第53話 新婚旅行の夜1

 駐車場を出て、予定より早いが宿に向かう。

どこでも人に囲まれてしまうので、行くところが無いのだ。


 神宮会館でも泊まれるのだが、ここでは他の宿泊客に迷惑をかけてしまう。その為、鳥羽の方の、慎也お薦めの民宿を借り切っていた。

主人が漁師もしていて、美味しい魚が食べられる宿だ。

 家族経営の小さな民宿なので、借り切ることも可能であった。


 宿に着く早々、ここでもサインを求められた。またあの雑誌を見せられ、全員の、ということである。

 慎也たちは、快く応じた。


 ゆっくりと入浴を済ませ、夕食までの時間。…時間は、たっぷりある。

 恵美はスマホを操作し続けている。

 沙織が話しかけた。


「何してるの?」


「う~ん。ちょっと、大変なことになってきたかも~」


 皆が恵美に注目する。

 舞衣の眉が、またピクついている。


「前のバカ雑誌の性悪記者、雷に打たれて、重症だって~。

冗談だったのに、ホントに神罰下っちゃったね~」


 祥子を除いた女性陣は、一斉にスマホでニュースやSNS投稿を見始めた。

 携帯を持たない祥子と、ガラ携の慎也は、見たくても見られない。キョロキョロ周りを見渡すしかない。


「あ、伊勢神宮のも出てる! 瑞雲って言うんだ、あの綺麗な雲!」

「ホントだ、奇跡が起きたって、出てますよ」


 杏奈と環奈が、嬉しそうに舞衣に見せに来る。

 慎也と祥子も、それを覗き込んだ。

画像付きで投稿されている。

 動画もアップされていた。


「やだ、私たち、しっかり映ってるじゃない……」


 舞衣が瑞雲を背に石段を下ってゆくところも大きく映っている。(舞衣を中心に撮られていた…)


「コメント凄いよ~。バカ記者に神罰覿面てきめんとか~、舞衣様は神様に認められたとか~。伊勢の大神様が舞衣様に降臨とか~……。

否定的なのが一切無くなったね~」


「これは、神社の方も大変かも。田中さん。大丈夫かな……」


 社務所は貼り紙をして閉めてあるが、田中総代が見回りをしてくれているはずだ。

急に参拝客が押し寄せれば、面食らうだろう。


「どこ行っても人に付きまとわれるし、明日は早めに帰ろうか……」


 慎也の言葉に、皆うなずいた。


「しかし、正妻殿は毎日こんな生活をしておったんじゃろう?

