アモーレ広場の歌姫
三村小稲
第1話
どういう話の流れでそうなったのか定かではないが、学生が一人暮らしの友達の家に集まって飲み会なんぞ開いている場合、結局最後はエロ話しになるのが常で、その時もやっぱりそうだった。
服部は海からほど近い古い木造の平屋に住んでいて、玄関の格子戸を開けると薄暗い廊下が奥へと続き、庭に面した方に並んで二部屋。和室と、フローリングというものではなくもっと古風な板敷の洋室が連なり、いずれもガラス障子を建てた縁側で行き来ができるようになっていた。
和室の畳は日に焼けてひなびた色合いで、丸い卓袱台が中央に置かれ、座布団は部屋の隅に積み重ねてあった。
茶箪笥の横には仏壇があって服部はいつもそこにワンカップの酒や菓子を供えているが、友達と飲んでいるとすぐに自然な調子でそれらに手をつけるので、誰もが仏壇を「食品保管棚」のように感じることがあった。
そこから廊下を挟んで台所兼食堂。それから風呂、トイレ、物置と化している応接間が廊下沿いに横に並んでいた。
庭は板塀に囲まれ、やや貧弱ではあるが桜の木が一本。その他、椿の低木も数本。あとは雑草が生えているばかりで、およそ手入れらしい手入れはされていない。そのせいか近隣の野良猫が出入りして、我がもの顔で昼寝していることがよくあった。
玄関の格子戸に鍵がかかっていることはなく、そのことを誰もが知っているにも関わらず、友達はみんな玄関からではなく、家と板塀の間に設けてある人一人通れる程度の通路を通って実に勝手に庭へ入ってきて、やはり鍵のかかっていない縁側から家へと上がりこんでいた。それは野良猫のようなあつかましさと気安さだったが、服部は同じように受け入れていた。
この家はもともと彼の亡くなった祖父母の家で、美大の学生でもある服部がアトリエと称して好き勝手に使いつつ一人で暮らしていた。時々友人が「鍵をかけた方がいいんじゃないか」と心配したが、当人は「盗るものがない」と言うばかりで気にも留めないようだった。
しかし彼が言うように「盗るものがない」以前に、この家が「無人」の時が極めて少なく、泥棒の入る余地はないようにも思えた。
彼の人柄に依るものか、多くの友人があがりこみ、泊まり込み、入れ替わり立ち替わりして、いつも誰かしら家を賑やかにしている。服部が留守の時でも。
集まってくる彼らも美大の学生で、板敷の部屋をアトリエにしてキャンバスをイーゼルに置き、絵の具の匂いを充満させ、時には角材を削り出して木屑の匂いを漂わせ、それぞれの創作活動に勤しんでいた。しかし大抵の場合は縁側で本を読んだりギターを弾いたりするのがほとんどの時間を占め、人数が集まればおもむろに飲み会が始まって朝方まで続くのが常だった。
真面目に芸術を語っていることもあれば、恋愛の話だったり、大学の講義や課題の話題、バイト先での出来事、まったくもって不透明な将来のことも彼らは話し合った。会話は若者特有の暑苦しさと、だらだらとした泣きごとやくだらない冗断で構成されていて、服部は黙って聞いているだけの時もあれば、積極的に意見を述べることもあった。というのも服部は高校を中退して、大検を取ってからさらに浪人して大学に入っているので、ほとんどの友人たちより年齢が上だったから、時々兄貴風を吹かせることがあるせいだった。
服部の風貌といえば、伸び放題になった長い髪と不精ひげが粗野な雰囲気を醸し出しているけれど、彼の描く絵や、作りだすものは繊細で温かみがあった。
実際、服部はみんなに好かれていた。優しくて、面倒みがよくて、口は悪いが頼りになる。でなければこんな風に家に人が集まってきたりはしない。その日も気がつけば友人が集まり、安価な豚肉ですき焼きを調え、食後は畳に寝転び、卓袱台にスナック菓子の袋など広げてぽりぽりつまみながら酒を呑むに至っていた。
梅雨入りまではまだ少しある過ごしやすい日で、夜になっても空気は昼間の温度を保っているかのようにほんのりと温かく、ガラス戸を開け放した縁側に腰かける格好で庭下駄をひっかけた服部は、傍らにウイスキーの瓶を置いてグラスにちびちび注ぎながら初夏の宵を楽しんでいるようだった。
そして同じように思い思いにして酒を飲んでいる友人たちに話し始めたのだった。ある女性との出会いとその奇妙な体験について。それは以下の通りである。
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