第69話 鬼襲来!


「杏奈!」


 いきなりの環奈の大声に、皆、ビクッと驚いた。


 ここは家の中。

 夕食後、皆でくつろいでいたところだ。


「な、なに? どうしたの?」


 隣にいた舞衣が、突然慌て出した環奈に尋ねた。


「あ、杏奈が! 杏奈が鬼にさらわれました!!」


 恵美がすぐ、目を閉じて、千里眼で近くを探し始めた。

 双子の二人は、特殊能力で離れていても意思疎通ができる。よって、環奈には、杏奈のいる場所が分かり、それを告げる。


「田圃道です。北西の方角!」


 恵美も、大きな声で告げる。


「いた! 敵は二人。近いわ」


 恵美は、すぐに走って部屋へ刀を取りに行った。鬼からの戦利品の、あの刀だ。

 刀をつかみ、部屋を出ようとして、ふと動きを止めた。同じく戦利品の、短刀と鏡も取った。

 洋服姿であったが、帯を締め、刀と短刀を帯に差して、鏡は布製の手提げ袋へ入れて帯に縛り付けた。


 恵美が皆のところへ急ぎ戻ると、祥子も弓矢を用意して待っていた。

 沙織と舞衣は子供たちを守り、慎也、恵美、祥子、環奈で救助に向かう。


「鬼は、殺すつもりは無いから、大人しくしろと言ってるみたいです」


 悲痛な顔をし、走りながら、環奈が言った。


 毎度のことながら、恵美の足は速い。

 皆、すぐ後を付いて行けないが、目的地は、それほど遠く無かったので、見失うことは無かった。


 周りは田圃ばかりの見通しの良い所。女鬼の声が響いた。


「止まれ! それ以上近づくと、こいつを殺す!」


 先頭を走っていた恵美がスッと止まった。

 慎也と環奈は、恵美の近くまで行って、足を止めた。


 最初に到着していた恵美は、慎也たちが到着して女鬼の表情が一瞬変わったのに気が付いた。

 女鬼は、走ってきて目の前に現れた環奈を見て驚いていた。


 捕まえたはずの女が向こうにいる…。女鬼は慌てて、捕まえている女の顔を確認した。


「なんと、双子か…」


 小さな声でつぶやいたので、当然、離れている慎也や恵美たちには聞こえない。


 鬼たちは宝珠で神子かんこの様子も確認していたが、その母親である巫女までは、詳しく見ていなかった。

 杏奈と環奈の顔は認識していたが、同一人物として…。双子とは思っていなかったのだ。よく出入りしている亜希子を、あと一人の巫女と誤認していたのである。




 一方、祥子…。


 彼女は、慎也たちに付いて来ていなかった。

 前の時の様に、別方向から隠れて矢を射かけるつもりでいた。

 しかし、現場は、田圃ばかりで見通し良い所だ。隠れる場所が無い。

 やむなく、上空を浮遊して背後に回り込むつもりだったが、これは男鬼に見透かされていた。


「そこの女。降りてこい。弓矢を捨てよ。この女が死んでも良いのか!」


 男鬼の声が響いた。

 おそらく、この見通し良い場所を選んだのは奇襲攻撃を避けるため。

 気づかれては、打つ手がない。祥子もやむなく、慎也たちとは別の場所で着地し、弓矢を前に捨てた。




 杏奈は、月に照らされて直立している。

 縛られてはいない。おそらく、金縛りにされている。

 涙がボロボロ流れているが、声は出さない。

 声を出すなと脅されているのだろう。


 杏奈の左に若い女鬼。

 グレーの着物にグレーの袴姿。目つきが鋭いが、色白で何となく高貴な気配を漂わせている。祥子に雰囲気が似ているかもしれない。


 右の方には男鬼。

 黒の着物と袴。細身で、こちらも色白美形。だが、只ならぬ威圧感がある。


