第10話

「やべぇ入学したのはいい物の、やりたいことがねぇ…」

「だろうと思ったよ」



 ギルドの中にあるバーで一杯やりながら、俺は遥の奴に悩みを相談していた。

 遥は呆れたように頭を振り、ウイスキーを一息で飲み干した。



 こっちは真剣に悩んでいるというのに、何という言い草だろう。

 俺が睨みつけてやると、遥は肩を竦めた。



 俺は舌打ちをかますと、「コカトリスモドキ」の焼き鳥を手に取って一齧りし、ジョッキに注いであったビールで流し込んだ。



 グラスを叩きつけるように置き、深くため息をつきながら口を開く。



「仕方ないじゃないか、だって10万だぞ10万」

「入学の動機が不純すぎる…で、結局お前何に使ったんだ?」



 なんだかんだと言いつつも、いつだって遥は一番聞いて欲しい事を聞いてくれるのだ。



「そうなんだ、聞いてくれよ。クソったれ。シルバータンクに10万全部賭けたのにあの糞駄馬」



 そこでいったん話を区切って目を閉じる。するとその時のことがありありと脳裏に浮かび上がってくる。



「すったのか」

「あのカス!予想屋の奴は絶好調だって!絶対勝てるって!シルタンしか勝たんって!畜生あの野郎!」



 今思い出しても腸が煮えくり返る!金が入金された次の日の大阪杯でシルバータンクに全幅の信頼を賭けて10万を賭けたっていうのに…!



「どうしてそういう時に限ってゲートから動かねぇんだよ~!!!」



 絶叫し、頭を抱えて苦悩する俺に遥は何も言わず、まるで処置無しとでも言う様に目を伏せる。



「何だてめぇこら、喧嘩売ってんのか」



 カッとなった俺はホルスターからリボルバーを抜き、遥の額にくっつけて凄んだ。

 だがしかしそれなりに長く付き合ってるだけあって俺の癇癪に慣れたもので、遥はただ半目になって呆れるばかりだ。



 平時ならともかく癇癪が爆発している時の俺は非常に気が短い。

 リボルバーの撃鉄を起こすのに迷いは無かった。



 そして今にも引き金に指をかけるってとこで、遥はポロっとこんなことを聞いてきた。



「はぁ…で、賭けたのはシルバータンクだけか?」

「いやナツマッサカリにも賭けたが?」

「何着?」

「一着」

「……」

「……」

「「……」」



 とどのつまり、人生っていうのは失敗する事をあらかじめ見据えていて、いくつ保険を用意できるかが重要な訳だ。

 飯に青酸カリを仕込んで多額の保険金を賭けた夫を毒殺する妻の様に。俺が予想屋の奴の甘言を鵜呑みにせず、自分で調べた結果もう10万をナツマッサカリに賭けていたように。



「…迷宮行くか」

「そうだな」



 俺達は席を立った。



「ていうかお前今日学校は?」

「1週間調べ物でくたくた。私今日は学校行かない」

「えぇ…」





 🐴





 さらさらとした霧雨が顔を打つ。

 鳥獣共の鳴き声が途切れることなく続いている。



 ここは日本迷宮案内所静岡支部の保有するBランク迷宮、「降り止まぬ湿原」だ。

 名づけられた名の通り雨が永遠に止むことが無く降り続けており、強弱もひっきりなしに変化する。



 ずっと雨が降り続けてあるだけあって湿気が強く、生息する魔物はカエル系のものが多い。

 そして何より広くエリアごとに区分けされており、湿気や四六時中雨が降っている事に耐えられるハンターたちからは探索のし甲斐があると、以外にも好評なのであった。



 一体どうしてシケモク達は東京を離れ、静岡にある迷宮まで足を運んだのかといえば、ダーツを放って刺さった所が「降り止まぬ湿原」だった、という何とも適当な理由だった。



 迷宮の作り手がほぼいなくなった昨今、本格的な迷宮が新たに作られることは無くなった。

 その事を憂いた迷宮案内所は何とかして作り手を増やそうと躍起になったが上手くいかなかった。しかしその試みの賜物として長距離移動を可能とした迷宮の開発に成功した。



 おかげで遠くにある迷宮へすぐさま向かうことが出来るようになり、それが現代の迷宮攻略ブームに拍車をかけたのは言うまでもない。



 そんなわけでシケモク達は現在西側に存在する沼エリアに足を運んでいた。



「湿気が強いな。この分じゃお前は糞の役にも立たなそうだな。無理そうなら帰ってもらっても構わんぜ?」



 ハイザラの上から遥を見下ろしながら、シケモクはにやりと笑った。



「なめんな、こんな程度で俺の炎が弱まるか。だったらお前の方こそ火薬が湿気ってそうだぜ」

「はんっ!」

「……」



 2人と一匹は軽口を叩きながら、初見の迷宮をぐいぐい進んでゆく。



 遥はポケットから葉巻を取り出して咥え、魔法で火をつけた。

 シケモクは背中のウクレレを引っ張り出し、ある部族に伝わるいつまでたってもカエルになれないオタマジャクシの嘆きの歌を歌った。



 遥とハイザラは、シケモクの歌う嘆きの歌にそっと耳を澄ませる。



〝皆カエルになったっていうのに、俺は変わらずオタマジャクシのまま。どうしてだ?なぜ俺だけが変わらない?愛するあいつはカエルになった。夢を語り合ったあいつもカエルになった。なぜ俺だけが変わらない?なぜ俺は変われない?どうしてみんな老いているのに、俺だけはオタマジャクシのままなんだ?どうして俺は変わらない?どうして俺は変われない?皆死んでしまったのに、どうして俺は変われない?分からない分からない、分からない……〟




