第17話 一人目の神子の巫女2

 舞衣が落ち着くまで待っていた祥子が、二人のところへ寄った。


「舞衣よ、そろそろ説明したいのじゃが…」


「ご、ごめんなさい、私ったら! そう、そうよ、美月! 何で、あなたなの?」


 何でと言われても、美月には何のことか理解できない。


「舞衣さんが、お婆様のところへ行くって言っていなくなったって、冬木プロデューサーから聞いて。でも舞衣さんのお婆様、亡くなっているでしょ。それ、自殺するってことじゃと思って、びっくりしちゃって。

前に聞いてた長野のご実家に行こうってあちこち探して、おうち見つけて。鍵が開いていたから入ったら…」


「ここに送られちゃったのね……」


「ここどこですか? その人たちは? それに舞衣さん、その着物なに?

……そ、その、透けてますよ」


 最後は小声で、美月は畳みかけた。


「透けてますよ」と言われても、今更、舞衣はどうとも思わない。

それよりも、どう説明しようか悩む舞衣に替わり、祥子が進み出て話し出した。

 何しろ、約六十年毎に千年の間、こんなことを繰り返しているのだから…。


 自分の名前。千年超す年齢。ここは仙界という異空間。警察も病院も灯りも何も無い。食料も衣服も、何もかも自給自足。

そして美月が『神子かんこの巫女』に選ばれたこと。

神子かんこ』は世を救うという存在で、その神子かんこを美月が産まなければならない。

そのために、慎也と交わって妊娠しなければならない……。


「は、……は?!

ま、舞衣さん……。この人、気は確かなんですか?」


 美月は、祥子を指差して、舞衣に詰め寄った。


「え?」


 指を差して「気は確かか」とは、かなり失礼である。その上、続ける。


「バカじゃないですか? 何で私があんなのとセックスして、妊娠させられなきゃいけないんです! おかしいでしょ!」


 今度は、慎也を指差して非難する。


(…おいおい、「あんなの」呼ばわりかよ)


 慎也は突っ込みたいところだが、飲み込んだ。

祥子もバカ呼ばわりされて平然としている。まあ、慣れているのだろうが。


 舞衣は憮然ぶぜんとしている美月の両肩をしっかり持ち、真正面から見つめた。


「美月! これは冗談じゃないの!」


「ま、舞衣さん?」


「はい!」


「…マジですか?」


「マジです!」


「私、に、あの男と、しろと…」


「そうです。そうしないと帰れない!」


「私、バージンですよ」


「私も、でした」


「じゃ、じゃあ、舞衣さんも、したの?!」


「しました。何度も。今日も、これからします」


「気は確かですか?」


「確かです」


「ホントに?」


「本当に!」


「………」


 間近で見つめ合いながら簡潔な会話が進み、そして、美月は絶句した。

 まあ、こんなこと、すぐ信じる者は、いないだろう。


「舞衣よ。もう良いではないか。説明はした。交合したくなければ、それはそれで良い。帰れないだけじゃ。どうするかは自由じゃ。後は自分で考えよ」


 熱くなる舞衣と対極に、祥子は淡々として言った。

 真っ暗でひもじい夜を一晩過ごせば、誰でも帰りたくなる。今まで、皆そうであったのだ。この場で、すぐに結論を出させる必要は無い。


 そんな祥子に、舞衣はおずおずと尋ねた。


「あ、あの…。ひとつ疑問に思ってたんですけど、過去に帰れなかった人っているんですか?」


「ここに居るではないか」


 祥子は自分を指差す。


「そうじゃなくて、その…、セックス拒否したり、祥子様以外に妊娠しなかったりで……」


「ああ、おるぞ。妊娠しなかったのはワラワだけじゃがな、拒否した者は二人居った」


「その人たちは、どうなったんですか?」


「死んだ」


「えっ……」


 祥子以外の三人はギョッとして祥子を見つめた。


「ここでは、老いないのじゃないの?」


「ああ、そうじゃ。老いぬぞ。あの二人は自殺したのじゃ。

どちらも、東の海に身を投げおった。

魚が通ってくる抜け道から帰ろうとしたのかもしれぬ。

バカな奴らじゃ。海の中の、どこにあるのか、常時開いているのかも分からん所から帰れるものか。

飢えた魚のえさになってしもうた」


「さ、魚の餌……」


「魚も生きていたいのじゃ。食えるものがあれば、何でも食う。

其方そなたらも気を付けよ。うかつに海に入ると、魚に食い殺されるぞ。

穴という穴から体内に入り込んできて、中から喰われてしまうのじゃ。えげつないぞ。

…さあ、そろそろ」


 再度祥子に促され、舞衣と慎也は「交合の間」に向かうことにした。


 改めて祥子に自由にしろと言われた美月は、少しその場で考え込んでいたが、


「私も行って良いですか?」


と舞衣を追うように駆け寄ってきた。

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