襲撃

第62話 養老山事件1

 仙界から帰ってきて三年過ぎた、五月五日。


 子供たちの成長は順調。

 二歳半であるが、通常の約三倍の速度で成長して行くので、既に小学校中学年くらいの見た目になっている。


 その子供たちも交えた恒例の籾播もみまきは、昨日終わった。

 昨年からは亜希子夫婦が、田植えだけでなく籾播きも手伝いに来ている。(亜希子は、結婚と同時に慎也宅を出ている)

 亜希子の旦那の徹は、こういった作業が結構好きなようだった。当然、秋の大イベント「稲刈り」にも、喜んで来ている。


 今日、亜希子夫婦は、隣町にある養老山へ薬草調査に行くということだった。

 これは、昨日、本人たちから聞いた話…。徹の研究の為である。

 この夫婦、結婚一年と少しになるが、まだ子供はいない。

 亜希子は姉さん女房で、すでに四十五歳。年齢的に難しそうであるが、毎日二回以上励んでいるという小ネタを、恵美が聞き出していた。

 齢に似合ぬラブラブ夫婦であった。



 神社の社務所受付には、美雪と舞衣が坐っていた。

 今日は比較的参拝者が少なく、二人で他愛もない話をしていた。


「お爺ちゃんに聞いたんですけど、宮司さんって、薬草のこともくわしかったですよね」


「ええ。私は長野のド田舎育ちのくせに植物のことは全然だけど、うちの人は詳しいよ」


「大学に入ってから友達になった山上早紀って子がいるんですけど、ちょっと変わってましてね。写真が趣味で、一人で山へ行って植物やら鳥やらの写真を撮ってるんです。

 その子が物凄ものすごく薬草に詳しいんですよ。宮司さんと話が合うかも」


「へ~。一人で山にか…。うちの人も、やりそうだな。基本、一人が好きな人だから」


「そうですか~? 六人もの奥様に囲まれて賑やかなのに…」


「したくて、こうなっちゃったわけじゃないからね。ある意味、可哀そうかも。

 そういえば知り合いのお医者様夫婦が、今日、養老山に薬草調査へ行くって言っていたけど」


「あれ? その子、養老に住んでるんですよ」


「なんだ。その子に案内してもらえば、調査がはかどるかもしれないね」


「ちょっと、連絡してみよっかな?」


 美雪は更衣室からスマートフォンを持ってきて、早紀にメッセージを送信した。


 ――今、何してる? 私は神社でバイトだけど。


 すぐに返事が返ってきた。


 ――山にいる。今日は、鳥の写真撮ってます。


 ――宮司婦人の知り合いのお医者様夫婦が、今日、養老で薬草調査してるって!


 ――あ~、たぶん、さっきの人だ。二人でイチャイチャしてた。


 早紀からの返信を見せてもらった舞衣は、苦笑した。


「なにやってるのよ。あの二人は……」


 ――案内してあげなよ。


 ――めんどくさいから、ヤダ~! 向こうから聞いてきたら教えてあげる。


 ――それでいいよ。よろしく。


「彼女、人見知りだから、自分からは声かけないでしょうね。学校でも、いつも一人だから」


「そうなの? じゃあ、美雪ちゃんから声かけたんだね」


「はい。話してみると結構面白い子で、それで仲良くなったんです。

 ただ、マニアックですので、カメラとか、薬草とかの話になっちゃうと、チンプンカンプンなんですけどね」





 亜希子は、薬草には興味が無い。どれが薬草かも全く分からない。

 今日の同行は、ハイキングを兼ねてという旦那の申し出だからだ。


 けわしい山でもないが、人とはほとんど会わない。さっき、カメラをげた若い女の子とすれ違っただけだ。

 その子のカメラは、望遠レンズを着けた結構高価そうなカメラだった。


 夫婦二人で仲良く歩いていて、ふと、徹は、奇妙な臭いがただよって来るのを感じた。


「ねえ、亜希子さん。なんか変な臭いしない?」


 徹は手をつないで隣を歩いている亜希子にいてみた。


「うん、私もそう思ってたの…」


 亜希子も、周りを見渡しながら答えた。


 この辺りは岩場のようになっていて、大きな木は無い。細い赤松とススキが生えている。

 その、道横の草叢くさむらの奥から、なにやら妙な音が聞こえてくる。

 何かをすする様な音だ。


 徹と亜希子は、耳を澄ました。


「…姉者。ちょっと交換してくれよ。若い雌の方が美味いのじゃないか」


「そうか? どれ。なるほど。雄は少し硬いの。しかし、味は悪くはないぞ」


 奇妙な会話が聞こえてくる。生臭い臭いは強くなってくる。

 二人は、危険なものを感じ取った。


(この臭い、血じゃないか…)


 もう少し行くと、草木の切れ目がある。そこまで、そっと歩いて行く。


 草叢くさむらの向こう奥に、広くは無いが開けた場所があるようだ。

 覗くと、そこに、茶色い着物のようなものと袴のようなものを着た人が二人、後ろ向きにしゃがみ込んでいる。

 さっきの声からして、若い女性と思われるが、話し方が変だった。何かを食べているようだったが…。


 隠れながら、さらに少し道を進み、もう一か所の草木の切れ目から角度を変えて見てみる。二人とも、何かにまたがっている。


 …白い脚……。

 裸の人間?