 そして、杏奈の後ろに、何やら白い怪しい光の壁があるのも不気味である。


「こ、こいつら、前の鬼よりもヤバそうよ……」


 恵美がつぶやいた。


 人質で動きを封じられ、不利な状況。さらに、前より強い相手。絶望的かと思われた。

 だが、鬼からは意外な言葉が発せられた。


「我らは、何も、其方そなたらに危害を加えようとは思っておらぬ。

 其方らは、我が仲間カルとタエを殺した。しかし、あれも奴らがおきてを破ってヒトを喰ったから。いわば、自業自得。故に、あの二人を殺したことはとがめぬ。

 じゃが、神鏡は返してもらいたい。あれは、我らにとって大切なモノ。返してくれれば、この女は解放する。

 返さぬと言うなら、今すぐ、こいつの腹を裂いて首をへし折る。さらに、我らの仲間が、其方らの館を襲うぞ」


 慎也たちに選択肢は無かった。

 このままでは、杏奈が殺されてしまう。さらに、家が襲われる…。家には舞衣、沙織と子供たち。戦闘力がある者は皆無だ。

 「館を襲う」というのはアマのハッタリであったのだが、慎也たちは在り得ることと考えた。


「恵美さん。あの鏡は、どうした?」


「なんとなく、こんなことかなと思ってね。持って来てる」


 恵美は一歩前へ出て、布袋から鏡を出し、差し出した。


「これね?」


「そうだ。お前一人で、ゆっくり前へ進め!」


 女鬼の言葉に従い、恵美がゆっくり進む。

 男鬼は、祥子の方をにらむ。

 祥子は念力で弓矢を取ろうと思っていたのだが、こうガン見されていては動けない。

 だが、金縛りにしようとしないのはなぜか? もしかすると、ある程度まで近づかないと、金縛りにできないのかもしれない。祥子は、そんなことを考えていた。


 恵美は、中間点まで来た。


「止まれ!」


 女鬼の指示に従い、歩みを止める。

 おそらく、この位置くらいまで近寄れば、あの鬼は金縛りが使えるのだろう。変な動きをすれば、即、金縛りにされる。

 恵美も、まっすぐ女鬼を見ながら、そんな分析をした。


「鏡を下に置いて、戻れ!」


 恵美は布袋を敷いて、その上に鏡を、そっと置いた。

 さらに、刀と短刀も一緒に置き、ゆっくり立ち上がって、きびすを返した。

 女鬼に背を見せ、そのまま、ゆっくり戻ってゆく。

 恵美が戻って振り返ると、女鬼は鏡を指差した。


 …鏡が浮かぶ。念力だ!

 浮かんだ鏡が女鬼の方へ、スーっと吸い寄せられ、その手に納まった。

 女鬼は鏡の表、裏をじっくり見て確認した。


「よし、本物じゃ。約束通り、女は無事返してやる。

 それから、刀は其方そなたらにくれてやる。仲間がヒトを喰ってしまった詫びじゃ。受け取れ」


 女鬼がそういうと、男鬼が杏奈の目を見て金縛りを解いた。

 鏡を手に持ったまま、女鬼は、杏奈の後方の白い光に飛び込んだ。

 男鬼も続く。

 二人の鬼は消え、すぐに白い光も消えた。


 杏奈は、その場にペタッとへたり込んだ。

 恵美が真っ先に駆け付ける。続いて環奈も。

 環奈は杏奈に抱き着き、二人して坐り込んだまま、一緒に泣き出した。


「怖かったよ~」

「良かった無事で~」


 そんな両人を立たせ、慎也は二人一緒に抱き締めた。

 杏奈には、怪我も見受けられない。洋服もそのまま。乱暴はされていないようだった。

 恵美は杏奈の無事を確認してから鏡を置いた場所へ戻り、置いたまま残された刀と短刀を取った。

 持ち上げて見詰める。


「鏡の方が大事だったんだ……」

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