 暗く、悲しい歌だった。じめじめした湿気と混ざり合い、心が陰鬱な気分になっていくのを止められない。

 シケモクは大した才能の持ち主ではないが、何か不幸や良くないものに関する事だけはそれなりに才能があった。



 1人と1匹は一人の屑の歌声と雨音だけを友に、ぬかるんだ沼地を進んだ。



 そして大きな蓮の花が浮かぶ池を通った時、突然池の中から太いピンク色の触手めいたものがシケモク目がけて槍のように飛び出した。



「おっ」



 シケモクは瞬きする間もなくウクレレを背に戻し、ホルスターからリボルバーを抜いて発砲した。



 触手めいたものは半ば程から千切れ飛び、鮮血が周囲を舞った。



「ゲゴーッ!?」



 その瞬間に池の中から悲鳴と共に、水しぶきを上げながら一匹の巨大カエルが姿を現した。どうやら触手状のものはカエルの舌だった様だ。



 このカエルはイザナイフロッグ。主に池に生息しており、通りがかった者を舌で勢いよくからめとり、抵抗する間もなく丸呑みしてしまうというBランク魔物だ。



 だが自慢の舌は半場からちぎり取られてしまい、イザナイフロッグは何もできないままシケモクが作り出したレールガンで粉々に吹き飛ばされて絶命した。



 レールガンから打ち出された電磁弾丸はイザナイフロッグを粉々にするだけに止まらず、潜んでいた他の魔物を池もろともすっ飛ばした。

 地面が揺れる程の衝撃と腹に響くような凄まじい轟音をたて、周囲に膨大な水や肉片がまき散らされた。



「おま、たかがあんなカエルに何だってそんなもんを…」

「え?だって楽しくない?」



 遥は引きつった顔をシケモクへ向けた。

 雨に混じって降り注ぐ肉片や池の水を浴びないように風魔法で散らしながら、シケモクはあっけらかんとした表情で振り返って言った。遥は引いた。



 今の音に引き寄せられたのだろうか。それとも迷宮の浄化作用が働いたのか。

 こちらに向けて、随分多くの魔物が向かってくるのが見えた。



 ついでに近くに居たトレジャーハンターが様子を見に集まってきた。



「おい、今物凄い音がしたんだが、お前がやったのか」

「あぁ、まあな」



 やって来た軽装備のトレジャーハンターに、シケモクはレールガンを掲げて今しがた着弾した個所を示した。



「うげっ!?何だありゃあ…」

「おま…あそこ良い狩場なのに吹っ飛ばしちまってどうすんだ!迷宮だからすぐに元に戻るだろうが、次も同じものが出来るとは限らんのだぞ!?」

「なら猶の事いいじゃないか。マンネリ防止だよマンネリ防止…ていうか迷宮何て常に構造が変化してるんだし、別にいいだろ馬鹿か」

「何を!」



 更に後から湧いてきたトレジャーハンターに咎められるが、シケモクはどこ吹く風だった。



「おいシケモク、無駄話はもういいだろ。来るぜ」

「おっそうだな。こんな馬鹿と話してたらこっちまで馬鹿になるぜ」

「何だとテメ―!」

「下りてこいこら、ぶっ飛ばしちゃる!」

「これあげる」

「え゛っ!?」



 シケモクは後ろからの罵声に耳を貸さず、軽装備のトレジャーハンターにレールガンを押し付け、代わりに新しく作り出した8連装ミサイルランチャーを担ぎ上げ、にっこり笑って引き金を引いた。



 まだ魔物との距離はずいぶん離れているが、発射された8発のミサイルは正確無比に目標へと到達し、遠くからでもわかるほどの大きなきのこ雲が上がった。



「わはははは!」



 続いて遥が大剣を打ち振るい莫大な炎が放たれ、運よく残った魔物はこれで完全に蒸発した。



「「………」」



 遠目からでもかなりの数の魔物がやってきているのが見えていたから、それを一瞬で全滅させたシケモクと遥に、トレジャーハンターたちは驚きに口をあんぐりと開けていた。

 この迷宮は腐ってもBランクだ。魔物だって雑魚じゃない。それなのに寄せ付けないどころかこちらにたどり着く前に殲滅しきるとは。



「お、お前ら何者だ?」



 恐る恐るといった様子で、軽装備のトレジャーハンターがそう聞いてきた

 シケモクと遥は互いに目を見合わせ、それからシケモクは言った。



「屑が二人さ」



 シケモクは肩を竦め、ハイザラに滑車を入れて歩かせた。



「そういう事さ。じゃあなあんたら。いいトレジャーハントを」



 遥は一人一人の肩を叩き、ぐっと親指を立てて、それからシケモクに続いて歩き去った。



 残されたトレジャーハンターたちはまだ驚きから復帰できず、徐々に小さくなっていく2人と1匹の背を茫然と見ていた。






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