第68話 養老山事件の後始末

 五月七日、養老山鬼事件の二日後。


 シトシト雨が降る夕刻、慎也宅に亜希子と徹が来た。鬼の解剖結果の報告の為だ。

 事前に連絡をもらっていたので、二人の分の夕食も用意されている。


 この場には、美雪と早紀も呼ばれた。

 もう隠すことは全く無い、完全な仲間扱いだ。


 夕食は、話の後でということで、子供たちは別室に待たせた。

 すでに小学校中学年並みくらいに成長しているので、子供たちだけで放っておいても大丈夫である。


 報告会では、まず、徹と亜希子が、深々と頭を下げた。


「この度は、助けて頂き、有難うございました。

 皆様は、私たちの命の恩人です。皆様の為でしたら私たち夫婦、今後、何でも致します。

 お力になれることございましたら、何なりとお申しつけください。

 本当に、有難うございました」


 徹の言葉に合わせ、亜希子も再度、深々と頭を下げた。


 その後は、亜希子が主導となった。

 夫婦関係と別に、仕事の関係では亜希子の方が上司だからだ。


「では、解剖の結果ですが、鬼は、角があることと、筋肉が異様に発達していること以外は人間と同じです。

 内臓の形状・機能も全く同じ。染色体本数も四十六で同じ。つまり、ヒトの亜種であると考えられます。当然、ヒトとの交配も可能と思われます。

 鬼の動きの異様な速さは、筋肉の発達によってのものです。ヒトの一流アスリート並み、もしくは、それを超えるくらいの筋肉発達とお考え下さい。

 あと、消化器内の内容物ですが、私たちの前に襲われたカップルの臓物が胃の中に大量に詰まっていました。ヒトよりも多くの食料を胃に溜め込めるようです。

 腸の中には植物系の消化物が入っていました。普段は菜食中心なのかもしれません。

 解剖結果としては以上です」


 皆、考え込んでしまった。


「人間の亜種か~。角さえなければ、筋肉質のお姉さんって感じだったもんね~」


 恵美の独り言ともとれる言葉に、慎也が続ける。


「こちらからの情報だけど…。

 あ、まず、こっちは神社の巫女バイトしてもらってる田中美雪さん。総代のお孫さんで、俺たちの事情はみんな知っています。

 それから、隣は、あの日に亜希子さんたちも会ってますね。美雪さんの親友の、山上早紀さん。彼女にも事情は話してます。

 それで、その早紀さんが、先日の写真を提供してくれました」


 慎也が二人を紹介すると、舞衣がプリントアウトしてアルバムに整理した写真を出して、亜希子たちに見せた。

 鬼が若いカップルを喰っている場面が、アップで鮮明に写っている。


「あれ? 撮らなかったって言ってなかった?」


「それは~、事情があるのよ~ん」


 写真を見て驚いている亜希子に、恵美がニヤニヤしながら、指で続きを見るようにうながす。

 亜希子と徹がめくってゆくと、その先には、二人のアラレもないシーンの写真が続々と…。


「アー! な、何これ!」


 亜希子が大きな声を出して、写真を見張った。


「大事な資料ではあるけど~、こ~んなの刑事たちに見られたくないでしょう~?

 嘘ついて隠しておいてくれた早紀ちゃんに、感謝しなさ~い!」


「み、皆さんも見ました? 嘘! 嫌だ!」


 大慌ての亜希子。旦那とのイケナイシーンをさらされてしまった…。

 徹も気まずそうにしている。


「愛の力は偉大よね~。鬼に傷だらけにされた旦那の命を守るため、鬼の前で裸になって、必死の御奉仕。泣けるわ~」


 胸の前で手を組み、少し上方を向いて大げさに語る恵美…。

 亜希子と徹は、二人そろって真っ赤になり、うつむいた。まさに、穴が有ったら入りたいという状況である。が、


「恵美さ~ん。それくらいにしないと~。こ~んなモノも、あるのよ~ん」


 舞衣は、普段の恵美の口調をまね、えてアルバムには入れずに隠しておいた数枚の写真を取りだして、亜希子と徹に渡した。


「この写真は、お二人に進呈しますね。

 それから、これらの画像全てのデータの入ったカードと、今お見せしているアルバムは、恵美さんに預けます。恵美さんが一番の適任者でしょ。こういうのを管理するのは。

 …保管するのも、利用するのもね」


 亜希子と徹は、不審げに、舞衣から新たに受け取った写真を見た。


「うわ、こ、これは…」


 徹は写真をみて、気まずそうに目をらした。

 亜希子は、写真を凝視している。


「な、なによ~」


 と恵美がのぞき込むと…。


 亜希子が持っているのは…。

 胸を斬られた恵美の、上半身がアップで映っている写真。

 胸をはだけさせるところ。

 ザックリ切れてしまっている恵美の乳房。

 切れた乳房を、痛そうに手で押さえている所…。


 徹の手にあるのは、慎也が恵美の乳房を治療する場面。

 治ってゆく途中と、完全に治ったところ。

 つまり、どれも恵美の半裸写真だ。


「舞衣さん! アルバムに無いと思ったら、なんてことを!」


 恵美は赤面して、舞衣に抗議した。


「だってね~。全データを恵美さんに預けるんだから、これで御相子でしょ?

