第七話 義妹嫁騎士と不良エルフたち(1)

「名乗られちょるに名乗り返さんちゅうたぁ居心地が悪か。ひとまず、|オイらも挨拶バすっど」


 エルフの女はそう言い、酒杯になみなみと注がれた芋焼酎エルフ酒を一息に飲み干した。


オイはリッカ」


 最初に自己紹介の口火を切ったのは、私と変わらない背丈のちびエルフだ。どうやら彼女がこの集団のリーダー格らしく、最初に我々に話しかけてきたのもこいつだった。


「シャライじゃ」


「ノル」


 次はのっぽのエルフが会釈し、最後に中肉中背で前髪の長いエルフがぶっきらぼうに名乗る。なかなか個性豊かな連中である。


「さっきも言ったけど。私はカリーナ。で、こっちが……」


「アンネリーエ。……姓は聞かないでくれ、事情がある」


 口元を歪めつつ、我が副官が肩をすくめた。ちなみに、事情といっても大したものではない。彼女は昔、エルフの前で盛大な失言をカマしブチ殺されかけた経験がある。しかも、それが遠因となって戦争まで起きたというオマケつきだ。

 その件はもうすっかり解決しているのだけれど、衝撃的な事件だけに当時のことを記憶している者は多い。

 とくに、エルフたちの間では未だにアンネリーエ・フォン・ミュリンの名は嘲笑と共に語り継がれていた。自業自得とは言え、ミュリン姓を出したくないのも当然のことだろう。


「まっ、誰しも脛に傷ンひとつやふたつは持っちょっるもんじゃ。おはんオイらもな」


「そうそう。ここんノルなどな、ガレア戦争ン折にオークの隠れ里に火を放ち男や子供バ浚おうと……」


「おい、ウチが火炎放射器バ隠しもっちょった話は墓まで持っていく約束じゃぞ」


「自白してどうすっど! 自分で言わな火矢なり何なりで放火したことにできたじゃろうが」


「あっ……そっかぁ。リッカどんは利口じゃのぉ」


「エルフなのに火炎放射器を持ってることを恥じるのか……」


 困惑した様子でボソリと呟くアンネ。甘いわねぇ、エルフだからって全員が全員放火魔ってわけじゃないのよ。むしろ、ダライヤ婆様が率いてた新エルフェニアでは火炎放射器自体が禁止兵器扱いされてたそうだし。

 エルフといえば火計、みたいなイメージが一般化したのはどう考えてもフェザリア様とその郎党である正統エルフェニアが原因だと思う。人数的には、火炎放射禁止の新エルフェニアのほうが多数派なのに、まったく可哀想な事ね。


「話が逸れてるわよ」


 それはさておき、話題の修正を図る。エルフの昔話に付き合っていたら、時間がいくらあっても足りないからだ。ほんっと、話長いのよコイツら。大半が年齢三桁の種族なんだから仕方ないんでしょうけど。


「先輩がたのお話には大変興味があるけれど、こっちも任務だからね。申し訳ないけれど、まずはロシアンルーレットモダン肝練りの件について聞かせてもらえないかしら?」


「おお、すまんすまん」


 リッカは軽く笑いながら頷き、ツマミとして供されている煎ったギンナンをふたつみっつまとめて口に投げ込んだ。そのまま、間髪入れずに酒杯をあおる。……そんなにたくさんギンナン食べたら身体壊すわよ。


「とはゆうてんな。モダン肝練りち言うても語っことなどほとんど無か。おはんらも、あれがどげん遊びなんかくれぇは知っちょっとじゃろ?」


「ええ、まあ」


「要するに、自分の命を種銭にしてやる賭けだろ?」


 店主が持ってきた燕麦粥を受け取りつつ、アンネが言う。ちょっと妙な顔をしつつ、それを匙で口に運ぶ。ちなみに、彼女はあまり燕麦が好きではない。


「ただ、賭けと言っても別に勝ったからといってカネが貰えるわけじゃないんだろう? 得られるものは……せいぜい、肝が太いという評判くらいかな」


「さよう」


 神妙な表情で首肯するのは、のっぽのシャライだ。


「もっとも、それはオイらエルフにはないよりも大切なモノじゃがな。あん世にゼニは持ち越せんが、勇者ン称号は持って行ける故」


「然り、然り。まったく、リーヴァどんは素晴らしか勇者じゃった。自分を撃ったときも、一切ん躊躇がなってのぉ。ちょっと隣ン村へ遊びに行っような気楽さで、あン世に行ってしもた」