芸能人というのも、大変なモノじゃのう」


「いや、いや、いや…。ここまでは、ありませんでしたよ。

今の方が、ずーっと大変なことになってます……」


 舞衣は、苦笑した。

 確かに、そうかもしれない。芸能人どころでは無い。

 今の舞衣は、神様扱いされそうな勢いだ。


 皆の笑顔の中、恵美のスマホが鳴った。

 恵美は画面を確認し、その場でぐにつないだ。


「は~い。尾賀で~す。

……あ、この度は大変お世話になりました~。

……ごめんなさい~。また騒ぎおこしちゃいました~。

……あ、は~い、今、新婚旅行中なんですよ~。

……ええ、あ~、いいですよ~」


 今朝の雑誌の、記者のようだ。

みんな話をやめて恵美の方に聴き耳立てた。


「え~っ、また載せてくれるんですか~。

……はい~、大丈夫ですよ~。よろしくお願いします~。

あ、主人いますので、ちょっと替わりますね~」


 恵美はウインクしながら、スマホを慎也へ渡した。

 説明無しで、いきなり替わられても困るが……。


『あ、御主人様ですか。週刊未来の影山と申します。お世話になります』


「いえいえ、こちらの方こそ、お世話になってます。

記事、有難うございました。

別の雑誌に変なこと書かれて困っていたんです。助かりました」


『いやいや、こちらは、事実を正確に書かせて頂いただけですので。

で、先ほど第三夫人の許可は頂いたのですが、新婚旅行の顛末てんまつ記事を次号に載せさせて頂きたく、宜しくお願いします。

内容に関しては、第三夫人にしっかり確認して書かせて頂きますので』


「あ、そういうことですか。了解です。よろしくお願いします。

…あ、ちょっと待ってください」


 舞衣が手を出して替わるよう催促するので、スマホを渡した。


「妻の舞衣です。この度は、お世話になりました。ホントに助かりました。

感謝しています。有難うございました」


 電話の向こうから、上ずったような声がもれてくる。

たぶん、この記者は、舞衣のファンだったのだろう。

 再び恵美が替わり、暫く打ち合わせのようなことをして切れた。

 スマホを持ったまま、恵美が周りを見渡した。


「ということで~、よろしいでしょうか~。皆さま~!」


「もちろん!」


 なごやかな笑みに包まれた。

 杏奈と環奈が、恵美に抱き着いている。


「いつも、いつも、やらかしてくれますよ。は。

よし、今晩は、俺からのご褒美だ」


「え、何もらえるんですか~」


「フィンガーアタック!」


 恵美が固まる。


「それ、ご褒美じゃない!」


 また、笑いに包まれた。



 夕食の時間。真奈美も同席だ。これは、舞衣の提案である。

 恵美は最初抵抗したが、恵美の母親なら自分にとっても母同然で、仲良くしたいとの舞衣の主張。

 舞衣は、幼い頃に両親を亡くしている。

その舞衣に、そんな理由で懇願されてはあきらめざるを得ない。渋々、恵美も同意した。


 十二畳の部屋に長机が置かれ、料理が並べられた。

舟盛が二つ、伊勢エビの刺身も付いている。

 坐る順は、奥から手前へ舞衣、慎也、真奈美、恵美。反対側に環奈、杏奈、沙織、祥子。

 新婦たちは妊娠中であり、慎也の酒の相手をするということで、祥子が真奈美と場所を代わったのだ。

 恵美は、それに対しても図々しいと文句を言う。が、真奈美は気にしない。


 美味しい料理で話も弾む。

 真由美は、けっこうハイペースで飲んでいる。イケル口のようだ。


「母様、飲みすぎ~! 運転手ってこと、忘れないでよ~!」


「わかってますよ~。残るような飲み方しないよ~」


 いつもの恵美のような話し方になってきてしまっている。


「そ~れにしても、あ~の恵美が、もう結婚~。あ、結婚はしてないのかな~?

でも、もう妊娠って、信じられないわね~。

小さかった頃はと~っても可愛かったのよ~。

それが、もう、こ~んな小憎こにくたらしい子に育っちゃって~。

誰に似たのかしらね~」


「あなたです~。あなた~!」


「親に向かって、あなただなんて~。

いつまでもオネショ治らなかったような子が生意気ね~」


「あ~っ、もうやめてよ~!

そもそも、新婚旅行に母親が付いてくること自体、異常ですからね~。

遠慮ってものが無いの~?」


「だから~。私は運転手ですってば~」


「運転手なら、この席にいるのがおかしいでしょ!

とにかく飲みすぎです~!

慎也さんも、このあとに差し障るから~!」


「ん~? このあと~?」


「新婚旅行の夜って言ったら、決まっているでしょう。

セックスです。セックス~!!」


 真奈美は思わず噴き出した。


「も、もう、この子ったら~、開けっ広げというか~、品が無いというか~……」


「言い方変えたところで、セックスはセックスなの~!

慎也さんは六人相手しないといけないから、もうダメ~!」


「へ……。六人?」


「当たり前でしょう。ここには六人の新妻がいるの~。

私たちは、みんな平等な扱いだから~、み~んな一緒にセックスするの~!」


 再び、真奈美が噴いた。


「み、みんな一緒って、どうやって……」


「なに~母様、見たいの~? じゃあ見てけば~? セックスしてるところ~」


 この一言には、さすがに皆が引いた。

 誰も、何も言おうとしないので、仕方なく代表して慎也が口を開いた。


「あ、あの、恵美さん?

いくら何でも、娘さんとの、なんだ、それをお母様にお見せするというのは、どうかと思いますが……」


 見ていけと言われた真奈美も、当然、そんなこと出来るはずはない。


「え~と。その~、私も他人様のは勿論もちろん、娘のイタスところなんて見たいとは思わないから…。

皆さん、じゃあ、まあ、頑張ってね……」


 真奈美は、逃げるように退出してしまった。


「よし、追い払った~!」


 恵美は一人、ガッツポーズをしている。

 楽しい親子漫才が終了した。

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