第16話 一人目の神子の巫女1

 四月二十六日。


 この日も、いつも通り。巫女は、まだ来ない。


 二十七日、二十八日、二十九日、三十日。やはり来ない。


 祥子によると、今まで大抵五人程度だったとのこと。少なくても四人。それも、こんなに待たされることも例が無いとのことだ。




 五月一日。

 やっと、一人送られてきた。最初の『神子かんこの巫女』だ。


 それは畑での収穫が終わって、交合の準備に入っていた時だった。

突如、白い光が現れ、光が消えると同時に一人の女性が立っていた。


「あ、な、なに? どうなったの?」


 慌てた様子の女性…。彼女を見て、慎也は、おや?と思った。


 どこかで見覚えがある…。

 たしか、舞衣と同じアイドルグループに所属する……、

そうだ、細田美月!


 祥子と雰囲気的に似た感じの少しキツメの顔立ちは、ファンから目力めぢからが強いと表現されている。髪型はショートボブだ。

舞衣ほどでは無いにせよ、人気者の美女である。


「あ、ま、舞衣さん! 無事だったんですね。探していたんですよ!」


 美月は舞衣の姿を視認し、嬉しそうに駆け寄る。


 しかし、その美月が向かう先の舞衣は……。

美月の顔を見て、目つきが変わった。明らかに不機嫌になる。

いや、それを通り越して憎しみが目に宿る。


 嬉々として舞衣の手を握ろうとする美月。

 そんな彼女に、舞衣は、強烈な平手打ちを食らわせた。


 パシーンと、響き渡る鋭い音!


 張り倒されて崩れ落ちたまま、打たれたほおに手をやり、呆然ぼうぜんとする美月。その目からは、みるみる大粒の涙があふれてくる…。

 美月には、こんな仕打ちを受ける理由に全く覚えが無いのだ。

 舞衣は、敬愛する先輩であり、妹分的な立場を認められて、いつも一緒に居たはずなのに…。


「ひ、ひどいです。舞衣さん! なんで?」


「なんで?ですって! 白々しい!」


「わ、私が何をしたって言うんですか!

ずっと心配して、ご実家まで探しに来たのに!」


 突然始まったアイドルのバトルを、呆気あっけに取られて見つめる慎也と祥子…。


「ふ、ふざけるんじゃないわよ!」


 さらにもう一発、引っぱたこうとする舞衣を、慎也が羽交はがい絞めにして引き止めた。

 美月は、完全に泣き崩れている。

 じっと美月の目を見つめていた祥子も、舞衣の前に立ちはだかった。


「待て待て、この子、素直な良い目をしておる。悪い子には見えぬぞ。いったい、何があったのじゃ」


 羽交い絞めにされたままの舞衣も、悔し気に涙を流している。


「この子は、私を裏切って下剤を盛ったの!

おかげで私はコンサートの最中に粗相してしまって…。

そ、それで、私は引退したのよ!」


「ええーっ、わ、私そんなこと、してません!

するはずないじゃないですか!尊敬する舞衣さんに!」


「まだ、そんなこと言うの! もう許さない!」


 再度、美月に攻撃を加えんと舞衣は力を入れるが、慎也がガッチリ抱え込んでいて離さず、動けない。


「舞衣さん、落ち着いて!冷静に! 詳しい状況を話して!」


 慎也の大声で、やっと舞衣は力を抜いた。


 慎也が舞衣を解放すると、その場でペタッと彼女は坐り込む。そして項垂うなだれながら話し出した。

 美月に渡されたジュースを飲み、下してしまったこと。トイレ内で、舞衣に敵対する三人にびを売る美月の声を聞いたことを。


「そ、そんな…。あの時私は、スミレちゃんに、舞衣さんの分って言われたのを渡しただけです! それに、私があの三人に媚びを売るなんて、絶対ありえません!」


「何だか、えらい行き違いがあるようじゃな。少し待て」


 祥子は一旦部屋を出て、直径二十センチくらいの水晶玉を持って戻ってきた。

 これは、宝珠…。

 慎也と舞衣の儀式を盗み見していたという、例の玉である。


「過去を見るのはなかなか難しいがの、当事者二人がおるから、何とかなるじゃろ。よく見ておれ」


 祥子は宝珠に手をかざした。

 念をこめる。


 宝珠が光りだした。

 そして、映像が映ってきた。



 ――――――

 人数分、準備されるジュース。

 それを一つ持って行き、白い薬を入れる手。


 手の主は…。いつも舞衣に意地悪をする、一期生の黒崎里奈。

 その周りで、同じく一期生橋本あゆみと、舞衣と同期の北野照子。

 三人はニヤニヤ笑っている。


 北野が三期生の遠藤スミレを呼び、薬の入ったジュースを渡して何やら言う。

 ……残念ながら映像のみで音声は聞こえない……


 遠藤は美月を見つけ、お盆に乗せたジュースを渡した。

 ――――――


「ほ、本当に美月じゃないのね、犯人は…。

で、でもトイレの中で言ってたあれは?」


「私が何を言ったっていうんです!」


 舞衣が、聞いた言葉を再現する。


「確か…。私、これからもお二人に付いて行きます。よろしくお願い致しますって」


 ……。


「あ、あれ?」


 舞衣の表情が、急速に曇る。

 あの時はすっかり動転していたが、よくよく考えてみると、舞衣は、このセリフを別のどこかで聞いた…。


「そうですよね~。私、これからもお二人に付いて行きます。よろしくお願い致します」


 美月が、演じるように、その言葉を繰り返した。そして、言う。


「これ、ドラマでの、私のセリフです。みんなでやった学園ものがあったでしょ」


 何ということ!

 舞衣は口を半開きにして天を仰いだ。


 宝珠にトイレが映る。例の三人が入ってくる。

 そして、ボイスレコーダーを出して、スイッチオン。

舞衣が中に居るのを承知で話し、美月の録音音声を流していたのだ。二人を仲たがいさせようと…。


「う、うそ、ほんとに美月じゃないのね……」


「当り前じゃないですか! なんで私が舞衣さんにそんなこと!」


 舞衣の顔が、みるみる崩れる…。そして、美月にガバッと抱き着いた。


「ごめん。美月! 私、大変な思い違いしてた! それに、引っぱたいちゃった! ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい……」


 大声で泣き出した舞衣を、美月はしっかり抱き締めた。


「誤解が解けてよかった…。大丈夫ですよ。痛くありませんから」


「そんなはずないでしょ!私、思いっきりたたいちゃったもの。ほら、赤くなってる!」


 確かに、美月の左ほおには、赤く、クッキリと、舞衣の手形が残っていた。


 取り乱す舞衣…。


 慎也は二人に寄った。


「誤解だったんだね。良かったじゃない」


 そっと、美月の赤くなった頬に、手をかざす。

 知らない男のいきなりの行動で、美月はギョッとしたが…。


「あ、あれ? 痛みが引いていく…」


 慎也が、かざしていた手を解く。

 美月は、さっきまでジンジンしていた頬に手をやった。


「痛く無くなった……」


「やっぱり、痛かったんじゃない!」


 舞衣は美月を再度しっかり抱き締め、また泣き出してしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る