 一抹のさみしさを秘めた声音で言いつつ、メカクレのノルが酒杯の中身を一気に飲み干す。そして手酌でお代わりを注ぎ、もう一口飲んだ。


「勇者、ね」


 舐めるように芋焼酎エルフ酒を飲みつつ、小さく呟く。ウィスキーなんかよりは度数が低いとはいえ、やはり蒸留酒。空きっ腹には少しばかり効き過ぎる。


「そのリーヴァさんというのが、先日ここで亡くなった方なのかしら」


「おう、そうじゃ」


おいオイらとは同じ氏族ン出身でな。まあ幼馴染みんようなもんだ」


「いろんな戦争に一緒に行たのぉ。懐かしか」


「旧エルフェニアが崩壊したときは、態度を決めかねちょった当時ン氏族長バぶち殺チェストして即反乱軍入りしてなぁ」


「んふふ、あン時は痛快じゃった」


 まーた昔話が始まった。これだから年寄りは……。でも、おかげでなんとなく状況は見えてきた。

 これはあくまで私の勘だけど、話題が逸れがちなのは多分わざとだ。とはいっても、捜査から逃れるためにしらばっくれているわけでもなさそうに感じる。どっちかと言うと触れられたくない傷を庇っているような雰囲気かな。


「……」


 ちらりとアンネのほうを見ると、エルフどもの話などまるで聞いていない様子で燕麦粥を口に運んでいる。こちらの視線に気付くと、形の良い眉がピンと跳ね上がった。そして次の瞬間には顔を思いっきりしかめる。

 流石は我が副官、十年来の付き合いは伊達じゃない。アイコンタクトだけでこっちの意図を察してくれたみたいね。じゃっ、万一このエルフどもと喧嘩になったときの護衛はお願いね。

 酒杯を手に取り、ぐいっと一気に飲み干す。薩摩エルフ芋の香る液体が喉を通り、少し遅れてカッと燃えるような感覚が襲ってきた。


「かような勇者が、虚しいだけのゲームで無為に命を落してしまった。なんとも悲しいことね」


 心底残念そうな顔で、そう宣言する。三人のエルフの注目が一度にこちらへ集まった。酒精で蕩けてなお美しい翡翠色の目が三対、ジッと私の顔を見ている。逃げ出したい気持ちが腹の底からムクムクと湧いてくるけれど、拳をぐっと握って堪えた。


「リーヴァさんのために涙を流し、祈りを捧げた民草はいるのかしら? 彼女の献身を称える歌は? 貴方たちエルフは、リースベンの……アルベール連合帝国のために戦った。ならば、そういう扱いを受けるだけの資格があるはず」


「……」


 返ってきたのは沈黙だった。エルフたちは揃って口を一文字に結び、私を睨み付けている。酒もつまみも口にしない。そんな私たちを、アンネがひろくハラハラした様子で交互に見ていた。


「……エルフェン河畔ン戦いン時にも聞いた文言じゃな。おはん、もしかしてあそこにおったんか」


 絞り出すような声音で問いかけるリッカに、私は頷き返す。エルフ内戦にリースベン軍が介入した際、お兄様は剣ではなく説得を持ってその戦いに終止符を打った。私の先ほどの発言は、その際に行われた演説から引用したものだった。


「ええ、特等席で見ていたわ。百年続いた貴方たちの内紛が終結した、その歴史的瞬間をね」


 さて、ここからが正念場だ。酔いが回ってきたことを自覚しつつ、心の中でそう独りごちる。

 ロシアンルーレットモダン肝練り流行の理由については、だいたい察しがついている。おそらく、司法や軍の力でこれを強引に止めるのは不可能だし、むしろ余計に自体をややこしくしてしまうだろう。

 つまり、あの時とお兄様と同じく私は言葉の力をもって彼女らを説得する必要があるというわけだ。やれやれ、頭が痛いわね。お兄様の真似なんて、私には荷が重いのだけれど……。


◇◇◇アトガキ◇◇◇

くっころ男騎士一巻、マッグガーデン・ノベルズにて『貞操逆転世界で真面目な成り上がりを目指して男騎士になった僕がヤリモク女たちに身体を狙われまくる話』というタイトルで発売中です。


コミカライズ企画も進行中ですので、そちらもよろしくお願いいたします。

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