第4話 龍の祝部候補

 慎也は部屋でそのまま何時間か待機させられた後、呼ばれた。

 草履を借り、外に出ると、二人の男がいた。彼らが、他の候補であるようだ。


 一人はラフなジーパン姿の目つきの悪い男。がっちりした体で、いかにも腕力に自信ありというタイプだ。

 顔にあるあざは、祥子にやられたものらしい。

 祥子に促され、田上康則と名乗った。


 もう一人は黒いスーツ姿と言って良いのか。暖かいので上着は脱いでいるのだが…。

 背が高く、スラリとしていて、靴を含めて着ている物は高価そうだ。気障きざな感じで、ホストでもしているのか思っていたら、自分でホストクラブのホストだと言った。

 こちらは、石井章介と名乗った。


 田上は、慎也の持っている物より太い木刀を持っている。

 石井は脱いでいる自分の上着を畳み持ち、木刀は手にしていない。


 慎也も二人に続いて名乗り、祥子に従って二人の間近に移動した。


「これより三人で順番を決めよ。決まった後は、それぞれの部屋へ戻れ。

巫女との交合は明日の朝、日の出の時間じゃ。それまでは、勝手に部屋から出てはならぬ。

日の出三十分前に銅鑼どらをならす。それを合図に、あそこの階段を上がって儀式場へ集合じゃ。よいな」


 祥子の説明が終わった。

 彼女は、三人から少し距離を取った。

 そして…。


「では、順番決めを始めよ!」


 祥子の声と同時に、田上が、いきなり木刀を振り上げ、慎也に殴りかかってきた。

 慎也は話し合いをしようとしていた。だが、口を開く隙も与えられない。避ける間も無く、ゴツイ木刀は慎也の右腕にめり込んだ。


 ボキッ!!


 鈍い、嫌な音。そして、激痛。


(痛い! 問答無用かよ!)


 構わず二発目・三発目と、同じところに入れてくる。

慎也の右腕は、あらぬ方に曲がった。同時に、途轍とてつもない痛みだ。


「俺が一番、こいつが二番、お前が三番だ」


 木刀を肩に担いだ田上は、木刀を取り落としてうずくまる慎也に、そう宣言した。その隣では、石井がニヤニヤ笑っている。


(こいつら、もう談合してやがる。う、右腕が…。気が遠くなりそうだ)


「よし、決定だ」


 二人の男は向きを変え、慎也を放置して、慎也の部屋の隣の二室に、それぞれ入って行ってしまった。

 祥子は、それを見送り、動けない慎也に、あわれむような表情で近づいてきた。


「むごいのう。ここまでするとは…。こんな非道は初めてじゃ」


 言葉をかけるが、助けようとはしない。

 そもそも、あの念力で、止めてくれても良かっただろうに…。説明はするが、余計な干渉はしないということらしい。


 そんな、見ているだけの薄情な祥子の隣に白い光が現れたのは、前触れも何もない突然のことだった。


「おう、巫女殿の登場じゃ」


 初め小さかった光は、直ぐに人の背丈ほどの大きさとなる。

 その光が消えると、そこには、祥子ほどでは無いが長い黒髪の、女性…。


 痛みを堪えながら、その女性の顔を見た慎也。祥子の年齢発言では耳を疑ったが、今度は、目を疑わざるを得ない事態となった。


 現れたのは、まさかの人物…。

 実際に会うのは初めてだが、よく知っている女性…。

 いつも、テレビで見ていて、今朝もワードショーで大ニュースになっていた、慎也も大好きな超有名芸能人…。


 間違いない!「隅田川乙女組」の、高橋舞衣だ!



 ――――――

 『隅田川乙女組』…。


 いわゆるアイドルグループではあるが、少し異彩を放つ存在。

 美女三十人、お嬢様・お姉様的雰囲気の構成員が主で、高学歴で知的なメンバーが多いことでも知られる。

 抜きんでた歌唱力を発揮したりとか、抜群の演技力を持っていたりとか、歴史・地理等専門分野での驚異的知識を有していたりとか、偉才の者も多数在籍。

 映画・ドラマ・バラエティー・コマーシャルからファッション雑誌等に至るまで、毎日なにかしらで目にしない日は無いという、大人気のグループだ。


 高橋舞衣は、これの中心的人物で、老若男女、知らない人はいないといった存在。

 歌唱力と演技力での評価もまあまあ高いが、それより何より際立つのは、美しさ!

