第31話 入籍日

 五月二十日。大安、快晴。


 慎也と舞衣は、無事入籍した。


 証人には、田中総代夫妻になってもらった。


 昨日に続いて午前のみの授業だった田中の孫=美雪も、学校から神社に直行してきた。

昨日は寄り道していて帰宅が遅くなり、神社に来ることが出来なかったのだ。


 美雪は舞衣にサインをもらい、握手してもらって大感激。

 ただ、祥子を見ると睨んでいた。舞衣のライバルと思っているようだ。


 舞衣が誤解を解こうとするが、まさか仙界での話をすることもできず、いくら仲良しと話しても、美雪は不審げだ。



 その後、午後からではあるが、神社の社務を再開した。

 といっても、もともと、ほとんど参拝者のいない神社。掃除くらいしかすることが無い。はずだったが…。


 なぜか、今日は人が多い……。


 境内の掃除をしている慎也を、みんな遠くから見て、ヒソヒソ話をしている。

非常に居心地悪い。

 仕方なく、早々に切り上げて社務所に戻った。


 社務所内では舞衣と祥子が拭き掃除をしている。

溜息ためいきをつく慎也に、舞衣が首をかしげた。


「どうしました?」


「いや、居心地が悪くて……。

なんか、やたら人が多い。でも、遠くから見てるだけで、こっちには来ないし……」


 どういうことか?

 舞衣が外の様子を見ようと社務所の受付口から顔を出すと、その瞬間、キャーという歓声が上がった。

 そして、五人の女子高生が走り寄ってきた。


「私たち、ファンなんです!」


 舞衣も対応に困る。もうアイドルを引退した身だ。ファンと言われても……。


「え~と。どうしたものかな……」


 慎也を見ても、困惑顔。

 祥子は、知らん顔だ。


「芸能界は引退しまして、ここの神社に嫁いできました。

だから、もう高橋舞衣じゃなくて、川村舞衣になりました。

これからも、お参りに来てね」


 ニコッと笑う。

 …その破壊力抜群の笑顔!


 五人の目には、一気にハートマークが点灯した。


「はい、来ます! あ、あの、お守り頂けますか?」

「私も!」

「私も!」……。


 今までほとんど出なかったお守りが売れた。


 そして、どんどん人が集まってくる。

 次々お守りが出て行く。


(い、いかん。売り切れてしまう)


 …通常、お守りは専門の業者に発注して作ってもらうことが多い。

 しかし、この神社では年に十数体しか出ない。

 業者に発注するには、百体とか二百体とかいった、ある程度まとまった数からでないといけない。

このため、慎也はお守りも自分で作っていたのだ。

 彼は手先が器用で、そういったことをするのに苦労は無かった…。


 幸い、お守りの材料は、まとめて買ってあった。


「祥子さん、手伝って!」


「よ、よしきた」


 あわてて二人で作り出した。

 祥子も器用である。千年間、糸つむぎから機織り、籠造りに建物修築まで、全て一人でやってきた鉄人だ。


 しかし、外にはどんどん人が集まってくる。お守りは次々出ていく。

出来たお守りは、拝殿でお祓いもしなければならない。

 大パニックだ。


 異変に気付いた田中総代も慌てて駆け込んできて、手伝った。

孫の美雪も加わる。


「宮司さんよ。これは、業者に頼まんと、もたんぞ」


 だが、発注してもすぐには納品されない。

しばらく大変なことになりそうだ。




 午後六時。

 通常の二時間遅れで、社務所を閉めた。


 どっと疲れが出て、皆へたり込んでしまった。

 これから毎日こんな状態になるのか?

 とても、身が持たない。


 とりあえず、神社用品を扱う会社の「授与品カタログ」を出してきて、どんなお守りを注文するか五人で協議した。


 錦のお守り、交通安全、神札…。


 美雪は、縁結びを提案。

 舞衣と祥子は安産守り。…これらは、自分たちが欲しいのか…?


 とにかく、何種か選び、すぐに発注した。


 あと、舞衣が受付に坐っていると人だかりになる。

 よって、舞衣の坐る時間を限定することにした。



 皆疲れているだろうからと、田中夫人が、肉ジャガや野菜炒め、味噌汁を作って持ってきてくれた。

 社務所でも簡単な調理は出来るようになっている。晩年の先代は、ここで寝起きしていたからだ。

 ご飯を炊き、味噌汁を温め直し、田中夫妻に孫の美雪も加わって夕食会になった。

 もちろん神社でのこと。お神酒もある。

慎也が、お世話になった田中にお酌する。


 美雪は、舞衣の隣に坐れてご満悦の表情。

但し、本心は少し複雑だった。

 実を言うと、美雪は、慎也に対してほのかな恋心を抱いていた。

それで、よく神社に来ていたのだった…。


 その慎也がいきなり結婚というのは、大いにショック。

 ところが、相手は、彼女が大ファンの高橋舞衣というので、ビックリ仰天!


 今、隣には、そのあこがれの舞衣が坐っている。

 舞衣と、こんなお近づきになってしまうなんて、想像もしていなかった。


 慎也のことは、自分が舞衣にかなうはずもなく、あきらめる以外に無い。


 失恋といえば失恋であるが…。


(これはこれで、幸運かな?…)



 祥子が田中に、続けて酒を注ぐ。

 美人にお酌されて、田中の鼻の下が伸びている。


(後で奥様に叱られても知らないぞ)


 慎也の心配の中、祥子自身も、田中に注いでもらって飲んでいる。千年ぶりの日本酒だ。

 …いや、もしかすると、帰ってきた日に飲んでいたのかもしれない。スルメを肴に…。

 しかし…、


(あれ?ちょっと待て、妊娠中じゃないか!)


 慌てて慎也は、祥子から酒を取り上げた。



 入籍日でもあり、披露宴替わりの楽しい夕食会になった。





 田中夫妻と美雪は帰り、三人だけになった。

 自宅に戻るのも面倒なので、今日は社務所に泊まることにした。


 幸い、潔斎所けっさいしょもある。

 潔斎というのは、体を清めるということ。本来は水を被るのだろうが、実際のところ、潔斎所というのは、お風呂だ。

 が、狭いので、一緒に入ることは出来ず、順番に入った。


 押し入れには、丁度布団ふとんが三組あった。


 並べて敷いて。就寝。


 昨日も一部屋で布団を並べて寝た。皆疲れていて、何もせずに寝てしまった。

 今日も疲れている。お酒も入っている。

 このまま寝ようと思った。

 慎也は…。


 しかし、真ん中で寝ている慎也の右手を舞衣が引っ張った。

 同時に、左手を祥子が引っ張った。


「慎也さん。今日は入籍日ですよ。

 そ、その、結婚初夜みたいなものだから…」


「ワラワも、相手してもらいたいぞよ」


 両方からせがまれて、どうすればよいのか……。


 仙界でも三人一緒だった。だから、彼女らはそれが普通になってしまっている。

 とりあえず祥子を待たせ、舞衣を引き寄せた。


 唇を重ねる。

この世界に戻ってきての初めての交わり…。


 二人はつながった。


 そして舞衣の中に、慎也の精がタップリと注がれた。

彼女を十分満足させつつ……。


 続いて、左側の祥子だ。

 唇を重ねる。舌をからませる。


 そして、彼女ともつながり、彼女の中にも精が注がれた。

やはり、十分満足させつつ……。



 三人は手をつないで、そのまま眠りについた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る