第8話
地面に擬態して待ち伏せ、通りがかりの者を丸のみにするグランドバイソンの頭をハイザラは踏み砕き、編隊を組んで頭上を飛び回るハートドレインに瘴気を浴びせかけて叩き落す。
どんな迷宮にもいて、誰にでも狩り殺されるゴブリンの大群にグレネードランチャーを撃ち込んで群れごと焼き払いながら、シケモクはハイザラにゴールまでの道のりのナビをしていた。
「そこ右ー、そこ左から三番目の穴に入ってー、はいそこ下ってー」
入り組んだ洞窟の中を、一頭と一人は一切減速することなく風の如く駆け抜けて行く。でこぼこ道も下り坂も、落とし穴も何のその。
目の前に魔物や他のトレジャーハンターがいようがお構いなしだ。
シケモクはトレジャーハンターのそばを通る時には決まってヤジを飛ばしたり、サブマシンガンや機関銃をぶっ放した。
ゲラゲラ笑いながら走り去るシケモクに、トレジャーハンターたちはあらん限りに罵声を浴びせかけるが、シケモクはその都度振り返って舌を出して煽った。
シケモクの案内は的確で、物の数分の内に迷宮の深部まで到達した。
ここまでくると後は長い直線があるだけだ。
シケモクはハイザラに拍車を入れ、速度をさらに上げて一息の内に走り切らせた。
直線の先は開けた空間が広がっていた。広場の奥に、大きな魔法陣がある。あれが迷宮の出口だ。
しかしこのまま魔法陣に触れても帰還する事は出来ない。帰還するには資格がいるのだ。ボスを倒したという資格が。
ずずず…と地面が揺れた。
「お、今回はこいつか」
馬上でシケモクは淡々と準備を進めながら、特に感慨も無くそう呟く。
ハイザラは棒立ちで興味なさそうに尻尾をパタパタと振っていた。
揺れは次第に大きくなってゆき、広場の中心の地面が割れ、それは顔を出した。
それは巨大な芋虫だった。土色のごつごつした体は並の刀剣を弾き返し、掘り進むために進化した牙は人間の頭など人噛みで噛み砕く。
この迷宮で最もよく現れるボス、グレイブワームと言われる大型の魔物だ。
この魔物は危機を感じるとすぐに地面に引っ込む習性を持ち、仕留め損なうと泥沼の長期戦に持ち込まれてしまう。
更に地面に潜れなくなったとしても巨体の割にスピードが速く、固い体を利用した突進は並のトレジャーハンターを一撃で行動不能にする威力があり、もっとも出会う事の多いボス魔物ながら、かなりの難敵として知られている。
が。
グレイブワームが迷い込んだ獲物を認識し、今まさに顔を合わせんとした瞬間にシケモクは構えていたロケットランチャーを撃ち込み、グレイブワームは反応する間もなく頭部を粉々に吹き飛ばされて絶命した。
「あーあ、たまにはレアエネミーと会ってみたいなぁ~。こんな雑魚じゃなくてさ」
力なく倒れ伏すグレイブワームに一瞥も向けることなく、シケモクはがっくりと肩を落とした。
この男からすればCランク迷宮のボスなど道中で殺してきた雑魚魔物と何ら変わりなく、落胆で肩を落とすのはある意味仕方がない事なのかもしれない。
「つまんね、帰ろハイザラ」
ハイザラに帰還を促し、彼女の蹄が今まさに魔法陣に触れようとした矢先、背後から大声が聞こえた。突然の大声にハイザラは驚いて耳をべたんと寝かせ、シケモクは心底面倒くさそうに振り返った。
見ると、がっかりした様子でグレイブワームの死骸を指さして、抗議に燃える
どたどたと走り寄ってきて不平不満を吐きまくる遥を適当にあしらいながら、2人と1匹は魔法陣の中へと入り、迷宮から帰還した。
😡
帰還用のポータルからギルドへと戻った俺たちは、再び施設内のバーへと足を運び、受け取った迷宮クリア報酬で酒をがばがばと飲みながら語り合っていた。
「なあ、お前これから先どうすんの?」
「あ?」
俺が日本酒をちびちびやっている時、いきなり遥はそんな事を言ってきた。
話の意図が分からず、俺はただ首をかしげて話の続きを促す。
「いやぁよ、ただ気になっちまってな。お前今年でいくつだ?」
「17だな」
「学校とか行く気は無いのか?」
「学校!はっ!」
ようやく奴の意図が読めた。つまるとこ遥の奴はいっちょ前に俺のことを心配しているらしい。自分の面倒すら見ることが出来なかった男が人の心配?
その事に気づいた俺はつい笑ってしまった。
学校だと?俺は前の人生の様に窮屈な環境に身を置かないって決めたんだ。
社会的不適合者?人間の屑?だからどうした。それが何だ。場当たり上等。無軌道上等。
学校何て窮屈な環境の最たるものじゃないか。頭の悪い運動系のカス共が幅を利かし、親の力を自分の力と勘違いしたボンボンが貴族の様にふんぞり返って周りの奴らを見下して回り、力無き生徒たちはそいつらの顔色を窺ってへこへこへこへこ。
またあの日々に戻れと?冗談じゃない。
「行く訳ねぇだろ。お前俺と一緒になって何年だ?結構な年数を共にしてまだ俺がどういう男か理解できてないのか?お前はそんなにバカだったのか?」
俺はせせら笑って遥の言葉を一笑に伏した。遥の奴は残念そうに目を伏せ、首を振った。
「そうか勿体ねぇなぁ」
「はん、何が勿体ねぇっつうんだよ。学校に通って無駄な時間使う方がよっぽど勿体ないぜ」
俺は鼻を鳴らし、刺身を一口食べた。
だが俺のその態度も、次に遥の奴が言った言葉でたちまちの内に覆る事となる。
「だってよ、今トレジャーハンターになっている奴が指定された学園に入学出来たら現金で10万貰えるっていうキャンペーンがされていてな」
「友よ、青春を謳歌するにはやはり学校に入学するのが一番だと思わないか?」
そうさ、やはり十代っつったら学生生活だよな。
遥は呆れたように眉をしかめたが、生憎俺は気にしちゃいなかった。
既に俺の頭の中は10万を一体どの馬に賭けるか、それしか頭になかった。
バクオンスズカか?ナツマッサカリ?そういえばシルバータンクの奴は最近連勝してたな。
ただそんな事を今考えても狸の皮算用に変わりなく、いくら夢想したところで合格しなければ意味がない。そのためにはまず指定されているという学校を調べ、試験担当者と会場になる場所を徹底的に調べ上げねばならない。
こうして俺は学校に入学するためのいろいろな準備をするため、その日は
お開きとなった。
遥の奴が席を立つ前に俺はそそくさと店の外へと走り去った。
後ろから静止の声と悪態が聞こえてきたが、そんなものは知った事じゃない。今の俺は使命がある。いちいち止まる事など許されないのだ。
「金…!競馬…!当たり券…!」
拠点としているアパートに向けて歩を進めながら、俺はまだ見ぬ学園生活への期待に思いを馳せずにはいられなかった。
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