第369話 くっころ男騎士と机上の戦い(酒)
王都で出会った騎士様と思わぬ再会を果たした僕だったが、彼女曰くこの再会は偶然ではないらしい。そのあたりが多少気になっていたため、僕は乾杯を終えて早々、この疑問をぶつけてみることにした。……わりとこの人、スパイっぽさがあるからな。まあ、先制ジャブといったところか。
「……ところで、騎士様は一体どういうカラクリでここに? 偶然じゃないって話でしたが」
「ああ、簡単なことさ」
手をひらひらとさせてから、騎士様はワインを一口飲んだ。なんかこの騎士様、容姿は平凡なのに口調や手振りは完全に遊び人風なんだよな。そのへん、ちょっと違和感を覚える。むろん、フツーの顔をした遊び人なんて実際は吐いて捨てるほどいるだろうが……ううーむ。
「南部でちょっとした仕事があってね、リースベンにやってきたのはそのついでさ。王都の酒場で、君がリースベンに行くと言っていたからね、久しぶりに顔が見たくなってしまって」
「フゥン」
確かに、そういう話はした覚えがある。僕は頷いて、もつ煮込みを食べた。豚ホルモン特有の獣臭さと、それを抑え込むために大量投入されたニンニクやタマネギなどの香味野菜の風味が合わさって、猛烈に酒が欲しくなる味をしている。口の中に残った風味が消えないうちに、僕はそれをワインで喉奥に流し込んだ。
「それはなんとも光栄なことですね。しかし、よくもまあこの酒場が見つけられたものです。見ての通り、地味な店構えですし」
この店は裏路地にあるため、旅客が普通にウロついているだけではそうそう発見できるものではない。看板を出していない訳ではないのだが、たいへんに小さく地味な客寄せをする気のない代物である。地元の常連客以外を相手に商売をする気がないのだろう。
リースベンに移住して半年近くなる僕も、こんな店は今日初めて知ったくらいなのだ。たまたまカルレラ市を訪れただけの部外者が初見で見つけられるとは思えないのだが……
「表の酒場は、どこも満杯でとてもじゃないが落ち着いて酒が飲める環境ではないじゃないか。君は騒がしいのが嫌いなタイプではないようだが、流石にアレは度を越している。だから、入るまでもなくああいう店には君は居ないと判断した。……と、なると、候補は裏路地にある店だ。そしてこの街は、決して多くない。当然、裏酒場の数もさして多くないから、しらみつぶしにするのは簡単だ」
「なるほど」
筋は通った説明だな。まあ、筋が通っていることと、真実であることはイコールではないのだが。しかし、よしんばこの説明が本当だとしても、この騎士様の推理能力はなかなかのものだ。私立探偵としても、やっていける能力があるのは間違いない。まあ、私立どころか公立の探偵……つまりスパイである可能性は相変わらず高いのだが。
「そこまでして僕を探していただけるとは、なんとも光栄の至りです」
「君にはなんとなく運命を感じたからね」
「運命ねぇ」
うさんくせぇなあ……僕は思わず苦笑した。まあいいや、スパイであろうがなかろうが大した問題じゃあない。どうせ僕の身辺は有象無象に探られているのだ。注意すべきは相手の口車に乗って軍機密を喋ってしまうことだが、こちとら前世と現世を合わせれば軍歴ウン十年のベテランだ。いくら酒が入ってもそんな不用意な真似はしない。
まあこの騎士様がスパイどころか暗殺者だった場合は、流石に安心もしていられないがね。とはいえ、それは流石に大丈夫だろう。本気で僕を殺す気があるなら、こんな胡散臭いヤツを派遣してくる可能性はかなり低い。領主屋敷勤めのコックにカネを渡して料理に毒を混ぜたり、あるいは通行人に紛れて刺客を放ったり……そういう手段の方が、圧倒的に確実かつ手っ取り早いからだ。
「それは、それは。極星様も粋な采配をされるものですね」
僕はニコリと笑って、彼女の酒杯にワインを注いだ。騎士様はニッコリと笑って、「ありがとう」とそれを飲み干す。うんうん、いい飲みっぷりだ。この騎士様がどういうつもりで僕に近づいてきたのかはわからんが、とりあえず今日のところは偶然に再会した飲み友達という風に扱うことにしようか。そっちのほうが楽しいし。
こういうのは、警戒と安心のバランスが大切なんだよな。スパイを警戒しすぎて誰も彼もに疑いの目を向けていると、精神がすり減ってあっという間にビョーキになってしまう。さりとて油断しすぎると、敵軍の情報源だ。肝心なのは、仕事と無関係な相手には余計なことを喋らないこと、これにつきる。喋るべきでない情報は意地でも墓まで持って行く、ということだ。
「ああ、私もそう思うよ。ちょうどいいタイミングだった。今日の君は、何やら思い悩んでいる様子だったからね。悩む乙男の傍にいてあげる、これもまた淑女の大切な義務の一つさ」
「流石、王都の騎士様は口がお上手ですね。こんなブ男を乗せて、何が楽しいのやら」
「ブ男? とんでもない。君は……いや、やめておこう。このまましゃべり続けたら、直球の口説き文句になってしまう。別に、今の君はそういう言葉を求めているわけではなさそうだし」
「口が上手い上に気まで利くとは! まったく、騎士様。貴女はいったい今までどれだけの男を泣かせてきたんですか?」
「さあてね、十人より先は覚えてない。……んふ、冗談だよ。男性を泣かせるような女は、淑女としても騎士としても失格さ」
