仙界にて
第3話 神隠し
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「神隠し」…。
人が忽然と消えてしまう現象…。
消えた人はどうなるのか?
何百キロも離れた山中を
だが、それは運が良い方だ。同じ世界にいるのだから、自力でも帰ること可能だ。
もし、突然、今居る世界と違う世界に転送されてしまったら…。
自分の力だけでは戻ることが出来ない…。そんな中で、生死に関わる究極の選択を迫られたら…。
「この条件を満たせば、元の世界に戻れる」とトンデモナイ条件を提示されたら…。
あなたなら、どう選択しますか…。
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慎也は「引きこもり的性格」だが、決して引きこもりでは無い。人付き合いが苦手なだけだ。
中学時代から今に至るまで、部屋に閉じこもってネットやゲームだけをしているというようなことは、一切無かった。
そもそも、両親の言うことを聞かない慎也に、スマホもゲームもパソコンも与えてもらえるはずがない。だから、彼は、そういったことには疎いし興味も無かった。
そして逆に、家に居るより外に居ることが好きな方だった。
家に居れば、家族や、その「知り合い」が自分たちの信条を押し付けようとしてくる…。折檻されたり監禁されたりということは全く無かったが、それでもこれは、慎也にとってゾンビや悪魔に襲われるのに怯えるような生活だった。
とにかく、人と接するのが苦痛…。「お一人様」大好き。可能であれば無人島で一生サバイバル生活していたいと思うほどであったのだ。
今、彼の生活環境は、その憧れていたサバイバル生活に近い状態だ。
大学生活の四年間で人との付き合いも少しは経験し、全然平気になったとは言い難いが、まあ、支障がない程度には会話も出来る。また、宮司という立場上、全く人と関わらないという訳には行かない。ではあるのだが、この神社は静かなもの…。普段、人はあまり来ないのだ。
そして、大叔父から受け継いだ田畑も所有している…。
隣は長良川で、彼はその漁業権も大叔父から引き継いでいる…。
鶏も飼っていて、卵はもちろん、絞めて肉にもする…。
宮司として最低限のやるべき事だけやれば、後は全て自由。
誰にも何も押し付けられない、理想的な半自給自足「お一人様」生活を満喫していた。
ということであるのだから、彼に関しては、暗い部屋にずっと閉じこもったまま、何もしないということは絶対にあり得ない。
月に一~二度しか祈祷が無くても神社の清掃は欠かさないし、毎日、あれやこれやと一人で楽しく動き回っていたのだ。
四月二十日、朝。
慎也は、いつものように社務所内を掃除していた。
その日も、何の変哲もない、いつも通りの日のはずだった…。
大叔父から引き継いだ自宅で朝食を済ませ、社務所に来て、何の気無しにつけたテレビ…。
ワイドショーが、人気女性芸能人の、引退・失踪事件を報じていた。
今朝になって入ってきた大ニュースである。ファックスで唐突に引退宣言をし、いなくなってしまったということだった…。
慎也は、人嫌いであっても可愛い女の子に興味無いなんてことは断じて無い。
彼も若い男であって、女の子とお近づきにもなりたいし、可能であるのならそれ以上の関係も経験してみたい。…勝手なようだが、これは男としての本能だ。
その失踪したという女性芸能人は、歌手・モデル・女優として大活躍中だった。超絶綺麗で、清楚で、慎也も大好きだった。
だから残念だし心配ではあるのだが、所詮、彼とは縁の無い世界のこと。
……芸能界なんて、華やかそうに見えて、けっこうドロドロしたものに違いない。
可哀想だが、その結果のことなんだろう。
願わくば、自殺なんてことだけにはならないで欲しい……
そんなことを考えながらテレビを消し、その日も彼は、社務所内の拭き掃除をしていたのだ。
そして……。
突如、不思議な白い光に包まれた。
何の前触れも無い。まさに、これは突然のこと……。
あっという間の出来事だった。
光が消えると、
