第5話 高橋舞衣1

 私の前を歩いている、巫女さんのような、綺麗な女性は何者?

 何で私、こんなところに来ちゃったんだろう。


 そう、始まりは、昨日のこと…。



 私は高橋舞衣。アイドルグループ「隅田川乙女組」に所属していました。


 三十人いるメンバーの中で、一応、楽曲パフォーマンスのセンターポジションを続けて務め、ちょっと恥ずかしいですが、「絶対エース」などと呼ばれていました。


 でも、私は二期生の十人の内の一人。メンバー三十人の内の十人は、創立時からの一期生(後の十人は三期生)で、先輩です。


 結成の一年後に私たち二期生が入ったのですが、後から入ってきた私がいきなり新曲のセンターを攫って行き、その後も続いて毎回…。

 これでは、先輩たちは面白いはずがありません。私よりも遥かに歌唱力が上の人もいますし…。

 ずっと冷たい目で見られ、トゲのある言葉を投げかけられていました。

 私はそんなつもり全く無いのに、先輩を見下しているとか、お調子に乗ってるとか、生意気だとか。挙句はプロデューサーと寝たんだろうって、それはひどい!


 女の世界って嫌い。何で足の引っ張り合いのようなことばかりするのかしら?


 ショッチュウある嫌がらせも、だんだんエスカレート。

 私の衣装にジュースをかけられていたり、ロッカーの中に使用後のナプキンを何枚も放り込まれたり。下着姿の盗撮画像を流されたり…。


 そして決定的な出来事が。


 大きな会場で、楽しみにしていたコンサート。

 満員のお客様の前。

 私は歌の途中、急にお腹が痛くなり、ついに我慢できなくなって粗相そそうを…。


 立ち込める異臭。白い衣装が茶色く染みる。


 曲の途中で抜け出し、私は化粧室に飛び込みました。


 コンサートは、まだ続く。でもお腹が…。出られない。

 何でこんなことに!


 そういえば、始まる前、後輩の細田美月に飲み物もらって…。


 あの中に下剤が? そんな馬鹿な。

 怖がって一期生に逆らわない三期生の中で、彼女は唯一、私をしたってくれていた存在のはず…。



 コンサート大丈夫かな。もうそろそろ、終わった時間。

 私どうしよう? 恥ずかしくてみんなの前に出られない。


 あ、誰かトイレに入ってくる。


「舞衣のやつ、最低! どこ行っちゃったの。冬木プロデューサー、カンカンよ」


「そうよね。途中でセンターがいなくなるなんて! お客さんざわついちゃって、大変!」


 あの声は、私をいじめる中心的存在、一期生の黒崎里奈と橋本あゆみ。


「全くですよ。舞台で漏らすなんて。臭いし、やってらんないって感じです」


 あれは、同期で、黒崎の子分的立場に収まっている北野照子。


「そうですよね~。私、これからもお二人に付いて行きます。よろしくお願い致します」


 こ、この声は、細田美月!


 うそ? な、なんで? あいつらのスパイだったの?

 そんな、信じていたのに!


 扉が閉まる音。四人は出て行ったみたい。

 そして、すぐに、また誰か入って来る。


「舞衣さん! います? 大丈夫ですか? 冬木プロデューサーが探してますよ」


 この声は、三期生の遠藤スミレ。


「ごめん。着替え持ってきてもらえないかな…」


 届けてもらった着替えを着てプロデューサーのところへ。

 私は、冬木プロデューサーに頭を下げました。


「もう私ダメです。大勢の観客の前で漏らしちゃうなんて。みんなにも顔向けできない」


「体調悪い時は誰にでもあるよ。思いつめないで。お婆様のこともあったばかりだから」


 私の両親は幼いころに交通事故で無くなっていて、祖母に育てられました。

 唯一の肉親で、私の活躍を喜んでくれていた祖母。

 その祖母も一カ月前に亡くなってしまいました。


 お祖母ちゃんに顔向けできない…。


 涙がこみ上げる。


「今日は帰って休みなさい」


 プロデューサーは、あまり問い詰めず、タクシーを手配してくれました。


 私は一人、マンションへ帰り、眠れない夜を過ごしました。


 信じてたのに、美月まで! 許せない!


 周りは皆、敵ばかり…。


 もう…、無理…。



 ……私、やめる。



 決心した私は、自筆の引退宣言をファックスでマスコミに送信することにしました。


 まあ、プロデューサーに、これ以上迷惑かけられないし、グループ内のドロドロは書かないでおこう。

 今日をもって引退。今までのお礼と、お詫び。理由は、心労が重なって体調不良とでもしておこうかな。


 プロデューサーには電話でと思って架けましたが、朝早いので留守番電話でした。


「舞衣です。昨日は本当に申し訳ありませんでした。色々考えたのですが、やはり、私はもう続けられません。突然で申し訳ありませんが、引退させて頂きます。マスコミ各社にも通知してしまいました。お世話になり、有難うございました。そして、勝手なことしてごめんなさい。

これから、お祖母ちゃんのところへ行きます。後はしばらく一人になりたいかなって思っています」


 そうして、祖母の家のあった長野県下伊那郡阿智村へ。

 帽子とサングラスで顔を隠し、電車とバスを乗り継いで約六時間…。

 お墓参りし、祖母の住んでいた家に来ました。


 この家の現在の持ち主は、一応、私。

 住む気は無かったけれど、ここにしばらく居ようかな。

 あ、でもプロデューサーに、お祖母ちゃんのところへ行くって留守電入れちゃったから、探しに来ちゃうかな? 

