第63話 養老山事件2

 早紀は、亜希子たちとすれ違った後、別の道を通り、事件現場の反対側、対岸に来ていた。


 反対側は浅い崖を挟んで少し高い位置に道が続いている。当然、対岸は良く見渡せる。

 何気なく見たその対岸で、人が襲われているのを目撃してしまった…。


 咄嗟とっさ草叢くさむらに身を隠した。気づかれてはいない。

 裸の二人がそれぞれ仰向あおむけにされ、馬乗りになられている。距離としては、八十メートルくらいか。

 鳥の写真を撮るつもりで持ってきた望遠カメラを向けて拡大した。

 強姦かと思っていたが、違う。血が出ている。


 殺人事件だ!


 震えながら、その様子を撮影した。


 どう見ても、襲っているのは人間じゃない。二本の角が生えている。着ている物も変だ。

 それに……。人間の内臓をすすっている……。


 早紀のいる方からは、正面が見える。まともに喰っているところも、顔も見える。

 望遠レンズで様子がよく分かるが、ほぼ正面というのが困る。下手に動くと見つかってしまう。

 草叢くさむらに隠れたまま、動けずにいた。

 吐き気をこらえながら、スマートフォンを取り出す。


(…警察……。これ、警察に連絡してなんとかなるやつだろうか……)


 一一〇番しようとしたが、早紀は迷った。


 そして、頭に浮かんだのは、親友の美雪だ。

 彼女のバイト先の神社には、何かよく分からないけれども、すごい人がいるらしい。

 それに、さっき美雪からメッセージが来ていた。神社の関係者も、この山に来ているらしい。

 早紀は警察に通報するのは止め、美雪に連絡した。


 ――助けて美雪。ヤバイ。鬼が人を襲ってる。二人惨殺された。





 神社では、祈祷の終わった慎也が社務所に戻ってきていた。そこに、スマホの着信音。


「あ、ごめんなさい。さっき友達に連絡してましたんで…」


 巫女勤務中は、携帯電話は更衣室に置いておくことになっている。

 美雪は慌ててスマホを更衣室に片付けに行った。が、すぐに戻ってきた。


「あ、あの、これ!」


 美雪は自分のスマホを舞衣に差し出した。

 舞衣は首をかしげ、それを受け取って、表示画面見た。


「ナニコレ! 慎也さん!」


 慎也もそれを見て、驚いた。


 ――助けて美雪。ヤバイ。鬼が人を襲ってる。二人惨殺された。


「亜希子さんたちが行ってるところよね。二人って、亜希子さんたちじゃないでしょうね」


「恵美さん呼ぶから、もっと詳しいこといておいて」


 慎也は慌てて、自宅にいる恵美に電話した。

 次のメッセージが来る。


 ――今、中年カップルが拉致らちされてきた。これはヤバイ。この人たち、美雪の知り合いのお医者様じゃないかな。


「ということは、亜希子さんたちは、まだ無事なのね」


 舞衣は少し安心したが、それでも緊急事態であることは変わらない。


 数分で、恵美が走りこんできた。物凄い勢いで…。

 子供たちと神社に来るつもりをしていたので、白小袖に緋袴の巫女姿だ。その子供たちは、沙織に任せてきていた。


「場所は、どこ?」


 恵美の問いで、慎也が用意していた地図に、美雪が指差した。


「早紀の書き込みだと、たぶんこの辺りです。崖があって、木が少ないところだそうです」


 恵美は目を閉じ、千里眼の能力で探す。


「見つけた。亜希子さんたちは、まだ無事よ。なんか話してるね。声は、私じゃあ分からないからな~。舞衣さん、亜希子さんと話せない?」


 舞衣の思念伝達能力は、よく見知った間柄でないと使えない。亜希子とは親しいとは言い難いが、それなりの付き合いだ。不可能ではないだろう。


「やってみる」


 …『亜希子さん! 声は出しちゃだめよ。通じたら心の中で思うだけで良いから返事して!』


 …『な、何? 舞衣さんですか? なんで? どうして?』


 …『そんなこと、どうでも良いから。今どういう状況? 鬼は、なんて言ってるの?』


 …『子種を授けろって言っています。子供が出来れば殺さないって。だから、徹さんを説得してセックスさせることにしました』


 …『それでいいわ。とにかく時間を稼ぎなさい。助けに行くから』


 …『お願いします。助けて!』


 舞衣は一旦、思念を切った。つなげたままにしておくのは舞衣にとって負担が大きすぎるし、思念で話している亜希子の様子を、鬼に不審に思われる恐れがある。


 祥子も遅れて駆けつけてきた。

 神社は美雪に任せ、慎也・舞衣・恵美・祥子で車に乗り込んだ。運転は慎也。場所誘導のために助手席には恵美だ。

 恵美は修験者が使うような木製の金剛杖を持っている。

 祥子は弓矢を持ってきていた。但し、半弓という、小さい物だ。


 ちなみに、祥子も巫女姿。彼女は普段から白小袖を着ている。事件だというので、袴を着けてきたのだ。

 舞衣は神社にいたのだから、袴の色は海老茶色だが、当然同じ格好。

 恵美は先ほど説明した通り。

 慎也も、神社にいたから袴姿。

 とても救助に向かう姿には見えないが、急なことであり、仕方ない。


 舞衣は車の中から沙織に電話し、警察に連絡してもらうよう依頼する。通常の警察の扱う事案では無いので、山本姉妹警備の公安担当者にだ。


 神社で留守番している美雪のスマホには、早紀から次々連絡がくる。


 ――美雪、どうしよう。怖いよ。逃げたいけど、逃げられない。


 ――大丈夫。宮司さんたちが向かってるから、絶対に気付かれないようにして!


 ――わかった。このまま隠れてる。




 慎也たちは、車で行けるところまで行き、後は恵美の先導で山道を走った。だが、恵美は速過ぎる。みんな、付いて行けない。


「ま、待って恵美さん。息が続かない」


「慎也さん、男でしょ! 情けないこと言わないで! 亜希子さんのピンチなのよ!」


 率先して彼女をおとしいれたことのある者の言葉とは思えないが、仲間と認めれば見捨てないのが恵美だ。


 恵美は千里眼で今の状況を確認した。すると、少し様子がおかしい。鬼が殺気立ってきている。


「舞衣さん! なんかヤバそう。亜希子さんに確認取って!」


 舞衣は走り疲れてヘロヘロになりながら、思念をつないだ。


 …『亜希子さん!どうなってるの?』


 …『舞衣さん! どうしよう、徹、たないのよ。相手が鬼なんだもの!』


 鬼相手でえてしまって、交われずにいるのだ。


 …『亜希子さん。あなたがたせなさい。しなきゃ殺されるのよ。死ぬ気でセックスさせなさい!』


 …『わ、わかりました。やってみます』



「鬼相手でえちゃって、たないんだって…」


 舞衣の説明に、皆、微妙な顔をしている。


「まあ、しょうがないよな…。そんなこと言ってる場合じゃないといっても、こればっかりは…」


「だから、亜希子さんに、つように協力するよう指示したわ」


「とにかく、時間が無いから、私は先に行くよ。この道なりに行けば大丈夫だから!」


 恵美は、先に駆けて行ってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る