社務所の中に居たはずなのに、屋外…。
室内に居たので、当然
たしか、大叔父が昔、言っていた。
「神隠しというのは本当にある。それが起きるときは白い光に包まれる。気が付くと知らないところに移動しているのだ…」
(俺は神隠しにあったのか…)
大叔父の言葉を思い出しながら、慎也は辺りを見回した。
少し先に、石造りの遺跡のような古い建物がある。
他には緑の草木と、舗装されていない土の道しか目につかない。
人は見当たらないし、自動車も走っていない。
看板も、標識も、電柱も、電線も、何も無い。…どれだけ田舎なのか。
いや、小鳥のさえずりさえも聞こえない。
明らかに、オカシイ…。
この世と思えない世界……。
どうしたものかと、慎也が一人で困惑していると、古い建物の戸がスーッと開いた。誰もいないということでは無かったようだ。
人嫌いとは言え、これには取り敢えずホッとした。
そこからは一人の美しい女性が出てきて、慎也の方に向かって真っすぐ歩いて来る。
山吹色の着物姿。しかし、普通の着物では無い。大振りの、平安時代衣裳のような、
地に着きそうなくらいに長い、綺麗で
女性の年齢を詮索すると怒られそうだが、二十代の中半くらいに見受けられる。そして、慎也よりも、背は高そうだ。
「ようこそ仙界へ。お坊様? いや神主殿か…。懐かしいのう」
慎也の前まで来て彼の作務衣姿を見、女性は言った。
神主と分かったのは、剃髪していないのと、作務衣の上衣が白で、下
僧侶用の形式とは少し違う、神職用の改良作務衣だったのだ。
だが、まあ、そんなことは、どうでも良い。
神隠しになって、そこへ訳知り気な女性の登場だ。慎也はここで、何かをさせられることになるのだと直感した。そして、素直に
「あなたが俺をここへ呼んだのですか? 何をさせる気ですか?」
「おやおや。あまり驚いておらんのう。さすがは神主殿じゃ」
女性は、意外そうな顔をした。
まあ、通常は取り乱すものかもしれない。
しかし、騒いでも事態が好転するはずがない。冷静に状況を確認するのが最善というものであろう。
「ワラワが呼んだのではない。が、何かさせられるというのは大正解じゃ」
そう言い
優雅な動きで、平安貴族のお姫様といった
「話が早いのは助かる。まあ、立ち話もなんじゃ。こちらへ」
手招きし、歩いて、さっき出てきた遺跡のような建物へ向かって行く。
慎也は後に続き、女性が入って行った部屋の中を、入り口で
少し薄暗い部屋の中で、さらに手招きする女性。
女性は入り口で
「お出迎えじゃから袿を着たがの、邪魔じゃから脱がしてもらう」
女性は、羽織っている大振りの着物を脱いだ。
白といっても純白では無い少し黄色がかった着物に、赤い
が、決定的に違うのは、着物が薄い…。
おまけに襦袢も下着も付けて居ないようだ…。
豊かな乳房が透けそうで、慎也は目のやり場に大いに困った。
それほど広くは無い部屋。木製の机と、立てかけた木刀、他には大き目の寝台のような物があるのみ。
女性は脱いだ袿を優雅に畳んで机に置き、寝台のような物に腰掛けた。
再度手招きし、坐った自分の隣を指差す。…「ここへ坐れ」という指示だ。
ここがどこかも、何も分からない状態。抵抗しても仕方がない。慎也は素直に隣に坐った。
しかし、薄暗い部屋で、透けそうな着物の美女の隣…。
緊張で喉が渇き、
「ふふふっ。そんなに硬くならなくても良いぞよ。ここが
笑顔が逆に怖い。それに、顔が近い…。
(このまま、このベッドに押し倒されるのか?)
心臓が、トクトクトクトクと高鳴る。
「
聞きなれない言葉が、女性の口から発せられた。慎也には、意味が分からない。
「あ、あの『龍の祝部』って?」
「世を救う存在となる『
まあ、早い話、『種馬』という奴じゃな~」
「た、種馬って……」
言葉に詰まった慎也に、先程まで顔のみ寄せていた女性は、今度は体ごと、ジワジワとすり寄ってきた。
肩が触れる…。着物越しだが、柔らかい感触…。
そして、はち切れんばかりの豊かな胸に目がゆく…。
ピンク色の乳首が薄っすら透けている…。
(やっぱり、ここで、この女性とってことか?)