 啜り食べているのは……。

 内臓?


 人が喰われている!!


 よく見ると、食っている奴等の頭には、奇妙なものがある。

 …角。鬼!


 徹は、つないでいる亜希子の手を引いた。逃げようと、目で合図する。

 亜希子もうなずき、後ずさる。

 しかし、亜希子は基本、ツイていない人だった。

 …落ちていた小枝を踏んでしまったのだ。


 パキッという枝の折れる音。

 二人の女鬼が同時に振り返った。

 口には、血がしたたる臓物がくわえられている。


 女鬼二人は、咥えた最後の臓物をズルズルっとすすり飲んで笑った。


「次の獲物じゃ」


 物凄い速さで鬼二人はダッシュし、亜希子たちの方に向かってくる。


「ひいっ!」


 小さな声を上げるのがやっと。亜希子と徹は、腰を抜かしてしまい、飛び出した女鬼に挟まれた。


 二人の前後に立ちはだかった女鬼。着物は血で汚れている。

 正面に立った女鬼の目が赤く光るのを、二人は見た。

 と、同時に、手足が動かなくなった。

 動かそうとするのだけれど、全く動かない。動けないのだ。


 亜希子と徹は、抵抗することもできず、二人の女鬼にそれぞれ軽々とかつがれ、運ばれてゆく。

 そして、先ほどの事件現場に降ろされた。


 そこで二人が見たモノ。それは、腹を裂かれた全裸惨殺死体……。


 さっき喰われていたのは、若いカップルだった。

 高校生くらいだろうか。きっと、デート中だったのだろう。

 二人のリュックと、引き裂かれた衣服が一纏ひとまとめにされている。

 つまり、このカップルは裸にかれた上で腹を裂かれ、内臓を喰われたのだ。


 自分たちも同じことをされてしまうのか…。亜希子も徹も逃げたいが、体が動かない。


「さてと、今度の雄は少し歳いっておるの。タエよ、もう少し大事に扱えよ」


「そうは言ってもな、カル姉者。腹も減っておったし、役に立たぬ者は喰うしかなかろうに」


 女鬼は姉妹のようである。妹はタエ、姉はカルというらしい。

 カルが徹に向かって口を開く。


「よく聴けよ。ヒトの雄よ。我らは子を産みに来た。そのための子種を求めておる。

 さっきの雄は全く役に立たなんだし、腹も減っておったから、喰うてしもうた。

 其方そなたもそうなりたくなければ、我らと交わり、子をさずけよ。

 さすれば、其方そなたは我らの子の父親となる。悪くは扱わぬぞ」


 徹は死体となっているカップルを改めて見た。逆らえば、こうなるということだ。


「雌の方は要らぬから、次の食料じゃな。まあ、この通り満腹じゃによって、しばらく飼っておくとするか…」


(亜希子さんが食料?)


 徹は、発言したカルをキッとにらみつけた。


「冗談じゃない! 愛する妻を喰うなんて言う奴らと交わえるか!

 喰うなら俺から喰え。絶対に子種なんか、くれてやらない!」


(徹さん。カッコイイ! でも、あなたを死なせたくない)


 そう思いながら、亜希子は気が付いた。


 徹はしゃべっている…。手足が動かなくなってしまい、パニックになっていた。口は動くし、話せることに、気が付かなかった。

 悲鳴でも上げていれば、誰か助けに来てくれたかも……。


 いや、この付近には人はいない。人家も無い。無駄に鬼を刺激するだけだと、考え直した。

 自分はともかく、徹を、助けるためには、鬼の言う通りにするしかない。女鬼と交わるように言おうとした。

 が、亜希子が口を開く前に、鬼の姉が提案をした。


「ならば、其方そなたが我らに子種を授け、無事子が出来れば、二人とも命は助けてやる。これでどうじゃ? 我らも子種が無いと困るからの」


 この条件なら、二人とも助かる可能性がある。

 約束が守られる保証は無いが、飲む以外に道は無い。


「徹さん!やって!」


「で、でも、君の前で他のモノと交わるなんて!」


「何言ってるの!そんな場合じゃないでしょ! 殺されちゃうのよ。貴方あなたも私も!

 奈来早神社のこと、知ってるでしょう!

 宮司には何人も妻がいて、みんな一つの部屋で合同セックスしてるのよ。それと同じようなものと思いなさい!」


 躊躇ちゅうちょする徹に、亜希子は必死に説得を試みた。手足が動かないのが、もどかしい。


「で、やるのかい? やらないのかい?」


 タエが少しイラつきながらいた。

 徹は、仕方なく了承した。

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