 互いに、悪用したり流出させたりしないように」


「う~っ!」


 恵美は舞衣をにらみつけた。


 昨日、舞衣がアルバムを作っている所を恵美は見ていた。

 中には撮り損なって、ぼやけていたりする画像も結構ある。早紀は、恐怖に震えながら撮っていたのだ。当然である。

 それらを除いて、舞衣はアルバムにしていた。

 出来上がった物には、あの恵美の写真は入っていなく、恵美は安心していたのだ。

 まさか、別にしていて、よりによって亜希子と徹に渡すとは…。


 しかし、亜希子は、徹の持っている写真を取り上げ、自分の持っている分と合わせて、恵美に差し出した。


「これは、恵美さんにお返しします」


 一呼吸おいて、続ける。


「慎也さんから聞いてますよ。恵美さん、私たちの危機だと言って、誰よりも先に駆け付けようとしてくださったって。

 実際に、一番に来て下さったのも恵美さん。その上、この写真のような傷まで負ってしまって…。

 そんな恵美さんが画像を悪用したりするはずありませんから、大丈夫です。

 恵美さんが公開されるなら、それはそれで、理由があってのことでしょうし、全て恵美さんにお任せします」


「なによう~。恥ずかしい事、言わないでよ…。

 安心して。公開したりしないから~」


 恵美は照れながら、亜希子の差し出した自分の写真をつまみ取ったのだった。



「あと、もうひとつ」


 亜希子が真剣な表情で皆を見渡し、続けた。


「私たちは鬼に見つめられて、鬼の目が赤く光るのを見た後、手足が動かなくなってしまいました。

 その後、再度、鬼の目が赤く光るのを見て、元に戻りました。

 鬼の特殊能力と思われます。気を付けてください」


「なるほど~。金縛りってやつね。確かにこれは、やっかいね~」



 報告会は、これで終わった。

 この後は子供たちも交えて、賑やかな夕食会となった。

 意外なことに、早紀は子供たちになつかれていた。本人は大いに戸惑とまどっていたが…。







 妖界では、アマとテルがあせっていた。


 早く神鏡を回収に行きたい。しかし、あいにくの雨で、月が出ない。月光がないと、異界の門を開けないのだ。

 満月の日と、その前後三日くらいの月齢時の光量が無くてもいけない。つまり、一カ月の内の一週間。その間に天気が良くないと、門を開けない。


 結局、今月は曇りや雨であきらめるしかなかった。


 ひと月経ち、六月二日。

 門を開くことができるまで、月が満ちた。天気も良い。


 アマとテルは、大婆の鏡を借りて賀茂神社拝殿前に立っていた。

 アマは鏡を出し、月の光を映した。

 反射する光で星形、「五芒星」を描き出した。すると、その描かれた空間が白く光りだした。

 アマとテルは、白い光に飛び込んだ。



 アマとテル。光を抜けて、人界の奈来早神社前に立っていた。

 その、通り抜けてきた光の壁に向け、アマが鏡の月光で、横、縦、横、縦…と格子状の模様を描き当てる。

 すると、白い光「異界の門」は消えた。


 二人は、素早く物陰に隠れた。

 暗くなっているので、人通りは無い。

 目指す場所は、前方の城のような屋敷。戦闘に対する防御の為の構えではなく、水害対策なのであるが、この二人には、完全に城に見える。

 また、そこには、絶対侵してはいけない神子かんこたちもいるのだ。直接乗り込むのは躊躇ちゅうちょする。

 しばらく、監視を続けた。


 少しして、一人の少女が、門から出て来た。

 杏奈である。


 彼女はもう高校三年生。慎也と舞衣たちの関係が大騒ぎされてから三年だ。

 人の噂も七十五日と言う。三年も経過すれば、もうマスコミには見向きもされない。

 とはいえ、用心に越したことは無いので、彼女は、あまり目立つ時間には出歩かず、暗くなってから行動することが多い。

 この日は、ちょっと近くのコンビニまで。いつも一緒の環奈はついてきていない。


 他に人がいないことを確認したテルが、猛烈な勢いで走った。

 いきなり目の前に飛びだした黒い影に、杏奈は仰天した。が、同時に動けなくなった。

 赤く光る二つの光を見て…。


 そのままかかえられ、拉致されてしまった。

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