慎也の心臓の鼓動は、バクバクバクバクと更に速く、大きくなる。今にも口から外へ飛び出して来てしまいそうなくらいだ。
何しろ、彼は、引きこもり的性格…。当然ながら、女性と、キスどころか手を繋いだことも無いのだ。
勿論、男として、そういう行為には、大いに、大いに、大いに興味がある。…あるのであるが、完全未経験の童貞クンだ。
「これから、『選択の巫女』が送られてくる。神隠しというやつでな。その巫女と交合して、一番快感を与えることができたものが、祝部となるのじゃ」
「……???」
「他の候補二人は、すでに来ておる。奴らは物分かりが悪くてな。
一人はワラワをいきなり押し倒そうとするし、もう一人も邪悪な目で見てきよるから好かぬ。
………。
(あ、遊ばれてた…?)
慎也は、少しガッカリしたような、いや安心したような、はたまた逆に不安が増すような、
この女性と…ということでなく、これから神隠しにされてやって来る女性と…ということ。
しかし、それはそれで……。
そんなことをして、良いのだろうか……。
それにそもそも、こんな出迎えをしたら、押し倒されても邪悪な目で見られても、文句は言えないであろうに…。
「言い忘れておった。ワラワは
「えっ、今、何て?」
これまた、到底信じがたい発言…。耳を疑わざるを得ない衝撃告白だ。
千歳を優に超えるなどと、あるはずがない。どう見ても、二十代半ば。慎也と同年代くらいにしか見えないのだ。
「ワラワも神隠しに遭い、
ここでは老いないようでの、来た時の容姿と、あまり変わらぬ。それ以来、ここの案内役のようなモノに納まってしまった。
これだけ生きておると、こんなことも出来るようになる」
女性が部屋の隅に置いてあった木刀を指さすと、その木刀はスーと浮き上がった。
「先に言った、ワラワを押し倒そうとしたやつは、この力でチョイとひねってやった」
念力? サイコキネキス? ……。
呼び方を変えても、事象は変わらないが、人知を超えた力に間違い無い。
千年前ということは、平安時代。最初に着ていた衣裳とも整合する。
それから一人、ここで生活…。
そして、この念力のような能力。
(あり得ない…。人間ではなく、妖怪か?)
慎也は口には出さずに、そう思った。
口に出さなかったはず…。
決して口にはしていない…。
…が、女性が片眉を上げて言った。
「今、ワラワのことを、妖怪とか思わなかったか?」
(心を読まれた?)
心臓をギュッと
返答次第では、このまま掴まれている心臓をグチャッと握り潰されてしまうかといった恐怖を覚える。
確かに妖怪かとは思ったのだが、ここは肯定すべきではないだろうと判断…。
「と、とんでもない!」
一呼吸遅れて否定する慎也を不審げに眺めながら、女性は告げた。
「まあよい。ワラワのことは、今風に『
どうやら心を読める訳ではなく、先に来ている候補の男がそう言ったようだ。だから慎也も同じように思っているのではないかと考えたのだろう。
実際、的中であったが、とりあえず、慎也はホッとした。
だが、女性の身で男をボコボコにしたとは…。やはり、尋常ではない。
「さて、これから交合の順番決めを行う。順番は重要じゃ。一番が時間的に最も有利となる。後になるほど時間が短くなり、不利になる。話し合いで決まればよいが、奴ら相手ではのう…。その木刀を持って行け。
それからな、祝部に選ばれるのは一人だけ。他の二人は龍の
選ばれなければ、龍に喰われる…。
だから、有利な条件を求めて木刀での殴り合いの決着になることもあるということか。
慎也は剣道なんてやったこと無い。そんなことになれば、勝つ自信は全く無い。何とか話し合いで決着を付けたいところ。
生きて帰りたいのは
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