第9話


 学園への入学自体はそう難しい事じゃなかった。試験まで時間はたっぷりあったから、試験会場となる場所を特定してからじっくり仕込みが出来た。

 実技試験の迷宮探索も普段行っている迷宮に比べればそれこそ屁でもなく、これもあっさり通過。



 面接試験はあらかじめ根回ししていた教員だったから、ここまでくれば何ら怖いものはない。



「で、あんたはこの後どうするんだ?」



 面接室で煙草を吸いながら、俺は対面で座る面接官の教員、「田中先生」にそう投げかけた。



「そうだなぁ、しばらくは日本に居られそうにないから……ほとぼりが冷めるまで中国にでも行くさ」



「田中先生」は煙草を深々と肺に吸い込みながらしばらく思案するように黙り込み、ややあって重々しい口調でぽつりと呟いた。



「だろうと思った」



 予想が的中し、俺は得意げにパチンと手を鳴らした。



「中国は懐が広いから、きっとあんたみたいなのでも快く受け入れてくれるだろうぜ」

「くそ、一体どこで足がついちまったんだ」



「田中先生」は煙草を片手に、もう片方の手で顔を覆って呻くように言った。



「わはは、何回か成功したもんだからって証拠隠滅の手を抜いちゃいけねぇ。警察サツ共は大衆パンピーの圧力に屈したお上にケツを蹴っ飛ばされて、今血眼になって証拠探しに奔走しているんだぜ。テレビ見てない?毎朝ワイドショーで捜査の経過報告が流れていたじゃないか」



 俺の言葉に、「田中先生」は顔を上げて目をぱちくりして俺を凝視していた。

 その時の奴の顔ときたら!まさに寝耳に水って顔だった。愉快になった俺は懐からスキットルを取り出して中の酒を一口飲んだ。



「んぐっ…、そんな中であんた、態々証拠残すマネなんてしたらどうなるかなんて、それこそスラム育ちのガキにだって想像つくぞ」

「畜生!」



「田中先生」はやおら立ち上がると、世界への呪いの言葉を叫びながら駄々をこねるガキみたいに地団駄を踏んだ。俺は煙草をふかしながら、その姿を肴に酒をちびちび飲んでいた。



 室内が防音なのを良い事に、人に見られている事も忘れて絶叫する「田中先生」へ、俺は憐憫の念を覚えずにはいられなかった。



 俺は煙草をふかしながら天上を見上げ、何とはなしに子供時代の「田中先生」について考えてみた。



 彼だって子供の頃は迷宮に憧れる素直な少年だったに違いない。

 それがいったいどう拗れて若い女を迷宮に誘い込んで薬の売買なんて始めてしまったんだろう。



 どうして売るだけに止まらずに売り物であるはずの薬を使ってキメセクなんてするようになってしまったんだろう?

 どうして誤って殺してしまった女子学生を迷宮の目立つところに置いていってしまたったのだろうか?



 疑問はどんどん湧いてくる。でもいくら頭を捻っても、この答えにたどり着くことはついにできなかった。

 この疑問に答えられるようになるには、一体どうして世界から戦争は無くならないだとか、一体どうしてアル中が世界から消えてなくならないのだとかを解明しない限り、決して答えを出すことは出来ないだろう。



