第3話

 それからはあっという間だった。



 俺が隙を晒すのを虎視眈々と狙ってた屑ガキ共が背後から俺を殴り倒し、ひっくり返った俺に起き上がる隙を与えることなくリンチかけてきた。



「死ね!」

「お前のせいで俺たちのチームはめちゃくちゃになったんだ!」

「ボスの敵だ!死んで償え!」

「ッ!?ッ!!?」



 口々に罵りながら、ガキどもは夢中になって俺を蹴りまくる。俺は何とか縮こまって耐え忍んで反撃の隙を窺うけど、連中は隙を見せないわ意識が朦朧としてくるわ、もう散々。



 俺を襲ってきた屑共は3人いて、そのうちの一人が蹴るのを止めてちょっと後ろに下がった。そいつは右腕を突き出して、狙いを定めて俺を狙ってるのが霞む視界の中に映った。



 そいつの体の魔力の循環が早まり、右腕に集中するのが

 魔力の質から火属性の魔法で、腕に集中した量を鑑みて初級魔法、拳大の炎をぶつけるファイヤの魔法だと俺は当たりをつけた。



 攻撃の密度が下がったから、俺は立ち上がろうと思えば立ち上がれたんだけど、もっといい考えが浮かんだから、バレない様に身体強化の魔法を使って防御力を上げ、俺はひたすらその時を待って耐え忍んだ。

 なぁ~に、こいつらのクランの総攻撃の時に死にかけた時に比べればこんなの屁でもねぇ。

 嘘、やっぱ辛いわ。(♨)



「良し、チャージ完了だ!お前ら離れろ!」



 そう言って魔法チンピラが叫ぶのと同時に、屑二人は俺から距離を取ろうとした。

 コノシュンカンヲマッテイタンダー!



 俺はひたすら耐え忍び、体内に溜めていた力を瞬間的に開放し、一気に立ち上がると、距離を取ろうとしていたガキの一人を掴んだ。





 😄





 シケモクは瞬間的に起き上がると、ストリートギャング残党Aの肩を掴み、魔法を今にも撃ちだそうとしていた残党Cに向かって強化された膂力で突き飛ばした。



 丁度その瞬間残党Cがファイヤの魔法を撃ち放ち、残党Aは避けること敵わず全身を炎に包まれた。



「ギャアアアアアア!!!」



 Aの悲鳴が、裏路地に響き渡った。結構な音量の悲鳴だったが、孤児同士の殺し合いなどこの町では日常茶飯過ぎて、顧みる者など誰もいない。



 Aはごろごろと転がって火を消そうとしたが一向に火は消えず、びくりと痙攣したかと思えば、それっきり動かなくなった。



「「エイ!?」」



 焼死したAに悲痛な声を上げる残党Bと残党Cの二人。ストリートギャングの構成員だったとはいえ、所詮10代にもなっていない子供でしかない。

 想定外の事が起こればギャングのメッキなどたやすく剥がれ落ち、年相応の面が顔を出し、どうしていいか分からなくなるのだ。



 そしてそんな子供らしい向こう見ずな暴力が、復讐心が、図らずも眠っていた鬼を目覚めさせてしまった。



 シケモクは黒焦げになったAの死体を脇に蹴り転がすと、血の混じった唾を吐き、そこで初めて襲撃者の姿を視界に収めた。



 身なりは典型的な孤児らしくボロボロで、腕にはかつて存在したストリートギャングのシンボルの描かれたスカーフを着けていた。

 年の頃は両方とも7~8くらいの少年二人で、髪はボサボサ、体はガリガリで、光差さぬ奈落の様な暗い目は捨て鉢な殺意に満ちていた。



 しかし殺意はそのまま、先ほどの怒りは何処へやら。二人は敵である彼に背を向けて焼死したAに駆け寄り、もう無駄なのに死ぬな死ぬなと壊れたラジオの様に連呼していた。



(こんなカス共に俺は良いようにされてたのか…)



 仲間一人殺されたくらいで狼狽えている元ストリートギャングを、シケモクは冷めた目で眺めた。

 ストリートギャングをしていれば、こういう事は何度もあっただろうに。



 そもそも間接的とはいえ一組織を潰した奴を相手に、犠牲者が出ないとこいつらは本気で思っていたのか?



