第32話 珍客

 五月二十一日。


 慎也は、まだ暗い内に目を覚ました。


 彼は、いつも起きるのが早い。まだ寝ている二人を起こさないように、一旦自宅へ戻って朝食の準備をした。


 先に一人で朝食をすませ、神社へ戻ると祥子が起きていた。

彼女も起きるのは早い方だ。

 舞衣を起こして二人で自宅へ行かせ、朝食を済ませてくるように言う。

 その間に、お守りを作る。

 戻ってきた祥子も手伝って、今日の分を確保した。


 一日分の数量を当分限定することにし、舞衣が受付に坐る時間も限定したので、昨日ほどの社務所受付の混乱は無かった。

 しかし、参拝客は確実に増えている。昨日よりも…。


 忙しいのは嬉しいこと。

そうではあるが、本来慎也は騒々しいのが嫌いで、一人でいるのが好きな質である。


 ……疲れる。



 夜は、今日は自宅で。

 布団を並べて、慎也が真ん中。


 両側から求められて…。

 昨日と同じ展開……。


 最後は、やはり、手をつないで就寝したのだった。





 五月二十二日。


 慎也が目を覚ますと、先に祥子が起きていた。朝食準備をしている。

 ご飯をまきで炊き、味噌汁はガスで。しっかりと使い方をマスターしてしまった。

流石さすがだ。


 舞衣も起きてきて、今日は三人そろっての朝食となった。


「いただきます」


 一口、味噌汁をすする。


「う、美味うまい」


「ほんと、美味おいしい」


 これは驚いた。絶品だ。

 祥子の料理の腕は天下一。もう、こちらの食材も器具も、使いこなせるようになってしまっている。


「う~ん。これを食べてしまうと、他の人の料理が食べられなくなってしまうな……。

でも、舞衣さんの手料理も食べてみたいけど」


 舞衣は、何度も大きく首を振った。縦ではなく、横へ。


「とんでもありません。私には、こんなに美味しく作る自信ありません。

料理は祥子さんに、全て、全面的に、一切、完全に、お任せします」


「よし来た。任されたぞよ」


 舞衣にとっては、前からそう考えていたこと。

実は料理下手なんて知られる前に、全委任するに限る。

 祥子も嬉しそうにしているので、これが一番だ。




 さて、朝食を終え、慎也は先に神社へ行こうと準備をしていた。

 そこへ、外から元気な呼び声がした。


「おっはようございま~す!!」


 はかま穿いているところだった慎也に代わり、舞衣が応対に出る。


「あ、あら、あなたは」


「どうも~。舞衣さんも無事に戻れたようで~。

それから入籍もなさったそうで~、おめでとうございます~」


 この、間延びした変な話し方は、仙界で出会った、恵美である。

それに、双子と、その姉もいる。

 …神子かんこの巫女たちだ。


「あ、ありがとう」


 なぜ一昨日入籍したことを彼女が知っているのか。

舞衣は何やら不吉なモノを感じながらも、祝いの言葉には、礼を言って頭を少し下げた。


「旦那様は~、いらっしゃいますか~?」


 自分が呼ばれているのが耳に入り、袴を穿き終えた慎也が出てゆくと、四人の美少女が横一列に並んでいる。


「おっはようございます~。

美少女レイプ妊娠事件被害者の会の~、四人で~す」


 いきなりの『御挨拶』で、慎也も舞衣も微妙な表情だ。

 聞き覚えのある声を聞いて、祥子も出てきた。


「向こうでも自己紹介しましたが~、改めまして~、尾賀恵美と申しま~す。

こちらは山本姉妹。長女の沙織と~、その双子の妹、杏奈ちゃん、環奈ちゃんで~す。

ちなみに、この三姉妹は~、現内閣総理大臣、内藤権兵衛氏のお孫さんで~す」


 ・・・・・。


「へっ?」


 一瞬固まり、舞衣は勢いよく振り返る。

 後ろで、同様に固まっている慎也、さらに祥子とも、顔を見合わせた。


「な、内藤総理の……、お孫さん!?」


 恵美の方に向き直って言う舞衣に、恵美が一枚の写真を手渡した。


 慎也と祥子も駆け寄り、慎也がそれを受け取る。


 写真をのぞき込む。


 ……この三姉妹が写っている。

 そして、その後ろにもう一人、見覚えのある顔。

内藤総理で間違いない。

 

 内藤総理の手は、沙織と並んだ双子の肩を大きく抱くように添えられている。

にこやかな笑顔。背景は首相公邸か?

 総理の両脇には中年の男性と女性。

これは、山本姉妹の両親だろうか。


 まさに、家族写真といった一枚である。


 ……間違いない。苗字が違うということは、他家に嫁いだ娘の子供ということか。


 両手で口を押えて絶句している舞衣に、祥子が耳打ちした。


「何だか、ややこしいことになってきたぞよ。

内閣総理大臣というのは、今の世の最高権力者であろう?」


 呆然ぼうぜんと立ちすくむ三人に、整列した美少女の左端、恵美から発言があった。


「あの~。立ち話もなんですから、上げてもらえます~?」


「は、はいっ!

あ、では、あちらの玄関からどうぞ。

あっと、舞衣さん、お茶…」


「は、はい、只今」


 慎也は大あわてで普段あまり使用しない母屋玄関へ案内し、こちらも普段使っていない母屋の座敷へ、丁重に通した。

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