第4話

 町の端っこにスラムは存在する。

 ここは見捨てられた土地。行き場のない子供や、後ろ暗い過去を持つ者が最後にたどり着く最後の砦ヘイブン



 そういう事情があるから、住んでいる者のほとんどが何かしらの犯罪行為とは無縁ではいられない。

 ギャングに入り犯罪の片棒を担ぎ、あるいは窃盗で日々の糧を得るか、失敗して殺されるか。それは大人も子供も変わらない。



 そんな街の端にあるスラムの更に端っこ、スラムの住民ですら居つかない建物すらない広場に、一人の少年がいた。

 スラム育ちとは思えない程小奇麗に身なりを整え、栄養の行き届いた顔色の少年だった。



 彼こそはヤニカスのシケモク。一度死に、いかな理由か赤子としてこの世界に蘇った生まれながらの屑である。

 シケモクは年不相応なリボルバーを握り、一心不乱に的に向かって射撃をしていた。



 どれだけの時間そうしていたのだろうか。彼の足元には夥しい空薬莢が地面を埋め尽くさんばかりに積み上がっていた。

 弾が尽きるとシケモクはすぐさま排莢し、スピードローダーで手早く薬莢すると射撃を再開。繰り返す。何度も。機械の様に。



 無心になって射撃していること数時間、時刻は12時を過ぎたくらいで、シケモクは一旦射撃の手を止めた。

 額の汗を払い、持っていたアサルトライフルを地面に置くと、シケモクは脇に置いてあったバスケットの中から水筒を取り出して、グイっとあおった。



 火照った体に冷たい水が染みわたり、心地よい疲労感と何とも言えない爽やかさが混ざり合い、自然とため息が漏れた。

 水筒をバスケットに戻し、次にシケモクが取り出したのは肉厚のベーコンと、新鮮なレタスとトマトをふわふわな食パンで挟んだ大きなサンドイッチだった。



 シケモクはどっかりとその場に腰を下ろすと、大口を開けてサンドイッチに齧り付いた。

 ふわふわなパンと、肉厚でうま味たっぷりのベーコンの合い具合と言ったら。筆舌に尽くし難い。新鮮なレタスとトマトのシャキシャキとした触感が噛んでいて楽しい。



 どれもこれも、彼の詐欺じみた手法に引っかかってしまった善良な市民たちから手に入れた食材だ。

 この男、内心の小物具合と裏腹に、とにかく取り繕うことが得意だった。

 哀れにもこの屑の演技に引っかかってしまい、善意から何かしらあげてしまった市民は数知れない。



 美味なる食事に、シケモクは大層ご満悦だ。にっこりとした笑顔がとにかく憎たらしい。

 もし誰かがこの顔を目撃したら、きっと殴らずにはいられなかっただろう。

 運の良い事に付近には誰もいなかったから、そんな事にはならずには済んだのだが。



 だがその運の良さと引き換えに、彼は厄介な物を引き寄せてしまったようだ。



 シケモクは咀嚼していたサンドイッチを飲み込み、再び大口を開けてかぶりつこうとして、止めた。

 訝し気に眉を寄せ、シケモクはサンドイッチをバケットに戻すと、耳を澄ませた。



 初めはかすかに聞こえる程度だったが、時間が経ちにつれ、音はどんどん大きくなってくる。

 明らかにこちらに向かって近づいている。彼の存在に気づいているわけではなさそうだ。しかしこのままでは真正面から相対する事は避けられそうにない。



「どーしよっか?」



 シケモクは困ったように小首をかしげた。

 差し迫った危機に、およそそぐわない軽い調子で彼は呟いた。



 シケモクは単純で楽観的でいい加減な男だった。だから何度痛い目にあってもその性格を改めることは無かった。この男は本当に危機が迫らない限り、決して深く考えたりすることは無い。

 だから今回も深く思考することは無かった。面倒だからだ。



 取るにならない事をつらつら考えている内に、やってくる者はすでにシケモクの視界に入ってくる程度には近づいていた。



 視界に入ってきたのは上半身半裸で、露出した肌のあちこちにタトゥーを入れている十数名の若者たちだった。

 彼らは近ごろ現れた新興ギャング団、『インディアナ・イグアナ・クラン』というストリートギャング集団だった。



 イグアナの被り物をつけたイグアナジョンソンを頭目に、彼のイグアナ魂に引かれた若者で構成されたギャング集団だ。

 尤もその特異な見た目とは裏腹に、やっている事は他のストリートギャングと似たり寄ったりだった。即ち無軌道に暴れたり、奪ったり、ヤクザの下請け仕事に精を出したりだ。



 インディアナ・イグアナ・クランの登場に、シケモクはいささか面食らった。



 基本的に、陽が出ている時間帯のスラムは驚くほど人影が少ない。

 その理由は犯罪を片棒を肩いでいる者がスラムにはあまりにも多く、そういう者らが人目に晒される事を嫌って閉じこもった結果、そのようなゴーストタウンめいた有り様になったのである。