 シケモクの中にふつふつと怒りが湧き上がり、コールタールの様にねばつく殺意に火をつけた。さらに積み重なった祈りという名のガソリンが注がれ、爆発した。



 視界が殺意で真っ赤に染まり、シケモクは衝動のままに、吠えた。



「オ゛ォ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ーッ!!!!」



 シケモクの咆哮は地鳴りかと思うほどに凄まじいものだった。尋常じゃない音圧の魔力交じりの咆哮は衝撃波すら伴って周囲にまき散らされ、残党BとCはたまらず吹き飛ばされた。



 ひとしきり吠え終えたシケモクは、殺意と怒りによって濁り、血走った眼を二人の襲撃者へと向けた。その形相はまさに地獄より這い出た鬼と呼ぶに相応しい。



 鬼の殺意は際限なく高まり、質量を持ち、形となって彼の手の中に現れた。



 生成された物体は大口径のリボルバー銃だった。子供の掌には収まりきらないグリップは片手で持つには大きすぎ、両手で持ってもなお持て余していた。

 両手で握りしめているのにもかかわらず、ずっしりと重い。2,055g。それが彼の殺意の重さだった。



 鬼は一目だけそれを確認すると、撃鉄を起こし、躊躇なく引き金を引いた。反動が思いのほか大きく、鬼は思わずたたらを踏んだ。



 構えも何もあったものじゃない当てずっぽうな射撃。当然当たる筈も無く、残党Bの頭を狙った弾丸は頬の肉を幾許か削り取っただけで、そのまま明後日の方へ飛んでいった。



 期待した結果は得られなかったが、それでもBを怯ませることはできたようで、Bは悲鳴を上げて負傷した方の頬を押さえて尻もちをついた。

 Cは銃撃の音にびっくりして棒立ちになり、痛がるBとシケモクの方に何度も視線を彷徨わせ、あわあわと狼狽えていた。



「ハッ!素人が適当に撃ったってそりゃ当たらんか!こりゃ明日から要練習だな!」



 つーかスゲェ反動、と独り言ちながら、転げ回ってのたうつBに向かって歩み寄り、途中棒立ちになっているCの額に銃底を叩きつけ、額をカチ割った。



「ギャアッ!?」

「よう坊主!さっきはとても素敵なプレゼントをどうもありがとう!おかげで目が覚めたぜ」



 ひっくり返ったCを蹴飛ばして壁に叩きつけると、シケモクは口から滴る血を払いもせずに、のたうつBへにこやかに笑いかけた。

 しかしBは痛みでそれどころでは無く、彼に注意を払う余裕などない。シケモクは当然それを承知している。これは自分への言葉だった。



「全く落差ってのは恐ろしいものだな!長い期間の重圧が消えたもんだから、つい油断しちまったぜ」



 シケモクは誰にともなく言うと、のたうつBの頭にゆっくりとリボルバーの照準を合わせた。

 だがBはのたうち回っており、シケモクは舌打ちしてCにしたのと同じように、銃底を叩きつけて



「ッッッ!?ッッ!!!??」

「さすがにこの距離なら外さんよなぁ~」



 頭蓋骨を損傷し、びくびくと体を痙攣させるBに満足気に頷くと、シケモクは今度こそ止めを刺すために頭部に照準を合わせた。



「あ、そうだ。あの世でてめえらのボスにあったら言っておいて欲しいんだが」



 そんな物があればだけどと思いつつ、シケモクは撃鉄を起こしながら、ふと呟いた。



「どうせ保管するなら現金より、金とか宝石とかにして置いといてくんない?そっちの方がかさばらないからさ」



 返答を待たず、シケモクは引き金を引いた。

 既に陽は落ち、月明かり差し込む暗闇の裏路地の中に、乾いた銃声が響いた。

 魔法や武術の炸裂音とは違う、熱も意思も無い、冷たく無機質な炸裂音だった。



 シケモクは頭が爆ぜ飛び、死後のけいれんで手足をぴくぴくさせる、無残な死体となった元Bを無感情に見下ろした。



 はじめての銃殺は、思った以上に心に響かなかった。

