第9話 帰れない舞衣


「さてさて、困ったことになったのう」


 あごに右手を当て、困惑気味の祥子である。

部屋から出て来て、けっこう悲惨な姿になっている二人の近くに来ている。


「困ったって、何がですか?」


 取り敢えず着物を着ながら、慎也がいた。


「本来ならば、選択の巫女は、この時点で元の世界に戻るのじゃ。しかし、何故なぜ其方そなたは、まだここに居る」


 そう言う祥子の視線を受けて、舞衣は目を見開いた。


「え? わ、私? 戻れないの?」


 事態を把握すると共に、舞衣の顔は、絶望の表情に変わってゆく。


 あんなひどい目に遭ったのに、帰れないというのは、あんまりである。

理由は、たぶん、選ばれた『龍の祝部』と普通の交合をしていないから…。


「いや、まだ可能性はあるが……」


「ど、どうすればいいんです?」


 舞衣は希望の光を求め、祥子に身を乗り出した。


「うむ、其方そなたには、してあったな。祝部ほうりは、神子かんこを産ませる役目を持つ者という話」


 祥子は、舞衣ではなく、慎也に向かって言った。


「はい、『種馬』ってやつですね」


「た、種馬~!」


 舞衣は、右手で口を押えながらも大きな声を出し、慎也を凝視する。


「い、いや~、さすがに面と向かってハッキリ言われると傷付くな…」


 慎也は右手で頭をきながら、ひかええ目に抗議した。


「ご、ごめんなさい!」


 あわてて両手で口を押える姿が可愛らしい。やはりアイドルだ。


「この後、何人かの女が送られてくる。それらの女が『神子かんこの巫女』じゃ。その巫女たちをはらませるのが祝部の役目。産まれてくる神子かんこは、世を救う存在になるという。

ちなみに、ワラワも千年以上昔のこと、神子かんこの巫女として送られてきたのじゃ。それも嫁いで初夜の晩、背の君と結ばれたすぐ後にじゃ。その背の君が神社の神主でな、それで、そなたを見て懐かしいと思ったのよ」


