第2話 お一人様、川村慎也
日本のほぼ真ん中にある岐阜県。ここは、旧美濃国の美濃地方と、旧飛騨国の飛騨地方に大別できる。
その、県南側半分を占める美濃地方。更にその西部、愛知県や三重県に近い所に位置する
町の東端、長良川河畔には、この近辺の神社としては広い境内を持つ
有名な三重県伊勢市の伊勢神宮内宮と同じ、太陽神「
第十一代
細かな話をし出すとヤヤコシイので
ここの現在の宮司は、川村慎也。二十五歳。
由緒あっても田舎の寂れた神社のこと。戦乱や洪水等の為に記録が散逸して何代目になるのかは不明だが、先代宮司の跡を継いで三年になる。
彼は、率直に言って人嫌い。一人で居るのが大好きで、無人島での一人暮らしに
そんな人物が、若くして宮司…。
それも、彼は親の跡を継いで就任したのでもなかった。
何故、こんなことになったのか…。
つまらない話かもしれないが、彼は、一応、この話の中心人物。だから、まず、彼が宮司になった経緯と、その生活ぶりを紹介しておこう…。
奈来早神社の先代の宮司は、慎也の母方祖父の弟だった。つまり、慎也の大叔父ということになる。
巫女も他の職員も無く、宮司一人のみしか居ない神社…。
慎也の実家は隣町だが、彼はこの神社が好きで、中学生の頃から毎日入り浸っていた。
というのも、由緒あり、境内も広いのだが、この神社、参拝者が少ない。いや、
人と接するのが苦手な慎也の逃げ場所には、もってこいの所だったのだ。
宮司である大叔父は温厚な性格で、また非常に博識な人であった。
いつも穏やかな笑顔を浮かべ、境内で一人ボーっとしている慎也に対して小言めいたことは一切言わなかった。
そして時々鬱陶しくない程度に話しかけ、慎也が興味を持った様々なことを教えてくれた。
…食べられる野草や薬草について。
マッチやライターを使わない火の起こし方や、薪での炊飯。
味噌・醤油・酒・酢といった物の作り方。
魚や野菜の保存食の作り方。
草木の繊維での布作りに、わら細工・竹細工・木工等々…。
慎也は歴史関係のことや、民話も好きだった。そういった話も、大叔父に、よくしてもらった。
その中には、鬼の話も…。
「鬼は、悪い存在ではない。中央に従わなかった者であるだけだ。
勝てば官軍、負ければ賊軍。正義が勝つのではなく、勝った方が正義になるだけ…。
負けてしまった方は悪とされ、鬼と呼ばれ、追われ、隠れ住まなければならなくなった。
しかし、負けた側の鬼にも、生きてゆく権利は有るはずだ」
何の話から鬼の話になったか、慎也は覚えていない。しかし、大叔父の、この言葉は、何故かよく覚えている…。
大叔父には、子供が居なかった。その大叔父から慎也に、神社の跡を継がないかという話があった。これは、彼が高校一年生の時のことだ。
この神社に、いつまでも居られるという悪くない話。慎也は乗り気になり、直ぐに両親に許可を求めた。
慎也には超絶優秀な兄が二人も居ることもあり、両親は二つ返事で許してくれたというか…。
以後は大叔父の子の扱いにするとして、彼はポイッと家から放り出されてしまった……。
実を言うと、両親・兄たちには、熱心な「信仰」があり、それに全く興味を示さないどころか異教の「神社」に入り浸っている慎也は、家族に異端者・邪魔者扱いされていたのだ。
詰まるところ、これは体の良い厄介払い…。
薄情なものだが、気に入らない信仰を強要され続けるよりは、慎也もずっとマシ。
向こうにとっても、家族に異端者がいるのは恥ずかしいことのようだったから、互いに良いことだったのかもしれない。
自らの思いのみを「正」とし、他は「邪」と決めつけて「正」を他人に押し付ける両親と兄たち…。
これに対する反発も、慎也の人嫌いな性格に多大な影響を与えていたことは否めない。
慎也自身もどちらかというと頑固であり、正しいと思うことは曲げない方だ。だが、それを人に押し付けようとは思わないし、自分も押し付けられたくないのだ。
他人には他人の正しいと思うことがあって良いと思う。なのに、彼の周りには、両親・兄始め、その「知り合い」も含め、「正」は一つのみと押し付けてくる人が多過ぎた。
だから他人と関わることが嫌になってしまったのだ。
その点、大叔父は、押し付けることはしない人だった。
前述の鬼の話では無いが、「正」は人の数だけありうるという考え方で、この点でも慎也と近く、大叔父の所は居心地が良かった。
また、八百万の神様がいるという神道の考え方も慎也の性に合った。貴いモノは一つでなくても良い。沢山有ったって良いでは無いか…。
とまあ、こういうようなことで、大叔父の養子になった訳では無く姓はそのままだが、慎也は大叔父のところに居を移し、以後は、実の家族とは完全絶縁状態となってしまったのだ。
そしてその後、大叔父の資金で神主の資格を取得できる大学に進んだ、ということであった。
慎也が入った大学は三重県の伊勢市。奈来早神社の本宮とも言うべき伊勢神宮がある地だ。
学校の決まりで、一・二年生の間は寮生活…。
人付き合いが苦手な慎也には苦痛だったが、実家にいた時のことを思えば楽だったし、三年生からは気楽な下宿生活となった。
何もない田舎の大学であるから、特に遊ぶところも無いし、相変わらずの、ほぼ「お一人様」。勉強するしかない環境で、まあまあ、そこそこ優秀と認められるような成績を修めることが出来た。
卒業後は、親代わりになってくれた大叔父に孝養を尽くしたいとも考えていたが…。
四年生時の十二月。元気そのものだった大叔父が、八十八歳でポックリ亡くなってしまった…。
この為、慎也は卒業して直ぐに大叔父の跡を継いで、いきなりの宮司就任と相成ってしまたのだ。
ピンピンコロリは本人には理想の形かもしれないが、跡を継ぐ慎也にとっては堪ったものではなかった…。
だって、神職資格を取ったといっても、引継ぎもなくて、「大学卒業、ハイ宮司」では何も分からない。
何しろ、職員も居ない、宮司一人っきりの神社だ。尋ねる相手も居ないのだ…。
当初、慎也は大いに困った。
しかし、この神社、基本的に、「暇」なのである。実際のところ、掃除くらいしかすることが無いというのが実状なのであった。
ところで、この神社の宮司としての収入は、
お守り等の授与品収益と
そして、参拝者が少ないということは、当然、祈祷も
つまりは、収入ゼロ、或いはマイナスという計算になってしまい、これでは全く生活が出来ない。
神主と言えど、
だが、宮司としての収入が見込め無い代わり、慎也は、大叔父の個人的遺産を贈与されていた。
結果、アパート家賃や企業へ貸している土地の賃貸料が、何もしなくても入ってくる。
そんなことで、最初は大いに
緑に囲まれ、小鳥のさえずりの中、人にあまり関わらずに生きて行ける…。
慎也にとって、ここは「天国」のような場所であり、大叔父には、どれだけ感謝してもしきれない思いだった。
こんな理想生活を、彼は三年間続けた。
そして…。
この「天国」は、いきなり終わりを告げる。
慎也は、「この世」から忽然と消えてしまうことになるのだ。
もしかすると……。
この運命を、大叔父は、知っていたのかもしれない…。
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