕えている娘と、もう一人、同じ顔の娘がいる。


 …双子だ。

 あの娘は確か、神子かんこの巫女のはず。

 双子の、神子かんこの巫女!


(…これは使える)


 クイはニンマリと笑った。

 そして、この日はそれ以上の要求はせず、外で待っていた若者たちを引き連れて帰っていった。




 クイと擦れ違いで戻ってきたアマとテルは、神鏡を村長に渡すと同時に、クイによる半クーデターのことを聞いた。

 憤るも、もう遅い。神前での合議の結果は、同じく神前での合議でしかくつがえせないのだ。


 明らかにクイは何かたくらんでいる。アマとテルは警戒感を強めた。






 慎也の家。

 無事戻ってきた杏奈は、帰るなり舞衣に飛びついて再び泣き出した。

 環奈まで同じことをする。

 二人はソファーに坐った舞衣の膝を涙で濡らし、そのまま子供の様に眠ってしまった。疲れと安心感で…。


 慎也たちは、双子を起こさないよう小さ目の声で、事の顛末を整理する。


「今回の二人は~、誰も殺さず、傷付けずで、あっさり帰っていったね~。

 鬼といっても~、狂暴なのばかりじゃないのね~」


 恵美の発言を聞きながら慎也は、昔、大叔父、つまり先代宮司から聞いた言葉を思い出していた。


「…鬼は悪い存在ではない。勝てば官軍。負ければ賊軍。正義が勝つのではなく、勝った方が正義になるだけ。負けてしまった方が鬼と呼ばれた。鬼は追われ、隠れ住まなければならなくなった。しかし、負けた側の鬼にも生きてゆく権利はあるはずだ…

 昔、大叔父から聞いたときは、何のことだと思ったけど。大叔父は知っていたんだ。本当に鬼が居て、どういう存在なのかを。

 鬼は異界に隠れて生きている。普段は、こっちの世界には来ないが、必要があれば来ることができる。

 さっきの鬼二人は鏡を取り返しに来た。一番初めに来た鬼は、書付にあった通りの、流産した神子かんこの復讐か?

 じゃあ、亜希子さんたちを襲った鬼は何をしに来た?」


「子作りの為って亜希子さんが聞いた…。何で、こっちで子作りしなきゃいけないの?」


 沙織の言葉に、慎也・舞衣・祥子が同時に声を上げた。


「「「それだ!」」」


 声が大きくなり、杏奈と環奈を起こしてしまったかと三人は心配したが、二人はスヤスヤ安心顔で寝ていた。

 声を落として、慎也が続ける。


「仙界では子供が産めなかった。成長速度が遅くなるから…。

 だから、妊娠したら神子かんこの巫女は、すぐにこっちの世界に戻された。

 鬼が隠れ住んだ異界も、きっと、同じなんだよ。成長速度が変わってしまい、胎児が成長できないんだ」


「えっと~。じゃあ、もしかすると、神子かんこたちって、成長したら鬼の世界に送られるんじゃないかな~。

 あの子たちの成長、異常でしょ~。このままだと、私たちの三分の一の寿命しかない。

 でも~、もし三倍寿命が延びる世界。つまり、成長速度が三分の一の世界に行けば、普通の寿命になるよ~。もしかすると~、鬼の子を産む力を持っているのかもしれない~。

 それに~、神子かんこって約六十年に一度の存在よね~。成長速度が三分の一だと~、産まれた子はこっちの二十歳くらいに成長して、次の神子かんこを迎える…。つじつまが合ってこないかな~?」


「きっと、これじゃな…。神子かんこは鬼の嫁になる運命なのじゃ」


「そ、そんな! 美月を殺した鬼に、私たちの子がとつがされるなんて…」


 舞衣は青くなった。


「う~ん。でも、あの子たち、このまま、この世界に置いていくわけにもいかないと思うのよね~。そうすれば、早死にしちゃうわけだし~。

 唯一子供を産んでくれる存在となれば~、大事にされるんじゃないかな~。

 だって~、後で来たあの鬼たち、意外と紳士的だったでしょ~。人質は卑怯だけど~」


 あの可愛い子供たちが、鬼に連れて行かれる…。

 あまり喜べない結論に、皆、表情が冴えない。

 舞衣の膝で幸せそうに眠る双子以外は…。


 以後、鬼に嫁ぐのを前提で、神子かんこたちの教育がなされることになった。

 担当は、今までも一番子供たちの面倒をみていた恵美。

 身を守るための、剣術も教えるという。






 クイが為そうとしていたこと。それは復讐。妹たちの仇討ちだ。


 そもそもの発端は、自分の嫁となるはずであった神子かんこが流れたこと。

 神子かんこさえ無事であったなら、こんなことにはならなかった。疫病で村人が激減することも無かった。


 だれの責任か?

