第52話 伊勢名物

 昼食は、祥子リクエストの伊勢うどん。それに、やはり伊勢名物の手捏てこね寿司の、セットの予定。

 普通に店に入ると、騒ぎになるのは目に見えていたので、先に沙織が店を貸し切り状態にしていた。

 もちろん、公安からの口添えで可能になったこと。

権力の力、恐るべし…。あ、いや、それなりの迷惑料も支払っているのであって、特段問題になることも無いか…。


 沙織からの電話で場所を聞き、指定の店に入った。

 警備関係者も、ここで昼食。

 奇異の目を向けられるのを気にしなくてよいのは有難い。


「ところで、祥子さんは初めての伊勢だけど、みんなは、どうなの?」


 慎也の問いに、まず舞衣が興奮気味に答える。


「私も初めて!すごかったよね。さっきの!」


「いや、あれは、特別でしょうに!

あんなの、普段じゃ、絶対ありませんからね。

で、私たちは、今回が二度目です」


 沙織が答えた。


「私は何回かあるよ~。家、神社だし~」


 恵美の答えに真奈美もうなずいている。


「ということは、舞衣さんは、伊勢うどんも初めてなわけだ」


「そうですよ。でも、うどんでしょ? 何か違うの?」


 舞衣以外の、みんなが、ニヤッと笑った。

 悪戯心いたずらごころが湧いてくる。

 祥子も食べるのは初めてだが、どういうものか知っている。

 標的は舞衣だ。


「うどんの概念がひっくり返るわよ~」


 ニヤニヤしながら言う恵美に、皆、うなずいて同意する。


 すぐに『うどん』が運ばれてきて、舞衣の前に置かれた。


「な、ナニコレ! 太いし、具は葱だけ? おつゆは?」


 皆の前にも運ばれてくる。


「正妻殿。つゆは、あるぞよ。この下じゃ」


 祥子が箸で麺を少しどけると、麺の下に真っ黒のドロッとした黒い液体が溜まっていた。

 見せられた舞衣は絶句した。


(うっ、どうやって食べるのこれ? こんな濃いつゆ、からくないの?)


 舞衣の、言葉にならない疑問を察知して、


「ほれ、こうして、混ぜて食べるということじゃぞ。お先に失礼」


 祥子が、うどんを混ぜてつゆ(というか、タレ)をからめ、一啜ひとすすりした。


「お~う、美味い!」


 祥子を見て、舞衣も、うどんを混ぜる。

 皆に注目されて食べにくそうにしながら、一啜りした。


(…う、軟らかい…。ブヨブヨで腰が無い……)


「こ、これうどんですか? うどんの命、腰が全く無いんですけど……」


「これが伊勢うどんだよ。日本一、腰の無いうどん。

昔、伊勢参りの人に、すぐ出せるように茹でて用意していたんだって。

温めてタレをかけるだけで、すぐ出せる。

おまけに軟らかくて、長旅に疲れた人の胃にも優しい」


 舞衣の定番反応に満足し、慎也が説明した。


「うどんとは認めたくないけど……。これはこれで美味しいかも」


 舞衣も、まあ、気に入ったようだ。もちろん、祥子も。


 手捏ね寿司も運ばれてくる。

 鰹の刺身をタレにつけた物を寿司飯に乗せた物、正確には伊勢でなく、志摩地方の漁師料理だ。


「私、これは初めてです。…あ、美味しい!」


 沙織が一番に箸をつけた。杏奈、環奈も続いた。


「ホントだ」

「美味しいね」


「このあと、赤福も食べるのかな? そんなに入る? 祥子さん」

と、慎也が問う。


「そうじゃのう。買って帰って、後で食べた方が良いかのう。店ではゆっくり出来んじゃろうからの」


 もっともである。

 特に赤福本店前は一番目立つ。よって、山本姉妹が買ってくることになった。


 慎也グループは、慎也のもう一つのお薦め、『二軒茶屋餅』を買って、車に戻ることにした。

 以前は二見街道沿いの本店に行かなければ買えなかったが、おかげ横丁が出来てからは、ここでも買えるようになったモノだ。

 中にあんが入っていて、表面に黄な粉がまぶしてある。店は天正三年の創業というから、江戸時代より前。江戸中期の宝永四年創業「赤福」よりも、歴史がある。

 慎也自身は、赤福より、こちらの方が好みであった。

 慎也以外のメンバーは知らない物であったが、慎也の説明を聞いて、皆も関心を示した。警備の警官までも…。

 定番の赤福も良いが、やはり地元をよく知る者が薦める隠れた名品となれば、買って帰って自慢できる品となる。

 難点は日持ちしないことだが、これは赤福も同様だ。


 山本グループを先に送り出そうとしたが、店の前に人だかりが出来ているという。

舞衣たちが入るのを見ていた人が、出待ちしているのだ。

 やむを得ず、先に慎也グループが出て引付け、頃合いを見て裏口から山本グループが出ることにする。

 この相談がまとまったのを見計らうように、店の女店主が、おずおずと色紙を出してきた。


「あ、あのう。もしも宜しければ、サインをお願いできないでしょうか?」


「私ですか?」


 舞衣が反応したが、店主の答えは意外なものだった。


勿論もちろん、高橋さん、いえ、ご結婚されたから、もう高橋さんじゃないのかな?

 舞衣さんも、勿論なんですけど、皆様の……」


 皆、訳が分からないという顔をしていると、店主は、今朝の、あの雑誌を出してきた。


「読みましたよ。皆さまを応援しています!」


 一同、納得した。

 ただ、サインと言われても、どう書けば良いのやら……。


 舞衣の指示で、まず、中央に慎也が書く。

 筆ペンで縦書きに姓名。

 右隣に舞衣が「第一夫人舞衣」、左隣に祥子が「第二夫人祥子」、舞衣の隣に恵美が「第三夫人恵美」、そして、祥子の隣に沙織が「第四夫人さおり」(あえて平仮名にした)と記した。


 嬉しそうに色紙を抱える女店主に礼を言い、店を出た。

 店を出るなり「オ~」と歓声が上がる。そして、慎也グループの後には、人の集団が付いて回る。

 動きにくいこと、この上ないが、山本グループが先に車に乗り込むまで、我慢するしかない…。

 買い物をし、集団を引き連れながら、おはらい町をブラついた。


 沙織からOKの電話が入り、駐車場へ向かう。

 当然つきまとい集団は警備員に止められ、駐車場には、入ってこなかった。

 これも見越して、この駐車場を選んだのである。市営の平面駐車場にとめていたら、恐らく車は囲まれてしまっていただろう。

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