そういう態度がますますうさんくさいんですよ騎士様。スパイ云々はさておくにしても、この騎士様が男を口説きなれてるのは間違いない。火遊びの達人、そういう風情だ。僕もこれくらいの胆力と口のうまさがあれば、現在のような窮地には追い込まれなかったのではなかろうか……。
「それで……君はどうしてまた、そんなに思い悩んでいるんだい? 私で良ければ、相談に乗るが」
心配そうな顔でそんなことを言う騎士様。でもねえ、いきなり「相談に乗るよ」なんて言うやつがマトモな手合いなはずがないんだよなあ。この騎士様、スパイかヤリモクでほぼ確定だわ。可能性としては前者のほうが圧倒的に高いが、後者ということもありえる。ガレア王国では僕のような筋肉男は不人気だが、アデライドのような類の変態も多少はいる。この騎士様も、屈強な男を組み伏せたいタイプの人かもしれん。
「いやあ、大したことではないのですが……」
さて、さて。どうしたものかね。適当に話を切り上げてさっさと別れるのが模範的回答なのだが、それでは面白くない。ここは……そうだな。飲み潰してしまうか。こちとら、伊達に酒飲みはやってないからな。自分が酔わないための飲み方も、相手の飲酒ペースを早くするための飲み方も、しっかりと心得ている。
この手のテクニックには自信があるから、脇の甘いスパイやナンパ師ならばてきめんに引っかかってくれるはずだ。そしてこれに引っかからないようであれば……要警戒対象。なにしろ騎士様は僕と同い年かちょっと年下くらいの様子だからな。この年齢でそういう罠に引っかからないようなテクニックを持っている人間は、それなりの訓練を受けていると判断してもよかろう。それなりに手練れのスパイである可能性が大変に高くなるので、尾行者をつけて身辺を洗った方が良い。
「実は、知らない間に婚約話が進んで居ましてね……」
まずは、真実を織り交ぜた話で相手の気を引く。案の定、騎士様は「ほう、それはいけない!」と身を乗り出してきた。僕はわざとらしくため息をつき、しょぼくれた顔を作る。
「まあ、飲みたまえ」
ほらほら、案の定酒を進めてきた。彼女の言葉に従い酒杯を口につけて……申し訳程度に飲む。すると、騎士様の方もそれに付き合ってゴクゴクとワインを飲んだ。これは、フリではないな。きちんと飲んでいる。うんうん、いいじゃあないか。そのままガンガン飲みまくってくれ。
「別に、嫌いな相手と強引に結婚させられるわけではないのですが、何しろ突然で……」
僕の言葉に、騎士様はふむふむと頷く。その頬は、出会った当初より微かに赤くなっていた。イイ感じで酒が回り始めたに違いない。さあて、面白くなってきたぞ。ムシャクシャしていたところに、いいオモチャが飛び込んできたものである……。
「だいたいねぇ! 周囲の連中は余を遊び人だのナンパ師だのと言って馬鹿にするが……」
それから、一時間後。騎士様はすっかり酔っぱらっていた。攻守の方も完全に逆転し、彼女が愚痴を言って僕がそれを聞く形になっていた。……しかし、いつの間にか一人称が私から余に変わってるな。ちょっとヤバくない? この人結構な高位貴族じゃないの? もしかしてさ。
「顔も写真でしか見たことの無い、外国の御令息を婚約者にされた身なんだよこっちは! 床を共にするどころか手すら握れない相手に何故
「そりゃあねえ……いつもいつも気を張ってたら、疲れちゃいますから。多少は遊ばなきゃ損ってもんでしょうよ」
空になった彼女の酒杯にワインを注いでやりながら、僕はそう言った。わあ、新情報がいっぱい出てきたな。外国の婚約者? フカシじゃなきゃやっぱかなりの高位貴族だわこの人。なんでそんな人がリースベンに居るんだよ。
あー……アデライドが言ってた、南部が政治的空白状態になってる件かね? この機に勢力の拡大を狙っているのは、宰相派閥だけではないだろうし。わざわざ僕に会いに来たのも、その情報収集の一環だと思えばそれほど不自然ではない。何しろ今の僕は、不本意ながら台風の目のような存在になっているからな……。
「だよねえ!! んもーっ、こちとらちょっと一緒にお酒を飲んで、ダンスして……その程度に自重してるのにさあ! なんだよ童貞百人切りって! ふざけんなよ! ベッドインなんかしたら国際問題になるだろ!!」
本当になんだよ童貞百人斬りって。どっかで聞いたフレーズだな……ううーむ、思い出せない。まあいいや。僕は考えるのをやめて、ワインのお代わりを頼んだ。政治的なアレコレはさておいて、この騎士様はなかなかに面白い手合いだ。彼女を見ていると、疲れ果てていた精神に活力がみなぎってくる。元気な若者がバカみたいに酒を飲んで馬鹿みたいに飯を食っているところを見るのは、たいへんに気分が良い。
「ほらほら、ツマミも一緒に食べないと悪酔いしちゃいますよ」
「ああ、ああ。うむ、もぐもぐ……ううむ、こういう野卑な食べ物はあまり口にしないのだが、なかなかいいじゃないか。酒とよく合う……ごくごく」
騎士様はすっかりベロベロだ。いやあ、めっちゃ面白い。今夜は彼女が酔いつぶれるまで愚痴に付き合ってやることにしよう……。
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