 ヒトだ!

 神子かんこを守らなかったヒトが悪い。全て奴らの責任だ。


 なのに、可愛い妹たちまで惨殺された。

 タエは首を矢で射抜かれ、心臓を刀で貫かれて死んだという。

 カルは背を斬られ、首を矢で射抜かれ、その上、首を落とされたという。

 遺骸も戻ってこない。


むご過ぎる。あいつらだ。あの二人が犯人だ。

 殺す! 絶対殺す! 八つ裂きにしてやる!)


 クイは、決意を固くした。


 しかし、ヒトの世には容易に行けない。

 異界の門を開く鏡は、村長むらおさと大婆が保管している。正当な理由もなく使用許可は下りない。

 その許可を得るため、クイは若者を味方につけ、合議の場を乗っ取ろうと画策したのだ。


 さらに、あの双子。あれは使える。

 クイは、次の工作を開始した。


 鬼の世では、双子は特別な存在とされている。

 もともと、普通に子供が産まれない世界。子供の存在は貴重である。それが、一度に二人も産まれてくるのが双子…。さらに、双子は概して能力の高い者が多かった。

 そのため、双子は奇跡的な存在とされ、貴いものとされてきた。


 クイは、それを利用することにした。

 力を持った双子を生贄いけにえにし、その生き血を飲んで交われば、子が産めるといううわさを流したのである。


 むろん、全くの出鱈目でたらめだ。が、古文書を偽造し、ほぼ一年がかりで、根気よく若者相手に話を広めていった。

 歴史や言い伝えに詳しい年寄りは死に絶えている。一年もかければ、若者をだますのは、それほど難しくない…。


 噂が完全に定着したところで、神子かんこの巫女に双子がいるという情報を流す。

 すると、クイが意図した通り、若者の間で、その双子をさらってきて交合の儀式をさせろという声が出てきた。


 アマとテルが、そんな話は出鱈目だといっても、流れ出した勢いは止まらない。

 それはそうだろう。本来なら、神子かんこの巫女を迎えた男のみが子孫を残せるのが、その双子を生贄にすれば、誰でも子を生すことが出来るというのである。

 男にとっても、女にとっても、魅力的な話だ。

 自分の子が欲しいという願望にはあらがえないし、村の人口が激減している非常時でもある。駄目もとでも試してみたい。

 若者ばかりか、壮年の者にまで同調者が出るようになった。


 クイの先導で合議され、採決の結果、双子の巫女をさらってきて生贄にすることになった。

 そして、巫女を攫ってくる役には、クイが指名された。


 クイの思惑通りに…。


 クイにとって、双子はどうでもよい。元々、あの噂はクイが流したデマだ。

 彼の目的は、妹たちの仇を打つこと。仇を打った後、うまくゆけば、双子を攫って来ればよいと考えていた。

 どうせ、仇も双子も、同じところにいるのである。その他の邪魔モノは、殺すだけ。ただ、神子かんこには手を出せない。そんな認識であった。


 クイはアマに、宝珠を使っての情報提供を要求した。

 しかし、アマは、それを拒否した。見習いの立場の自分には、そんな責務は追えぬと。

 実際のところ、アマの能力は現大婆をはるかに上回るが…。


 クイは止む無く大婆に依頼した。

 合議の決に基づいての依頼で有り、現役の立場として、拒否は出来ない。渋い顔をしながら、大婆はクイの求める情報を、宝珠を使って提供した。

 巫女の家の様子。全巫女の行動の様子を…。




 カルとタエが死んだ翌年の七月二十七日。十八夜。


 クイは村長むらおさの神鏡を持って賀茂神社拝殿前に立った。


 異界の門を開く。


 この日を選んだのは、この月齢が門を開く最終日だからだ。

 次までの約二十日間、邪魔されることなくヒトの世にいることができる。

 その間ににくき仇を討ち、ついでに双子をさらって来ればよい。

 美味いヒトのハラワタも、喰い放題。ヒトへの復讐も兼ねていること。自重する気などサラサラ無い。


 門を潜って出たのは長良川の河原。慎也宅から、ほど近い所だ。

 あまり近づきすぎると見つかる恐れがある。

 少し上流へ行った竹やぶの中に、クイは、竹を使って屋根と囲いを作り、ねぐらとした。

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