 あ、しまった。あれじゃあ、自殺するのかと誤解しちゃうかな? お墓参りするだけのつもりだったけど…。


 そんなことを考えて、ボーっとしていると不意に白い光に包まれて…。




 気が付いたら見たこともない所。

薄い着物の綺麗な女性。そして、腕が変な風に曲がって痛がっている男性…。

 驚いて手当して、女性と男性のディープキスをみせられたと思ったら、手を当てただけで骨折が治ってゆく奇跡をみせられて…。

 その後、ついて来いと言われて女性の後に続いている。


 これって、絶対、普通の世界じゃないよね。

 私、どうなっちゃうのかしら。



 低い丘の崖にくっつくように建てられた、石造りの古そうな建物。

 二階建てかな? 端に上へ上る階段があります。


 そこを通り過ぎて少し行くと、丘から少し離れて、もう一つ建物。

 こちらは木造平屋板葺で、その向こうは畑になっています。

 でも育てられている野菜?は、見たことないような物ばかり。


 木造の建物の奥は森になっていて、丘まで木が茂っています。

 建物の入口は三つ。手前の戸を開け、中へ導かれます。


 薄暗い部屋に、置いてあるのは机とベッドのような台。

 あとは、奥に、もう一つの扉。


「奥の戸を開ければ、向こう側に温泉がある。後で入っておけ。ワラワは隣で生活しておる。ワラワの部屋も、ここと同じようなものじゃ。但し、もう少し広いがの」


 女性はそう説明し、こちらを向きました。


「さてと」


 女性はベッドのような台に坐り、手招きし、隣を指差します。

 坐れということかな?


 私はうなずいて、少し離れて腰掛けます。

 すると、女性はゆっくりと話し始めました。


 女性の名前は賀茂祥子かものしょうしで、呼び名は「祥子しょうこ様」。

 年齢は千歳超えって、そんな馬鹿なって思ったら、私を指差して、ひょいと上へ指を上げる。


 あ、あれ、私、浮いてる?

 ちょ、ちょっと待って、ナニコレ!

 やだ、怖い!!


 祥子様が指を下げると、ゆっくり元に戻る。

 念力ってやつですか…。すごすぎる。


 で、でも、千年以上ここで一人生きている?

 その上、私は『選択の巫女』で、明日の日の出とともに三人の男とセックスしなければならないって…。


 何それ!あり得ない!!


 何で見ず知らずのやつと、セックスなんかしなければならないの!

 私、まだバージンよ!


 嫌、嫌、嫌、嫌、ぜ~ったい、



 だけど、そうしなきゃ帰れないって、そんな馬鹿な!


 …ここは、前の世界と違う時空のハザマ「仙界」?


 何も無いし、誰もいない所。

 当然、警察も無いから助けも呼べない。

 病院も無い。お店も無い。テレビも、電話も、電車も、自動車も、何も無い…。


 日が暮れてきたけど、電灯も無いからどんどん暗くなってゆく。

 夜は真っ暗?

 食べ物はどうするの? あの畑の変な野菜だけ? それも自分で作るの?

 ガスも無いよね。調理どうするの? 

 服は?

 無理、無理、無理、無理、ぜ~ったい、


 私をじーっと見つめる祥子様の目が怖い。

 とっても美人なだけに、余計に…。

 背が高いのも、威圧感を与えてくる…。


「さて、どうする? 一人は寂しいぞえ~。ワラワも帰りたいが帰してもらえぬ。はしておるがな。

 其方そなたは、することだけすれば、間違いなく帰れる。うらやましいのう~。其方そなたが残ってくれれば、ワラワが替わりに帰れたりするのかのう?」


 ニヤッと笑う、その笑顔、怖すぎる。人間じゃない!


 どうしよう? 究極の選択よね。

 嫌になって、一人になりたいと思ったバチ?

 でも、それひどいよ。あんな目に遭ったんだから、しょうがないでしょ!

 なんで私ばっかり、こんな目に遭うのよ。


 でも、帰った方がいいよね。

 そうよね。

 ここでの生活は、絶対私には無理。


 帰らなきゃ。

 帰るべきよ。


 そのためには、セックス…。


 ……。



 帰らなきゃ!


 仕方ないよね。帰るため。

 そう、これは仕方ないこと。

 こんなところに、ず~っといるのは、絶対イヤ!


 誰も助けてはくれない。帰るためには、自分で行動するしかない。

 帰るため! 帰るためよ!


「わ、分かりました。します…」


 私はうなずいて、ささやくような声で承諾してしまいました。


「ああ、そうじゃな。それが良いと思うぞ。自慢では無いが、こんなところで生きていけるのはワラワぐらいだろうしな。

 まあ、嫌といっても其方そなたに拒否権は無いのだがな。ホホホ」


 え~、それひどい。

 嫌といっても、無理やり輪姦りんかんされるだけだったのね。

 それじゃあ、どうするも何も無いじゃない……。

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