 だからこのように昼間に堂々と集団に出くわすのは、実は結構珍しい事なのだった。予想外と言って良かった。



 インディアナ・イグアナ・クランはシケモクとの距離が約100mほどになって、彼の存在に気がついたようだ。

 見るからに健康そうな顔色、スラムには似合わない上等な服装。スラムの住民が襲い掛かる理由としては、それだけの特徴で十分だった。



「ホウ!ホウ!」



 リーダーが獣の鳴き声のような声でメンバーに合図を送ると、各々の武器を、角材、長剣、ハンマー、割れた瓶を抜刀した。

 魔法が得意な者はいつでも撃てるように、体内魔力を活性化させた。



 複数の武装したストリートギャングによる強襲。本来なら絶望的で、5歳児にはあまりにも荷が重すぎる状況に、しかしシケモクは目を輝かせた。



「やった!動く的だ!」



 しかも金が手に入ってお得!



 シケモクは嬉々とした表情を浮かべると、素早く立ち上がり、足元にあったアサルトアイフルを蹴り上げて掴み、警告も威嚇射撃も無しに躊躇無く発砲した。



 シケモクの第一射は、一番先頭を走っていたリーダーの肩の肉を抉っただけに終わった。リーダーは虚を突かれ、僅かばかりに動きを鈍らせたが、元来スラム育ちの者は常に痛みに晒され続けた結果、痛覚が鈍い者が多い。

 彼も例に及ばず痛みに鈍く、却って闘志を煽る結果になった。



 下手くそ。シケモクは心の中で自らを罵った。



 罵りつつ、シケモクは第二射をすぐさま撃った。

 今度は狙い通り、リーダーの足を吹き飛ばすことに成功した。



 いくら痛覚が鈍かろうが、足を吹き飛ばされればスラム育ちの荒くれ者でもたまらない。



「クケーッ!?」



 足を吹き飛ばされたリーダーは勢いよく顔面から地面に倒れ込んだ。

 先頭を走っていた者が急に倒れたものだから、後続の者は対応することが出来ず、将棋倒しになって地面に倒れ込んだ。



 群れを潰す一番簡単な方法は、頭を潰す事である。

 走っている時は集中して狙いをつけなければならないが、全員をこけさせてしまえば、後は楽な物だった。



 起き上がってきた者の頭を順々に吹き飛ばし、次々数を減らしてゆくインディアナ・イグアナ・クランの者たち。

 たまに狙いが逸れ、腕や胴体に当たる不幸な者もいた。



 それ等の者は痛みに悶絶して、頭を吹き飛ばされるまで地獄の苦しみを味わった。



 時折やけくその様に炎や風の塊が飛んでくるが、シケモクは努めて冷静にそれらを撃ち落として造作もなく無力化した。



(アサルトライフルだし、リボルバーみたくいちいちリロードしなくていいから楽でいいな)



 メンバーの顔面を吹き飛ばし終え、後退って逃げようとするイグアナジョンソンの被り物を剥ぎ取りながら、シケモクはそんな事を考えた。



 イグアナジョンソンの素顔はこれといった特徴の無い、没個性的な顔だった。

 大方その事を嫌った彼が被り物をつけて個性をつけようとして、それが受けて増上した結果がこのクランの成り立ちだろうな、とシケモクは淡々と推測した。



 イグアナの無くなった、ただのジョンソンは錯乱した様子で命乞いを捲し立てるが、シケモクは何ら反応することなく腰に差したリボルバーを抜き、頭に2発、心臓に2発くれてやった。



 クランのリーダーが死亡し、新興ギャング組織、インディアナ・イグアナ・クランは誰にも看取られる事無く、スラムの片端でひっそりと消滅した。



 彼の目の前には頭部の無い死体が折り重なる地獄めいた光景が広がっていた。



 血生臭い風。爆ぜ跳んだ肉片。早くも死体に群がり始めた夥しい蠅。

 シケモクに感慨はない。何せこれは固有魔法を発現してからの彼の日常の一風景だったからだ。



 シケモクは面白くもなさそうに死体を一瞥すると、いそいそと金目の物を剥ぎ取り始めた。そして取る物を取ったら一か所に死体を集め、用積みとばかりに死体に火魔法を放って燃やした。

 魔法の火はあっという間に死体を包み込み、1分も立たないうちに死体を完全に炭化させた。



 火が鎮火し、死体が炭化したのを確認したシケモクは満足そうに頷き、齧りかけのサンドイッチを手に取り、何事も無く昼食を再開した。

 その時風がびゅうと吹き、炭化した死体の山は強い風にあおられて、ボロボロと崩れ去った。

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