 今までと違い、直接殺した感触が無かったから、それが余計に影響しているのもしれない。



 しかし、こうも全く殺した相手の事を考えなくなるのはいかがなものか。

 シケモクは自らが生み出した、殺す為だけに作られた恐るべき殺人道具を見つめた。



 見つめたところで、黒光りするリボルバー銃は何も語りかけてくれなかった。

 当然だろう。より効率的に他者の命を奪い、いくらでも量産できるよう設計されたこの悪魔に、僅かばかりの温もりすらありはしない。



 そこでふと、銃というものの真の恐ろしさは、相手を殺すのに躊躇いが無くなる事という話をシケモクは思い出した。



 効率的な殺傷能力、誰でも使え、コンパクトで持ち運びも簡単なこの兵器は、その利便性の代償として、相手を撃つことへの躊躇いが薄れるという深刻なデメリットがあった。



 これを使い続ければ、いつか俺もそうなっちまうのだろうか?

 シケモクは考える。



 それは…ダメなんじゃないか?

 もう何人も殺してる俺が言うのもなんだけど、だからこそ、最後の一線だけは守り抜かないといけないじゃないか。



 俺はもうどうしようもない程の屑野郎だけれども、殺した奴へのリスペクトっつーか、死者への敬意っつーか…。



 物思いに沈みそうになったところで、シケモクは意図的に思考を打ち切った。

 長々と考えるのは性に合わないし、この問題は少し考えたところで答えの出るものではないからだ。

 それに、敵はまだ残っている。あのガキと同じミスをするのは御免だ。



 シケモクは顔を上げ、無様に這いずって逃げようとしているCに向かって、わざと靴音を立てて恐怖を煽りながら歩み寄り、背中を踏みにじって押さえつけた。



「ヒギィ!?」



 シケモクは踏みにじられて猶逃げようと藻掻くCの後頭部に銃口を当て、無駄だと思いつつ、何か残すことは無いかと聞いた。



「い、いやだ…しに、死にたくない…死にたくないよ…」

「だめだこりゃ」



 相手に会話する気が無いとわかるや、シケモクは躊躇なく引き金を引いた。

 弾丸はCの頭を木っ端微塵に吹き飛ばし、血と骨片と脳漿を辺りに飛び散らせた。



 凄惨な光景に、しかしシケモクは眉一つ動かさず、何の感慨も無くそれらを一つづつ無感情に見やった。



 びゅう、と殺伐とした風が吹き、シケモクと3つの死体を撫でた。凄まじい死臭が、鼻を突いた。



 死体を交互に見ながら、この時シケモクの心の中に様々な感情が行き交った。

 このような事をしておいて大して動揺していない自らへの戦慄、躊躇なく成し遂げた事への嫌悪、もう後戻りできない諦め。



 いつまでそうしていただろう。やがてシケモクは頬に付着した肉片を払うと、CとBの懐をあさり、金目の物を奪うだけ奪った。



「二人合わせて2万5千か。ちぇ、しけてやがる」



 怪我の割に合わないとぶつくさと文句を言うシケモクだが、まぁ固有魔法が発現したし、それでプラマイゼロってことにしておくか、と自らを納得させた。



 それから彼は死体を通行の邪魔にならないように脇へと転がし、教会に向けて足を進めた。



 教会に行けば、金さえ払えば身分問わずに回復魔法による治療が受けられるからだ。怪我は身体強化の魔法をかけてたからか、幸いにして骨も内臓も無事だった。

 だが放置して良いような物でもなく、多少値も張るし、鼻持ちならない神父共の世話になるのも気に食わないが、この際必要経費と割り切った。



 こうして、誰も知る事無くひっそりとこの世界に鬼が誕生した。

 彼はこの先多くの命を奪い、様々な人物の心を滅茶苦茶にひっかき回すことになるのだが、それはまだ語るべき時ではない。

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