第10話 仙界での生活の始まり

 二人は、それぞれ体を拭いて、新しい着物を着て、部屋に入った。


「さて、昨日から何も食しておらぬじゃろう? まず、腹ごしらえせぬか」


 との祥子の発言と同時に、


 グー!


 最高のタイミングで、結構豪快に腹の虫の音が鳴った。

 祥子と慎也は、音の主、舞衣を見た。


「やだ~。恥ずかしい…」


 舞衣は、顔を両手で覆い隠す。


 祥子は笑いながら、慎也と舞衣に釣竿とエサを渡した。

 エサは、芋を練った物のようである。海はすぐそこ、とのこと。二人一緒に食材の魚を釣りに行くことになった。


「慎也さんは、釣りしたことあるのよね。私、初めて!」


「祥子様の話では、簡単に釣れるようだけど、どんな魚がいるのかな」


 海に着き、慎也は針にエサを付けて舞衣に渡した。


「やってみて」


「はい」


 竿を跳ね上げるようにして、舞衣はエサを海に上手に入れた。


「うまいじゃない。……あ、あれっ、もう引いてる?」


「うあ、すごい、引っ張られる!」


 舞衣は、両手で力いっぱい竿を引き上げようと踏ん張る。竿が大きくしなる。大物だ。それも、エサを入れていきなり!?


 慎也は、海に引っ張りこまれてしまいそうな彼女を助け、二人で一緒に引き上げた。

 凄い。クロダイだ。三十センチほどの。


 続けて三匹、合計四匹のクロダイを、二人は難なく釣り上げた。

 エサを入れるなりすぐ食いついてきて、合わせもへったくれもない。これなら誰でも釣れる。


 獲物はかごに入れて、持ち帰る。

 ちなみに、この籠も祥子がつるで編んだものということだ。何もかも自給自足である。



 釣りに行っている間に、木製のテーブルと椅子が三つ用意されていた。外で食べるということか。

 調理は祥子の部屋の裏で出来るようになっていた。


 祥子は持ち帰られたクロダイを見てうなずき、すぐにさばいた。

 物凄く手際てぎわよい。うろこを取り、ハラワタを出す。

 一番大きい一匹は刺身に。後は塩焼きに。


 他にも、既に二品用意されていた。

 一つは大皿に盛られた芋のような物。あと一品は、何種類かの野菜のような物の煮物。これに、さっきの、クロダイの刺身と塩焼きだ。

 朝食というには遅い時間。昼食といった方がよいか?が始まった。


「頂きます」


 大皿に盛られた芋のような物。まさに芋だ。山芋に近いか?

 ここでは米も麦も無く、これが主食ということである。薄い味付け。しかし、ほんのり甘味があり、けっこう美味い。


 煮物は根菜と葉物。別々に煮て合わせ盛ってあるようだ。

しかし、見たことない野菜。

 味は…、出汁も効いて美味い。醤油味? 少し違う気もするが…。


「ここではな、其方そなたらのいた世の野菜が育たぬ。昔送られてきた者の中に種を持ってきた百姓がおってな、播いたがダメじゃった。芽も出ぬ。

これらの野菜はこの世界のもので、ワラワがここへ来る前から、そこの畑で育てられておった。誰が作っておったのか分からぬがの。ワラワがそれを引き継いでおる」


 祥子の指差す方には、畑が広がっている。


「食料は、畑の野菜と芋。それから、森の中の木の実・果物じゃな。

魚は東の海でいくらでも釣れる。なぜか魚は其方そなたらの世界と同じものじゃ。海の中に出入りできる通路のようなものがあるらしい。それでこちらに来てしまうが、エサが少なくて飢えておるということのようじゃ。じゃによって、エサを入れれば、すぐに食いつく。東の海でしか釣れんから、其の辺りに通路があるんじゃろうな」


 祥子の、この世界の食糧事情と、帰るためのヒントにもなりそうな情報だ。

 もっとも、海の中でつながっているのでは、そこを通ってというのは難しそうだ。魚の飢え具合から考えても、簡単に行き来が出来るようなものでは無いだろう。


「ここでは全部自給自足なんですよね? この醤油のようなものは?」


 刺身の為の、小皿の黒茶色の液体を指し、慎也が質問した。


「それは、『いしる』というものじゃ。昔来た漁師に作り方を教えてもろうた」


 「いしる」というのは、魚醤。石川県能登地方で作られ、近いモノに秋田の「しょっつる」がある。

タイのナンプラーやベトナムのヌクマムも同様のモノ。

つまり、魚を発酵させて作った醤油だ。


 なるほど、味付けはこれかと、普段、味噌を自前で作っている慎也は納得した。が、


「え? なんですかそれ?」


 舞衣は知らなかったようだ。

慎也が舞衣に詳しく説明した。


「大豆が無いから、魚で醤油ですか。凄~い!」


「酒もあるぞよ。飲むか?」


「昼間からですか?」


「ここは明かりが無いから、夜には何もできぬ。飲むのも明るい内じゃ。それに、無事儀式が終わった祝いじゃ」


 祥子が差し出したのは木のコップに注がれた赤い液体。


「ワインですか?」


「そう言うらしいの。つる草の実で作るのじゃ」


「これも自家製?」


勿論もちろん! 他に誰がおる。自分でしなければ、ここには何もない」


(驚いたな、これは。こんな楽しそうな完全サバイバル生活を、この人はしているのか…)


 基本的に一人で居るのが好きな慎也は思った。


 ワインの味も良い。程よい渋みと酸味。最高の味だ。

 とりあえず、帰るまでの間、食べ物には困らなさそうだ。


 しかし、慎也の場合は一人が好きだから、こういう完全サバイバルにあこがれたりもするが、寂しいのが嫌いな人には地獄で有ろう。


 千年も、ここで「独り」。


 祥子にとって、果たしてここは天国か、地獄か…。

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