第71話 クイの復讐1

 クイが人界に来た翌日、七月二十八日。


 当然、鬼が近くにひそんでいるなどということは、慎也たち誰も、思ってもいなかった…。


 この日、慎也と舞衣は、子供=娘たちをつれて、運転手付きのマイクロバスに乗り込んだ。

 亜希子のところへ検診に行くのだ。


 亜希子は、勤めていた名古屋の研究機関を辞めて、独立していた。夫の徹も一緒である。

 岐阜市内(といっても、外れの田舎で、慎也宅に近い所)に小さな研究所件診療所を開設した。

 診療所としては主に土曜と日曜に開けていて、メインは研究所である。

 研究だけでは収入が無いので、需要のある休日の診療で収入を得ているのだ。


 開設にあたり、沙織・杏奈・環奈の実家、山本家から多額の資金援助を受けた。

 今年、医大に入った杏奈と環奈は、将来は、この研究所へ就職することになっている。その事が前提での山本家の援助だ。


 また、国からの補助金もあり、神子かんこの研究を一手に負っている。

 但し、この研究については極秘事項となっていた。

 今日は、この極秘事項の為の検診である。



 娘たちは、見た目、十二歳くらいの美少女に成長していた。

 検診では全裸にされて体を詳しく調べられるし、血液検査もある。

 羞恥もある上、針を刺されれば当り前だが痛い。

 当然、嫌がる…。


 慎也と舞衣の二人掛かりで、なだすかしての、二カ月に一度の大仕事だ。


 優しい父親、慎也の言うことには、娘たちも素直にしたがう。

 また、あい(舞衣の子)はもちろん他の子も、実母たちが正妻様と仰ぐ舞衣には、よく従う。

 よって、こういう引率は慎也と舞衣の担当になっていて、この間の神社社務所は、貼り紙をしての臨時休業である。


 一方、祥子と杏奈・環奈は、長良川河川敷の畑で薬草の世話。神社に隣接する堤防を越えたところで、家から歩いて行ける場所である。

 慎也と、徹、巫女バイト早紀の三人が薬草に詳しい。それに触発されたのか、杏奈・環奈も興味を持ち、空いていたこの畑で、栽培を始めた。

 亜希子の研究所の研究でも、ここの薬草を使うことになっている。ただ、薬草の研究に関しては、主に徹の担当だ。


 沙織と恵美の方は、その河川敷畑から少し上流の河原へ、白百合しらゆりみに行っていた。

 神社境内の山百合やまゆりが咲き終わると、河原に白百合が咲く。

 娘たちは、百合の花が好きだ。我慢して検診を受けている娘たちへのご褒美ということだった。



 クイは、前日に人界へ来てねぐら造りを終え、夜になったら行動を開始しようと、そのねぐらで寝そべっていた。

 が、人の気配に気が付いて、静かに起き上がった。


 外の様子をのぞき見ると…。

 なんと、目当ての者が、すぐ近くに居るではないか。


 不気味な笑みを浮かべ、行動を開始した。





 白百合をんでいた沙織…。


 自然に生えている百合の為、草に分け入っての作業である。綺麗に咲いているのを選び採り、十本程手にかかえていた。

 顔に花を近づけると、素晴らしい芳香…。娘たちも喜ぶであろう。


 その、沙織の正面二十メートルほど。竹薮の中から、急に大柄な男が出てきた。


 まさか、そんな所から人が出てくると思っていなかった沙織…。釣り人か、自分たちと同じ白百合摘みの人かと、出てきた人に視線を向けた。


 着物姿。二本の角。

 …鬼!


 心臓が大きく脈打つのを感じ、手に抱えていた白百合を取り落としてしまった。



 沙織から少し離れたところにいた恵美は、白百合を沙織に任せ、他に面白そうな物が無いかとブラブラしていた。

 不意に沙織が百合を落としたのに気が付いて、何事かと顔を向けると…。


(鬼! あ、あいつは…)


 美月が殺されたときの、千里眼の能力で見た記憶がよみがえる。


(間違いない! 美月さんを殺した鬼…)


 明らかな殺意を感じ、恵美はあせった。

 今にもびかかってきそうな鬼。

 防御力を持たない沙織の方が、鬼に近い。


(マズイ!沙織が危ない!)


 護身用に懐中している、女鬼からもらい受けた短刀を抜いた。そして、猛然と走り出し、沙織の前へ出ようとした…。


 恵美は親友の危機にあせっていた。

 亜希子から聞き、気を付けなければと思っていたことを忘れていた…。

 見てはいけないものを見てしまったのだ。

 赤く光る鬼の目を…。


 突然、体の自由が利かなくなった…。


 走っていたところを金縛りにされ、恵美は豪快に沙織の前へダイブした。

 …したくてしたわけでは無い。手足が急に動かなくなり、結果、砂の上に勢いよく放り出されたような格好になったのだ。


 無残にも顔から滑り落ち、口の中に砂が入ってじゃりじゃりする。


(金縛りには気を付けなければならないと、分かっていたはずなのに…)


 後悔しても、今更、仕様がない。沙織の方も同時に金縛りになってしまって動けなくなっていた。


 鬼が、ゆっくり歩いてくる。

 大きい、一八〇センチを越えていそうな身丈。筋骨隆々、がっちりした体。

 恵美は、短刀を持った右手を前に出したまま、うつぶせに倒れて動けない。が、かろうじて鬼の様子は見える。


 鬼=クイは、その恵美の脇、すぐ近くで歩みを止めた。そして、恵美の横腹を、思い切り蹴りつけた。


「ゴフッ!!」


 激痛と共に恵美は転がり、仰向あおむけになった。

 おそらく、肋骨が何本か折れただろう…。

 さらに、鬼の大きな足が、真っ直ぐ伸ばしている恵美の細い右腕、手首と肘の中間点辺りを、勢いよく踏みつけた。


 ボキ、ボキッ!


「うっ、ぎゃー!!」


 嫌な音がして、恵美の絶叫が響き渡る。

 腕が、折れたのだ…。


 苦痛で顔をゆがめている恵美から、クイは短刀を取り上げた。


「この刀は、わが妹の物。貴様のようなクソが持って良い物ではない!」


 凍り付くような表情と声。


「め、恵美ー!」


 沙織は動けない。動こうとしているのだが…。

 あらぬ方向に右腕が曲がってしまっている恵美を見ながら、何もできない。


 そんな沙織を、クイは首をグリッと回して、淫気が宿るネットリした目で見た。


「お前は、俺の好みの顔と体だ。後でゆっくり楽しんでから、ハラワタをひねり出して喰らってやろう」


(ハラワタを捻り出して喰う? わ、私の?)


 驚愕の表情のまま絶句する沙織。その一方、クイは恵美に向き直る。


「だが、お前は、その前に八つ裂き処刑だ」


 手に持っている短刀で、恵美の服をビリビリ切りぐ。


 白い肌。小ぶりだが、形良い乳房もあらわになる。

 ところどころ皮膚も切れ、血がにじむ。

 恵美は上半身の衣服をすべて剥がれ、半裸にされた。

 クイは、恵美からさやを取り上げ、短刀を鞘に戻して懐中した。

 そして、右手を振り上げた。


 クイの指の先には、鋭い爪が光っている…。


 それを、一気に突き下ろした。


 ズブッ!!


「ゲフウッ!!」


 クイのゴツい右手が、恵美の引き締まった細い腹部の、ヘソ辺りを突き破った!


「イヤー!」


 沙織の絶叫が響き渡った。

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