 何という事だ。俺は愕然とした。

 今俺は「田中先生」の苦悩から図らずしもあらゆる天才たちが挑み、そして終ぞ答えられなかった難題と対面していたのだ。



 そうなると、と俺は「田中先生」へと目を向ける。



 そうなると、この大して意味の無い三下の屑にもそれなりの価値があったのだろうな、と俺はしみじみと思った。



 俺が結論を出すのと同時に、タイマーが面接終了の合図を告げた。

 俺は肺に残った紫煙を吐き出すと煙草を消し、未だ喚いてる屑を蹴り飛ばして大人しくさせるとこの後の段取りを手短に話しあい、それから部屋を出た。



 部屋を出るとすぐさま次の生徒が面接室へと補充された。

 あれほど荒れていた奴がこの後まともに面接なんかできるのか気になるところだが、もう終わった事なので、気にしない事にした。



 面接会場から出た俺は裏路地に入り、懐から擬装用のスマホを取り出した。

 それから俺は犯罪者を見つけた者の当然の義務を果たすために、110番へ電話を掛けた。





 👮‍♂️





 日本トレジャーハンター専門学校(通称トレ専学園)は、戦後から復興した日本が1954年に建てた国内初のトレジャーハンター育成学校だ。

 一番初めとあって、その力の入れ具合が半端じゃない。



 普通、専門学校が持っている迷宮の数なんて精々2つ、3つあれば御の字だ。

 しかしこの学園は陸海空含めた迷宮を所持しており、その数実に6つという日本一の専門学校として相応しい迷宮の保持数だ。



 規模がデカいだけあって施設も充実していて、生徒が扱う武器の整備もタダだし、何なら武器の支給だってしてくれる。

 校内に寮もあって、自宅登校か寮登校か選ぶことができ、大半の学生は寮に入るらしい。



 この学校の事を総評すると、一体どうして俺みたいなのがここに居るのだろうか、ということである。



 俺は新入生挨拶という名目の下、教員共が織りなす長話という新入生への拷問に耐えながら、そんな事を考えていた。



 未だ話す教員の話を左へ受け流しながら、俺はバレない程度に周りを見回してみる。

 どいつもこいつも、新天地への希望に目をキラキラさせていた。まるで初めて遊園地に連れてこられた子供にみたいだ。



 この世界にはある暗黙の了解があった。



 それは学園を卒業するまでは迷宮へ挑戦をしないという事だ。いったいいつからそんな物が出来るようになったのかは分からないが、こういうのは結局は積み重ね。

 大方学園出の者が活躍しているのを見て、それに感化された連中が勘違いをして、それを解消しないまま月日が経った結果だろう。



 そのお約束の強制力はかなり強く、陰でドラッグやタバコを吸っているような頭の悪い不良共ですらそれだけは守っている程だから、あまり馬鹿に出来たものではない。



 まあ要するに今まで散々我慢していたオナニーみたいに、やっと迷宮に入れるのが待ち遠しくて仕方が無いのだろう。

 その気持ちは分らんでもない。かつては自分もそうだったのだから。



「――長々とお話ししてしまいました。私からは以上です。それでは新入生代表、北島響さん、前へどうぞ」

「はい!」



 ようやっと一区切りついて、さあ終わりかっと思ったらあの畜生、新入生挨拶なんぞとほざきやがった。

 危なかった。俺は浮かせかけていた腰を再び座席に戻した。もう少し気づくのが遅かったら俺は立ち上がってしまっていただろう。



「北島君」が壇上へ登場したとたん、新入生共の間にざわめきが起こった。



「あれが実技試験を最速で終わらせたっていうやつか…」

「だが筆記の方は散々だったっていうじゃないか、何でそんなやつが新入生代表に…」

「やだ結構可愛い顔してるじゃん、あとで声かけてみようかなぁ~」

「ふんっ、あんな優男より俺の方が」

「ふぅ~ん…」



 在校生とのことはおおむね調べ上げていたが、そうか新入生の事についても調べなきゃいけないかったな。



(めんどくせぇ…)



 ざわめく新入生の中で、俺はこの後しなくちゃいけない作業について思いを馳せ、一人げんなりした。

 もちろん「北島君」の長話など左へと受け流した。そんなものを悠長に聞いているほど、今の俺は暇では無いのだ。



 しかし脳内でどこから手をつけるべきか算段を立てている時に、「北島君」の口から俺にそこそこ関係ある話題が飛び出してきた。



「そんな素晴らしい学園で、つい先日犯罪者が出てしまったことは残念でなりません。田中先生は在校生の間でも―――」

「ぷっ」



 まさかその話題が出るとは思ってもみなかったので、俺はつい吹き出してしまった。



 そんな…、まさか日本一の専門学校から反社会的組織の構成員が出てしまうなんて…!逮捕された翌日に容疑者が忽然と姿を消してしまうなんて…!

 そんな…、『匿名』の電話からの情報で判明したアジトへ向かったらすでに何者かからの襲撃を受けていて、容疑者含めた構成員全員が殺害されていたなんて…!



 そんな…クキキーッ!www



 くすくす笑う俺を、周りのガキどもは何だこいつって目で見てくるが、俺は一向に構わなかった。



「しかしいくら罪を犯したとはいえ、裁判も受けていないのに殺されてしまうなんて、私は残念でなりません。せめて田中先生が死後きちんと己の罪を悔いる機会が与えられる事を願っています」

「ブフーッwww」



 もう耐えられなかった。俺は何とか声を出さないように口元を手で覆うけど、それでも全然抑えきれなかった。周りの視線が強くなったけど、どうでも良かった。



 何故ならこんな話が出る時点で、証拠が完全に消え去っていることを意味するからだ。

 事件はこれで迷宮入り。もともと犯罪者同士のケツのぬぐい合いなんて誰も捜査したがらないのに、根元ごと消し去ってくれたとあっては、最早捜査が打ち切られるのは時間の問題だった。



 事実、昨日の時点で捜査が打ち切られることが大々的に報じられていたから、残酷だ何だ言っちゃいるが結局のところ警察にしても大衆にしても、犯罪者が死ぬ分には誰も文句は言わないのだ。



「北島君」の話が終わり、それでカリキュラムは最後だったようで、閉会の言葉と共に入学式は終わりを迎えた。



 ホールの出口へ向かいながら、俺は口元を手で押さえて未だ過ぎ去らぬ笑いをプルプル震えながら耐えていた。

 なかなか良い出だしだと思った。これならきっと3年間は無事に過ごすことが出来るだろう。



「ぷふーwww」



 この先の学園生活に思いを馳せ、俺は笑いを一つ漏らした。





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