「ああ、そういえば、そんなこと言っていましたね」


「うむ。巫女は祝部の子を妊娠すると、元の世に戻れるのじゃ。其方そなたも、おそらく…」


 祥子は言葉を発しながら、舞衣を見た。


「えっ、に、妊娠…。またハードルが上がっちゃったのね」


 それはそうだ。アイドルが妊娠なんて、ダメに決まってる。

 ……と、慎也は思ったのだが…。


 舞衣の躊躇ちゅうちょは、一瞬だけだった。


「分かりました。お願いします!シテください!」


 舞衣は、慎也の両手を取って、直球での性交受諾…。


「いいの? 妊娠だよ。それも俺となんて…」


 慎也は、予想外の舞衣の発言と、その勢いに、一オクターブ高い声を上げてしまった。

 舞衣はうなずきながら、そんな慎也に顔を寄せてゆく。


「こら、ちょ~っと、待たぬか?」


 いきなり始めてしまおうとする舞衣を、祥子があきれて止めた。


「その前に、其方そなたら、臭いぞ……」


 そういえば、舞衣の着物は、田上の血で真っ赤な状態。おまけに舞衣自身からは、選択の儀の際の、吐瀉としゃ物の臭いも漂っている。


 指摘されて、自分のあまりにひどい状態に気付いた舞衣は、あわてて慎也から距離を取った。

 その上で、自分の体を、恐る恐る嗅ぎ、臭いを確認する…。


「二人で温泉に入ってこい。その間にワラワは、部屋の惨劇の始末をしておく」


「ご、ごめんなさい……」


 舞衣は祥子に向かい、申し訳なさそうに、小さな声で言った。舞衣は部屋の中で吐いてしまっているのだ。ベッドや床は、舞衣の血でも汚れている。


 祥子は舞衣にうなずき、そして慎也の方を向いた。


 慎也の方も、舞衣と似たような状態だ。舞衣と一緒にいたのだから、当然のこと。


 が、祥子の視線は下の方…。


其方そなたも、しっかり洗えよ。尻に突っ込んだイチモツを…」


「へ? 嫌だ。何で知ってるの!!」


 慎也の隣の舞衣が、大きな声で叫んだ。

 羞恥で真っ赤になり、両手で顔を隠している。慎也も、もちろん、気まずい。


「いやいや、面白かった。良いものを見せてもろた」


 祥子はケラケラと笑う。

どこからか、あの部屋の中の様子を見ていたのだ。

 全く、油断も隙もない。このデバガメ妖怪は…。


 二人は抗議の視線を祥子に送るが、祥子は知らん顔をしていた。



 再度、祥子にうながされ、既に入ったことのある舞衣の案内で、二人は温泉に行った。

 脱衣場にて、二人は並んで着物を脱ぎ、湯船近くまで移動。おけで湯を体にかける。

 慎也は、隣をチラッと見た。


 ちょっと臭うけど、絶世の美女。緊張する…。

 可能なれば、じっくり拝みたいところだが、恐れ多くて、とてもそんなことは出来ない。


 舞衣の方も、隣に居ても慎也の方は見ない。が、少しして、意を決したように、慎也に話しかけてきた。


「あ、あの……。私に洗わせてもらえますか? そ、その、そこ」


 舞衣は、顔は向けず、恥ずかし気に目だけで見て、慎也の股間を指差した。


「へ?」


 慎也は、思ってもみない申し出に、次の言葉が出ない。


「私のせいで汚れてしまって。だから……」


 慌てて股間を両手で隠し、慎也は答えた。


「高橋さんのせいじゃないよ。だ、大丈夫。自分で洗うから。それに…。

 ものすごく気持ちよかったよ」


 舞衣は、さっと視線を外した。


「いやだ、もう!」


 っぺたを膨らませ、後ろを向いてしまう。そして、自分の体を入念に洗い出した。

 どうやら、機嫌を損ねてしまったようだが、もちろん、舞衣は、怒っている訳では無い。お尻でというのは、舞衣から言い出したことだ。

 ただ、祥子にデバガメされていたということが羞恥の極みであり、「気持ち良かった」の言葉で、自分もそれなりに感じていた、あの痴態が見られていたことを思い浮かべてしまっただけ…。


(ちょっと、勿体もったい無かったかな、アイドルにアソコを洗ってもらえる機会なんて、この先無いだろうし……)


 最後の余計な一言で舞衣の機嫌を損ねたことと、せっかくの申し出を断ったことに、少し、いや、かなり後悔しながら…。

 慎也も、股間を入念に洗った。


 しっかりと、それぞれで洗ってから、二人一緒に湯船に浸かった。

 相変わらず、視線は合わせない。が、良いお湯だ。

 おまけに、慎也のすぐ隣には、超絶美女の高橋舞衣。その舞衣と一緒に、お湯につかっている……。

 舞衣がどう思っているかは分からないが、慎也にとっては、幸福以外の何物でもない。


「あ、あの、まだお名前聞いてなかった」


 湯につかったまま、舞衣が突然切り出した。

 そういえば、慎也は舞衣のことを知っているが、自分は名乗っていなかった。


「川村慎也です」


「私のことは、知ってますよね。高橋舞衣です。舞衣って呼んでください。改めまして、よろしく」


「こちらこそ、よろしく」


 湯に浸かったまま、互いに顔だけ向けて、頭を少し下げ合う。


「私、ここへ来る前に引退宣言してきたんです」


「うん、知ってる。来る前に見たニュースで大騒ぎになってたよ」


「芸能界って、華やかそうだけど、足の引っ張り合いばかりのドロドロの世界。我慢できなくて一人になりたくなっちゃって…。

プロデューサーには祖母のところへ行くって留守電に入れておいたけど、祖母は亡くなってるから、自殺するんじゃないかと思われたかも。このまま帰れなかったら、自殺したことになっちゃうでしょうね」


 二人は並んで、互いを見ないまま…。舞衣は少し上の方を眺めながら、そんなことを話した。


「帰りたい?」


 との慎也の質問に、


勿論もちろん! こんな電気もテレビも無い、スマホも通じないところで、生きていけない!」


 舞衣は即答した。


「そうだよね、普通は帰りたいよね。俺は使命が終わったら帰ってしまう身みたいだから、こんなこと言うと怒られそうだけど、無人島のサバイバルとか、あこがれがあってね」


 舞衣は、慎也を見る。


「あ、俺は神主してるんだけど、宮司一人の神社でね。参拝者は少なくて時間あるし、畑と田圃もあるから、米・野菜は自給。釣りも好きで魚も自前。味噌なんかも自分で作ってるし、大概のことは出来るから…。一人で居ろと言われても、別に苦ではないし、やってく自信もあるよ。

ただ…、千年てのはちょっと、想像がつかないかな。祥子様は完全に超人だね。異能も使えるし……」


「お~い、いつまで入っておる」


 その超人がのぞき込んだ。


「のぼせるぞ。片付けは終わった。いい加減に出よ。着替え置いておくぞ」


 一瞬見合った後、祥子の言葉に従い、二人そろって湯から出た。

 慎也がチラッと横目で見た舞衣は、色白の肌が、ほんのり桜色になっている…。


 濡れて陽光に光る肌。

 最高のプロポーション。

 舞い降りた天女の様…。


 神々しいほど綺麗だった。

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