第2話

 今、駅前の広場再開発してるだろ? そうそう、あの、石畳みたいになってて、なんでか分からんけどお椀をふせたようなぽっこりしたオブジェみたいなのが何個かあるとこ。


 あそこ、待ちあわせスポットだったよな。俺もよくあそこで待ち合わせとかしたよ。駅前だし、便利だし。誰でも知ってるし。


 で、週末になるとあそこでストリートライブとかもよくやってたの知ってる? 男二人のギターデュオとか。第二のゆずを狙ってたんだろうな、あれ。かぼすとか、すだちとか。俺には上手いとか下手とか分かんないんだけど。でも、ずっとやってるとそのうちファンみたいなのがついてさ。女の子が集まってきて、じっと聞いてるんだよ。時々きゃーきゃー言いながら。


 別に羨ましいわけじゃないんだけど、俺、そういうのよく見てたんだよね。なんか、こう、「へー」と思って。


 俺? 俺ね、その頃、高校中退してぶらぶらしてたんだよ。ようするにものすごく暇だったわけ。だって本当になにもしてなかったんだもん。けど、あれよな。人間っつーのはさ、時間だけあってもしょうがないんだよな? よく「頭を使えば金がなくても遊べる」みたいなこと言う人いるけど、それはいつの時代の話してんだって思うよ。昭和のど田舎でガキが野原走りまわって満足してたのとは世代も年齢も違うんだから。


 ほどほどの都会に住んでて、こっちは多感な十代青春どまん中。金はね、いるよ。実際のところ。ゲーセンもネカフェもマン喫も、金ないと行けないじゃん。今ならもうちょっと遊び方ってのも分かるんだけど。あの頃はね、知らないんだからしょうがない。時間の使い方を。


 昼間はね、寝てんの。なんで暇すぎると人間って昼夜逆転すんのかね?同じだらけるにしても、昼間だらだらして、夜は寝ればいいじゃん? 日の出と共に起き出し、日暮れとともに休むっていうね。それなのにどうしてだか自分でも分からないんだけど、昼間はとにかく眠くてたまらなくって、太陽がうっとうしいっていうか。外に出ようなんて気はまったく起きないんだよ。


 昼間にそれこそバイトでもなんでもすればいいわけなのにさ。それができないんだよな。毎日「明日こそバイト探そう」と思うんだけど、翌朝になると「眠い」が勝つんだよ。人はそれを「だらしない」とか言うかもしれないけど、そん時はね、もう、眠いという生理が最強だから。それを上回る意思の強さなんてものはないの。

 考えてみると、あの生活から脱出して普通に昼間起きて、夜寝る生活ができるようになってるなんて、俺ってすごい。え? 当たり前だって? それはそうかもしれないけどさ、まあ、言うなればドラッグみたいなもんだよ。一度快楽を覚えると足洗うの大変だろ。あれと一緒。堕落していく自分を振り切って、まっとうに生きていくのはすごい精神力がいると思うよ。


 あの頃はまだ大学行こうとかいう気もなかった。美大志望ってわけじゃなかったんだよな。絵を描くのは好きだったけど、ほんの落書き程度。だから予備校行くとか受験勉強するとか、デッサン習うとかは一切やってなかった。


 え? よく受かったなって? そこよ。俺もそこは本当にそう思う。宝くじ当たるようなラッキーだなって。そりゃあ、美大行こうって決めてからそれなりに勉強はしたけど。だって俺、その前に大検取らなきゃいけなかったしね。


 そんなわけでさ、夕方になるとなんとなく散歩がてら近所ぶらぶらして。家で飯食ったり、ごろごろしたりしてるんだけど、何かに呼ばれてるみたいに落ち着かない気持になってくんの。


 たまに地元の友達とか幼馴染が遊びにきて、一晩中うちで遊んでるなんてこともあったけど、そういうのって基本、週末だろ。みんなは学校あるわけだから。俺だけがいつでもフリーダム。予定があるわけじゃないし。


 夜が深まっていくほど気持ちが落ち着かなくなる。それともうひとつ「ああ、今日誰とも口きいていない」とか考え始めちゃうんだよ。唐突に。生活パターンから考えたら当たり前のことなんだけど。でも急にそれが無性に寂しくて虚しいことみたいに思えて、いてもたってもいられなくなるんだ。


 じゃあ何かしろよっていうのはナシな? そういう精神状態じゃないんだから。こっちは。


 考え始めたらもうどうしようないから外に出る。散歩の時もあれば、本当にいてもたってもいられなくて、どうしていいか分からない気持ちでいっぱいで海沿いの国道をえんえんと走ってみたりして、とにかく頭の中から「孤独」みたいな気持を追い出しにかかるわけ。走るのしんどいから、その間は全部忘れていられるから。


 それかあの駅前の広場。あそこ行って、その辺に立ってタクシー乗り場に並ぶ列とか、酔っぱらいとか、水商売のお姉さんとか、色んな人を眺める。もちろん柑橘系ギターデュオやホルモン系二人組とか、ギャルバンからロックから色んな連中が来て歌っていくのも、ずっと見てた。


 ん? ホルモン系? ああ、コブクロ。焼肉行ったらあるじゃん。コブクロ。馬鹿、知ってるよ。二人の名前合せてんだろ。冗談だろうが。でも、言っとくけどコブクロは美味いよ。俺的には、テッチャンの次だけど。は? テッチャンて誰だって、それは正真正銘のホルモンだよ。馬鹿じゃねーの。ははは。


 あの広場にいると色んな人がいるなあって思う。男も女も、年寄りも若いのも。いっぱい。当たり前なんだけど世間にはこんなにいっぱい人がいて、それぞれの人生を生きてて、目の前を通り過ぎて行く。例えば俺が死んでも、彼らにはなんの影響もない。人が多いほど世界が動いているっていうか、地球って本当にまわってるんだなって思う。なんとなく一人でいたくなくて家から出てきたのに、人が多ければ多いほど、一人を感じる。


 めんどくさいだろ。でも本当にそうなんだ。誰も知らないし、誰とも分かりあえない。そんな気持ちになってさ、でも、見知らぬ人たちが溢れまくっててみんなそれぞれの人生を生きてるんだなって考えてなんとなく楽しくなるんだよ。そしてその後に孤独を噛みしめるんだけど。


 ところでお前ら、あの広場に名前あるの知ってる? 知らないだろ。あそこ、でこぼこ広場とか呼ばれてる時もあったみたいだけど、本当は「アモーレ広場」っていうんだよ。本当だってば。市役所で聞いてみれば分かる。嘘じゃないから。イタリアは関係ねーよ。なんかね、公募で決まったんだって。アモーレ。それはそれでなんなんだって思うけど。俺も知らなかったんだけどさ。それ、あそこで会った人が教えてくれたんだよ。うん、そう。……まあ、女の人な。

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