第八話 義妹嫁騎士と不良エルフたち(2)
「ええ、特等席で見ていたわ。百年続いた貴方たちの内紛が終結した、その歴史的瞬間をね」
自信満々の態度を装いつつ、私はそう断言した。とにもかくにも、
つまり、よほど腰を据えて粘り強く対話を試みないとムリということね。はぁ、やっぱりコレお兄様向きの仕事じゃない。どう考えても私には荷が重いわ。
とはいえ、この期に及んで尻込みするほど私もガキじゃない。任されたからには、しっかり役割を果たす必要がある。軍人としても、妻としてもね。
「エルフェン河畔の戦いはもちろん、その後のオルト戦争やガレア戦争にも従軍したわ。つまりエルフェニアがリースベンに合流して以降、私たちはずっと同じ旗を仰いできたというワケ。戦友なのよ、私たちは」
「……ほう」
エルフたちの私を見る目が明らかに変わった。同じ戦場を共にしたというのは、兵隊にとってはこれ以上ないほどに特別なことだ。実際に肩を並べて戦ったわけではなくとも、不思議なほどに強固な連帯感を覚えてしまう。いわば兵士の本能のようなものだった。
今の私が持っている手札で、彼女らを説得できそうなものはこのカードだけだ。いきなり切り札を切るのは趣味じゃないけれど、他に選択肢がないのだから仕方がない。
「お
「リースベン師団の第一大隊。あの夜襲にも参加して、アダン重装歩兵隊の援護を担当したわ」
アダン重装歩兵隊とは、アリ虫人だけで編制された槍兵部隊だ。リースベン軍では基本的に散兵戦術が使われているけれど、彼女らだけは例外的に強固な密集戦術を用いる。その防御力は上手く嵌まればエルフ兵すら手を焼くほどだ。
私がアリ虫人たちと直接共闘したのはあれが最初で最後だったけれど、砲火を浴びつつガレア王国軍の戦列に肉薄して突入路を切り拓いた彼女らの活躍は、今思い出しても胸が熱くなるほど勇壮なものだった。
「ほう、次鋒か。……第一大隊といえば最精鋭。お
「
「ありゃ楽しか
エルフ三人衆の目付きが、どこか遠くを見ているようなものへと変わる。きっと、彼女らの脳裏にリフレインしている光景は私が見たものと寸分変わらぬものだろう。そういう確信があった。
「だからこそ、気に入らない。なによ
意味がわからないわ。せっかくあの血染めの夜を生き延びたのよ? 何が悲しくて、自ら命を絶たなきゃいけないの」
そんな彼女らに人差し指を突きつけ、言い放つ。これは私の偽らざる本音だった。かの戦争では我が軍も少なくない被害を被ったし、私自身も初めての部下の戦死を経験している。
それと同じ経験を共有した戦友があえて己の命を粗末にしているわけだから、何も感じるなという方が無理と言うものだ。
「……お
深々とため息を吐いたリッカが、酒を舐めるように一口飲んでから言った。その目には奈落めいた暗いものが宿っている。
「あん血染めん夜を生き延びた、ちゅうがな。|
「死んだ方が良かった、とでも言うつもりかよ」
アンネが椀に入った粥を匙でぐるぐるとかき回しつつそう聞くと、リッカは躊躇無く「さよう」と頷いた。
「あそこで死んでおけば、万事丸う収まっちょったはずなんにな。おめおめ生き恥を晒したばっかいに、かようなことになっちょい」
「死ぬべき時に死ねぬ、エルフにとってこげん辛かことはなか。我らはそいを誤ってしもたど」
「あン戦争は、いささか楽しすぎた。まさに人生ン絶頂やった。……頂点にたどり着けば、あとは下っばっかいじゃ。まして
戦争の頃を語っていた時とは一転、三人衆の口調は重い。これは明らかに弱音だった。あの気位の高いエルフが、初対面の相手の前で弱音を吐いている。私とアンネは思わず顔を見合わせた。
「つまりなんだ、アレか。例えば、そう……祭の後だ。祭が楽しければ楽しいほど、それが終わった後は寂しいもの。それがずっと続いているようなものか」
「ふん、祭ン後か……なっほど、卑近な言い方をすりゃそうなっど」
言葉を咀嚼するような表情をしてから、リッカは静かに首肯した。
「まあ……気取らんでゆーと、とにかっシャバか。虚しか。ただただ虚しか。ボンヤリ生きちょっだけで、ずっとそげん気分が続っとじゃ」
彼女の言いたいことは、なんとなく理解が出来た。つまり、エルフたちは〝現代〟に適応できていないのだ。
今はとにかく平和で、外敵はもちろん内憂さえもほとんど無いと言って良い。軍の仕事もせいぜい盗賊退治くらいになってしまったが、近年はそれすらも稀になっている。有り余る軍事力を治安維持に投入した結果、大規模な盗賊団のほとんどが壊滅してしまったせいだ。
むろん、それは悪いことではない。むしろ良いことであるはずだ。しかし戦争を生業としている者にとっては、平和とはすなわち自身の存在意義の消滅にほかならない。ましてやエルフとは野蛮という概念が擬人化したような連中だ、肩身が狭いのも当然のことだろう。
「この時代が嫌い?」
「別に、そういうワケじゃ無か」
「若様は約束を果たしてくれた。我らに胸を張って戦ゆっ戦場を与え、そして飢え死ぬことんなか世界を与えた。文句などあろうはずもなか」
「実際、ウチらがこうして畑も耕さんで生きていらるっとも、若様んくれた退役年金んお陰じゃっでん。これ以上を求めたりすりゃバチが当たっじゃろうな」
三人衆は揃って私の言葉を否定するが、その顔色は優れない。みな一様に暗い表情で、不味そうに酒を啜っている。
「ただ……今のリースベンに
「あん暗黒ン百年、ウチらは奪い殺すことだけをして生きてきた。んにゃ、旧エルフェニア崩壊以前ですらそんた同じやった。じゃっどん、今は殺すも奪うも御法度じゃ。そうなっと、もうないをすりゃ良かとかわからん」
「こいがあんダライヤんクソ婆ん国であれば、そげんこつ知っかと我を通しちょったところなんじゃが。じゃっどん、リースベンは若様ン国じゃ。約束を守ってくれた若様に不義理を働っわけにはいかん」
「然り、然り。のぉ、カリーナどん。勘違いしてもろうては困っどん、我らは今のこん時代が気に入らんわけじゃなかと。んにゃ、むしろ好ましゅう思うちょっちゆーてん良か。ただ……」
そこまで一息で言ってから、リッカは静かに顔を伏せる。石油ランプの微かな灯りでは、影に沈んだその表情を読み取ることは出来なかった。
「〝現代〟は、
それは、なんの感情も込められていないように聞こえる空虚な声音だった。ただ事実を指摘しているだけ、そういう風情だ。それが却ってもの悲しく、私は静かに首を左右に振る。
「だからこそ、貴方たちは〝老兵は死なず、ただ消え去るのみ〟を実行した。その手段が
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