 美女そろいのグループ内でも、特にずば抜けた美貌びぼうの持ち主で、その圧倒的な容姿と魅力は他のメンバーの追随を許さず、「絶対エース」と呼ばれている。

 男性はもちろんのこと、あこがれをもって見る同性ファンも非常に多く、まさに国民的アイドルなのだ。

 最も、雑誌等のインタビュー記事によると、彼女本人は女優志望。「アイドル」と呼ばれるのに若干の違和感を持っているようだが…。

 ――――――


「へえっ、ここどこ? 何? 何がどうなってるの?」


 キョロキョロ周りを見回し、へたり込む舞衣。

 眉を下げた困り顔で、見慣れない格好の祥子を見上げる。次に慎也を見て、慎也の腕の異変に気が付いた。


「えっ、な、何? どうしたんですか、その腕!大変じゃないですか! 救急車、呼びますよ!」


 スマートフォンを出して操作しようとする。…が。


「あれ、圏外。どうしよう…」


 おろおろし、右往左往状態。


 超有名人に心配してもらえるなんて、慎也は幸せ者だ。しかし、やはり痛い。痛すぎて、脂汗あぶらあせしたたる。


「折れてますよね。とりあえず、添え木で固定しなきゃ」


 舞衣は落ちていた木の枝を見つけ、それを拾って慎也に走り寄る。

 カバンからタオルを出し、はさみで縦に半分にし、白く細く柔らかな手で、優しく慎也の折れた右腕をそっと持ち上げた。

 慎也の腕には、さらに激痛が走る。何度も同じところに打ち込まれ、折れているどころか、骨が砕けてしまっているようだ。


「痛いですか? 我慢してくださいね」


 舞衣は、手早く添え木をしてタオルで結び、固定する。

 丁度、何週間か前に撮影したドラマで看護師役をしていて、こんなシーンがあったところだ。真面目な彼女は、応急手当をしっかり学んでいた。


「手際が良いのう。じゃが、これでは、明日までには治らぬな」


 相変わらず祥子は手を出さず、憐れそうな顔をして眺めているだけ。


「明日までって、そんなの絶対無理でしょう! 早く病院行かなきゃ!」


 舞衣は、何もしない祥子に非難めいた視線を向けた。


「病院? そんなものは、ここには無いぞ。医者もおらぬ」


「そ、そんな……」


 返ってきた信じられない答えに、舞衣は絶句した。


  …病院が無い?

  携帯もつながらない…。

  どうすれば良い?…


 フリーズしたように動かない舞衣。

 自分のために、こんなにも心配してくれる舞衣に、慎也は唯々もう有難くて、本当に涙が出そうだ。もちろん、痛みででもなのだが…。


 その一方で、傍観者を決め込んでいた祥子…。少し考えるような素振りを見せた。


「ワラワが手助けするのは、反則っぽいがのう。じゃが、余りにこれはひどいな。あの者が、一番有利というのも気に喰わぬ」


 祥子は、痛みで顔をゆがめている慎也の顔を、ジッとのぞき込む。


「うむ、其方そなたいやしの天性を持っているようじゃ。どれ、ちょっと、こっちを向け」


 両手で慎也のほおを包み込んだ。


 そして、いきなり!

 自分の唇を、慎也の唇に合わせた!


 慎也の口の中に、祥子の温かく弾力のある舌がヌチョッと入ってくる…。

 舌がクチョクチョからめられ、吸われる…。


 これは、まさかまさかの、祥子からの熱烈ディープキスだった。

 見ていた舞衣も驚いたが、実際にされている慎也の驚きは、それ以上だ。


(高橋さんの前でなんてことを! で、でも、この人も飛び切りの美人。 いや、でも千歳超える妖怪、あ、妖怪というとボコられる…)


 慎也にとって、初めてのキス…。おまけに、こんな過激な…。

 頭には色々なことが浮かび、ショート寸前である。

 …が、慎也は、合わせられている祥子の口から、何か吹き込まれてくるのを感じた。


 実体のあるものではない。「気配」といった感じ…。

 同時に、腹の中心部から、何か力が出てくるような感じがする……。


「よし、左手を折れた部分に当てて、治れと念じてみよ」


 唇を離した祥子の指示。


 慎也は、何が何だか訳が分からないながらも、取り敢えず、言われるままにする。

 舞衣が添え木してくれた右手に、左手を当て、念じた。 


(治れ!  ……えっ、痛みが薄れてゆく…)


しばらく、そうしておれば治る。それが正に『手当』じゃ」


「な、なに? 治っていってるの? そ、そんな馬鹿な…」


 舞衣は慎也の様子を見て驚き、信じられないといった表情で慎也の腕を凝視した。


「ワラワにも同じことが出来るがな、それは其方そなた自身の力じゃ。ちょっと引き出してやっただけじゃからな。もう、これ以上の手出しはせんぞ」


(俺自身の力?)


其方そなたは、なかなかの潜在能力を持っておる。慣れれば大きな傷でも即座に治せるだろうが、今の力では、この骨折が完全に治るには二時間ほどはかかるぞ。巫女殿がしてくれた添え木は、しばらくそのままにしておけよ。さあ、明日に備えて休め」


 何が何だか、さっぱり分からないが、とにかく腕の痛みは確実に薄れてゆく。

 慎也は「手当」を続けた。


 祥子は慎也に背を向け、舞衣の肩に手を回した。


其方そなたは、こちらへ来い。何故なぜ、ここに来たか教えてやろう」


 美女二人はそのまま、慎也たちの部屋のある建物の、さらに奥にある建物に向かって行った。


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